第3部
第2部に引き続き、Italia Loves Emiliaの後半を。
9番目の出場者はClaudio Baglioni(クラウディオ・バリォーニ/当時61歳/Roma出身)。FESTAで紹介した楽曲は"Strada facendo(意:道往きながら)"。
道往きながら
君はもうひとりじゃないって気付くよ
道往きながら
空の中にカギを見つけるよ
道が君の心を躍らせるのを感じるよ
もっと大きな愛を見つけるよ
・・・・・・
だって明日はきっとより良くなるから
と歌われるオリジナルの歌詞は、復興支援にもぴったりのものでしたね。

Claudio Baglioniは共演曲に"Via(意:向こうへ)"を選び、NegramaroのGiuliano Sangiorgiをデュエット相手に選びました。
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https://piccola-radio-italia.com/tag/Claudio_Baglioni
10番目に出演したのは、Litfiba(リトフィバ)。1980年代に大人気を博していたロックバンドでしたが、フロントマンだったPiero Pelu(ピエロ・ペルー/当時50歳/Firenze出身)が1999年に脱退。そして10年後の2009年になってPiero PeluがLitfibaに復帰し、大きな話題とアルバムセールスを成し遂げました。

その間、ソロとして活躍していたPiero Peluが参画した企画ユニットLigaJovaPelu(リガジョヴァペルー)のメンバー、Ligabue、Jovanotti、Piero Peluの3名全員がこのイヴェントに出演したため、LigaJovaPeluのヒット曲"Il mio nome e mai piu(僕の名は二度とない)"を披露する機会に恵まれました。さらにClaudio BaglioniとFiorella Mannoiaを招いて、このイベントの中で全員で歌った楽曲を除くと、最多の出演者で披露した楽曲となりました。
11番目の出場者はBiagio Antonacci(ビァージォ・アントナッチ/当時49歳/Milano出身)。Tiziano Ferroと同様、誰とも共演しなかったアーティストとなってしまいましたが、Laura Pausiniへの楽曲提供が数度あるため、本来はLauraとの共演が企画されていたのでしょう。FESTAで紹介した楽曲は"Non vivo piu senza te(意:僕は君なしではもう生きられない)"。

※当サイトでのBiagio Antonacciの紹介記事はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/tag/Biagio_Antonacci
12番目の出場者はJovanotti(ジォヴァノッティ/当時46歳/Roma出身)。FESTAで紹介した楽曲は"Il piu grande spettacolo dopo il big bang(意:ビッグバン後最大のスペクタクル)"。

Jovanottiは同コンサート中最多の4回の客演を数えたためか、自身のコーナーで自分のオリジナル楽曲の披露は2曲に留め、残り枠1曲をRenato Zeroの楽曲"Amico(意:友達)"をZero本人をゲストに迎えて披露してくれました。しかも前代未聞のレゲエ調のアレンジで。また本来の得意技を逆転して、Jovanottiがヴォーカル、Zeroがラップ調で絡むというレアなシーンも随所に見せてくれました。
※当サイトでのJovanottiの紹介記事はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/tag/Jovanotti
そして13番目にしてオオトリを務めたのはやはりLigabue(リガブエ/当時52歳/Correggio出身)。会場となったCampovoloで過去2度に渡って大規模なソロコンサートを成功させており、しかも地元出身者です。

直前に出演したJovanottiがLigabueにバトンを渡す時の口上がイカシテいて、
LはLottatore(闘士)のL
IはItalia(イタリア)のI
GはGrandissimo(最高)のG
AはAmore(愛)のA
BはBellissimo(超ハンサム)のB
UはUomo(男)のU
EはEmilia(エミリア)のE
すなわち、『イタリアで最高の愛の戦士かつハンサムなエミリアの男、リガブエ!』と。
FESTAでは、"Marlon Brando e sempre lui(意:マーロン・ブランドはいつも彼)"に続いて、Zuccheroとの共演で"Non e tempo per noi(意:僕らの時代じゃない)"を2曲続けて紹介しました。Zuccheroは1番最初に自身のコーナーを務めて以来、全く出演していないため、2度目の出演がこのオオトリのLigabueのコーナーとなりました。
※当サイトでのLigabueの紹介記事はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/tag/Ligabue
コンサートのエンディングは、Emilia出身で車いすのハンデを負いながらもカンタウトーレとして大活躍した故Pierangelo Bertoli(ピエランジェロ・ベルトリ)の"A muso duro(意:断固として)"を総出演者がステージに上がり大合唱。DVDでは残念ながらイメージ映像になってしまっているので、ここでは総出演者が一堂に会した圧巻のステージ映像で。ちなみにPierangelo Bertoliは、オオトリを務めたLigabueを最初に見出すという大きな功績を果たした人物だったと言えるでしょう。
出演アーティストたちもこのイヴェントを大いに楽しんだようで、本人のSNSサイトにスナップショット写真などをUPしているアーティストも目立ちました。中でも会場との移動に使われたバス内での撮影されたものが圧巻でした。
注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2013年に達する年齢で表記しています。
次回FESTAは2月9日(土)に開催予定です。







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