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第2部

2008年の夏のイタリアでブレイク中のGiusy Ferreri(ジゥズィ・フェッレーリ/29/Palermo出身)。

ピアノ、歌、ギターを習って育ったGiusyは、グランジ、サザン・ロック、サイケ、カントリー、ブルースと、主にアメリカの音楽に傾倒し、23歳の時にインディーズデビューをしています。26歳の時に本名のミドルネームであるGaetana(ガエターナ)の名前でメジャー・デビューを果たしますが、全く売れず、しばらくはスーパー・マーケットのパート・タイマーとして生計を立てる暮らしが続きました。

2008年になって、3月から5月まで、イギリスの人気テレビ番組『X Factor』(若手タレント出演のショウ番組。審査員による採点で、賞を競う)のイタリア版が行われることになり、Giusy Ferreriという名前で応募したところ、審査員を務めるSimona Ventura(スィモーナ・ヴェントゥーラ/TV司会者)がGiusyの際立った個性的な声に白羽の矢を当てて、彼女を『25歳以上の部』の候補者に残すことになりました。

3ヶ月のコンテストの中で、Giusyはイタリア語曲と外国語曲を織り交ぜて、主に60年代のヒットソングを選んでレパートリーの幅広さを見せつけます。最終放送日は、未発表曲のパフォーマンスで競われることになり、若くして大成したカンタウトーレTiziano Ferro(ティツィアーノ・フェッロ)らが彼女に書き下ろした"Non ti scordar mai di me(私のことを決して忘れないで)"を歌い、見事、準優勝を勝ち取りました。

 

6月27日に5曲入りミニアルバム(EP)「Non ti scordar mai di me」を発売。タイトル曲の他は、X Factorの番組内で歌ったカバー曲の中から好評だったものが選ばれ、Gabriella Ferri(ガブリエッラ・フェッリ)が歌ったスペイン語の楽曲"Remedios"、Patty Pravo(パッティ・プラヴォ)の"La Bambola(人形)"、Nada(ナーダ)の"Ma che freddo fa(なんて寒い)"、Gino Paoli(ジーノ・パオリ)の"Che cosa c'è(何があるの)"、Caterina Caselli(カテリーナ・カセッリ)の"Insieme a te non ci sto più(私はもうあなたと一緒に居ない)"といった豪華なラインナップ。

GiusyFerreri/NonTiScordarMaiDiMeそして7月21日に開催されたVenice Music Awardsにて、『今年の新星歌手』として表彰され、彼女のブレイクを決定づけました。"Remedios"はイタリアのヒットチャートの7位を記録、"Non ti scordar mai di me"は1位。iTuneイタリアでは2曲ともダウンロード1位を記録。発売後、間もなくゴールド・ディスクを獲得するや、さらに勢いは加速して、わずかな間にダブル・プラチナ・ディスクの栄誉に輝きました。

8月Festaでは、"Non ti scordar mai di me"とカバー曲の中から"Insieme a te non ci sto più"を選んで紹介しました。前者はTiziano Ferroらしい、ちょっとソウルっぽい曲調。後者はイタリア歌謡史に残る代表作として、多くのイタリア人の心に刻みつけられてきた楽曲で、カンタウトーレのPaolo Conte(パオロ・コンテ)や名作詞家Vito Pallavicini(ヴィート・パッラヴィチーニ)ら3人によって書かれた作品です。それ故、Ornella Vanoni(オルネッラ・ヴァノーニ)、 Franco Battiato(フランコ・バッティアート)、 Claudio Baglioni(クラウディオ・バリォーニ)、Avion Travel(アヴィォン・トラヴェル)といった、多くの大物ミュージシャンまでもが、正式なカバー音源を発表しているお馴染みの楽曲です。

Festaでは、Caterina Caselliの1968年のCanzonissimaの映像も少し紹介してみました。


 

Bluvertigo?StorytellersBluvertigo(ブルーヴェルティゴ/青いめまい)は、サイケ、テクノの要素を含む、少し尖がったタイプのオルタナ・ロックバンド。1990年代初頭より活動を始め、1995年にアルバムデビュー。3枚のオリジナルアルバムをリリースし、2001年のサンレモ音楽祭へ初出場を果たしたものの、バンドは長らく活動休止状態に入ります。各メンバーがそれぞれの活動を始めてしまい、事実上解散、と誰もが思い込んでいたところ、7年ぶりに再結集して、2008年、熱いライブで健在ぶりを示してくれました。そのライヴの様子がCDとDVDに収められたアルバム「Storytellers」が発売になりました。

"Sono=Sono(僕は僕)"は、Andy(アンディ/37/Monza出身)の奏でるエキセントリックなシンセ・サウンドから始まるヴァンギャルドな楽曲。Morgan(モルガン/36/Milano出身)が、左にベースを抱えて、複雑なフレーズを弾きながら歌っている姿が圧巻! 映像をよく見ると、右利き用に張られた弦のまま左で弾いています。つまり上に高音弦、下に低音弦がくる構え方です。ギターではこういう張り方のまま弾くサウスポーを稀に見かけますが、ベースでは初めて見ました。ただでさえ、これだけ動きのあるベースラインを弾きながらヴォーカルを取るの難しいのですから、その違和感のあるベースの構え方を目にすると、ただものではない、という雰囲気がプンプンと漂っています。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)

2001年のサンレモ音楽祭出場曲"L'assenzio−The power nothing(アブサン - 無の力)"。今度はMorganがキーボードを弾き、ベースレスのツインキーボード構成になります。Andyが低音のコーラスを絡めつつ、時折、アルト・サックスを吹いて、サウンドにアクセントを加えます。サブタイトル通り、『無』の境地や世界観を持つ単語が散りばめられた歌詞になっていますが、鬼才Morganが感じる『無』なので、一般的には『?』のもありますが・・・

雨、日曜日、学士、アルコール、おしゃべり、他人のバイク、温水、タバコ、ロースト肉、ボロ家の建設、マッサージ、危機、協会、学校、司祭、新郎新婦、マリファナ、ヴァカンス、国家、果物、貨幣、爪を噛むこと、ブルジョワの友人、サド・マゾ、草、日本食、レコード、Battiatoを理解しようとすること、オカルト映画・・・などなど。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)

3曲目は一転してアコースティックな楽曲"La crisi(危機)"。Morganはアコースティックギターに持ち替え、ツインギター構成のサウンドに。ドラムのSergio Carnevale(セルジォ・カルネヴァーレ/37/Lombardia州Varese近郊出身)がアコースティック・ベースを担当。あらゆるメンバーがマルチプレイヤーぶりを発揮する、ミステリアスなバンドです。

2001年からの空白の7年間、それぞれのメンバーの活動内容は、Morganは、ソロ活動(2007年9月FESTAにて紹介)。ドラムのSergioはMorganのソロ活動をサポート。Andyは音楽活動の他に、絵を書いたり写真を撮ったりと、Popカルチャーのアーティスト活動に取り組み、ギターのLivio Magnini(リヴィオ・マニーニ/35/Milano出身)は、活動休止の翌2002年よりGiorgia(ジォルジァ)のサウンド・プロデュースに取り掛かり、いきなり「Greatest Hits」を空前の大ヒットに導くことに成功。以後のGiorgiaのアルバムには欠かせないプロデューサーとして活躍し続けています。

Bluvertigo最後の楽曲は、"Altre Forme di vita(多様な人生のあり方)"。Livioが弾くエレクトリック・シタールがエキゾティックな雰囲気をかもし出すイントロ。キーボードを弾きながら軽快に歌い出すMorgan、Andyの跳ねた感じのシンセ・サウンドと低音コーラス。やがてMorganはベースに持ち替えて、太くうねりのあるベースラインで、独特のグルーヴ感を楽曲に与えます。Bluvertigo最大のヒット曲と言える曲なので、観客のノリも良く、最後は客席との掛け合いで締められます。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)