DJeventInTheAir

お陰様で初めての場所・顔ぶれの中で温かく迎えていただき、大好評のうちにプレイできた〜!

開催日:2024年4月14日(日)
主催:baldy RECORDS
会場:亀戸 IN THE AIR – DJ & LIVE music bar (in-the-air.tokyo)


当サイト主宰YoshioAntonioが掲げたテーマは
「マネスキンを生んだイタリアのイカシタ音楽〜日本のバンドマンに聴いて欲しい6選〜」
紹介した音源・映像をここに紹介。復習にどぞ!


1曲目:Maneskin(マネスキン)「Zitti e buoni(ジッティ・エ・ブォーニ / 意:黙っていい子にしてな)」 (2021)
オーディション番組を勝ち上がってメジャーデビューし、伝統ある(=格式高い)サンレモ音楽祭にストレートなロック曲で挑んでまさかの優勝。同年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストでも優勝したのをきっかけに世界中で大ブレイク中のマネスキン。Z世代でクラシカルなロックスタイルを取るのは、イタリアでも稀有な存在。

今回のDJイベントの1曲目は、そんな彼らの大ブレイクの発端となったサンレモ音楽祭&ユーロヴィジョンのW優勝曲で、音源化されていない “フルオーケストラをバックに従えたバージョン”だっ!


2曲目:Zucchero(ズッケロ)「Ti voglio sposare(ティ・ヴォッリョ・スポザーレ / 意:君と結婚したい)feat.布袋寅泰」(2016)
イタリア屈指のベテラン・ブルーズマンで、世界中の一流ミュージシャン(エリック・クラプトン、スティングら)と交流・共演経験豊富なズッケロが、2016年に日本の布袋寅泰とタッグを組んで発表した楽曲。


3曲目:Eugenio Finardi(エウジェニオ・フィナルディ)「Extraterrestre(エクストラテッレストレ / 意:地球外生命体)」(1978)
70年代後半にアヴァンギャルドなサウンドの傑作アルバムをいくつもリリースしたシンガーソングライター(その後は様々なジャンルのアルバムを手掛けている)。最もアヴァンギャルドさが光る楽曲のライヴバージョン。全ての楽器のサウンドがスゴイのだが、特にベースラインのカッコよさを聴いて欲しい1曲。


4曲目:Banco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)「R.I.P.(Requiescant in pace / レクイエスカント・イン・パーチェ / 意:安らかに眠れ) 」(1972)
70年代のプログレブーム期に世界的な成功を収めたPFMに続いて世界進出に挑戦したバンドだが、PFMほどの世界的な成功とはならず、以降はイタリア語曲中心の活動となるも、今も現役の再古参バンドのひとつ。凄テク揃いのミュージシャンたちのサウンドに乗せて歌うのは、イタリアらしいクラシカルな発声のヴォーカリスト、というのが魅力。

21世紀になって世界的なプログレ再燃ブームに乗って何度も来日公演を行うも、2014年の来日公演直前にヴォーカリストが交通事故死してしまった。しかし残されたメンバーたちはメンバー補充をしつつ新作アルバムを2019年、2022年と発表して健在ぶりを示している。

今回のイベントでは、オリジナル・ヴォーカリスト晩年(2011年)の貴重なライヴ映像で紹介。


5曲目:Area(アレア)「Hommage a` Violette Nozieres (オッマージュ・ア・ヴィオレット・ノズィエーレ / 意:ヴィオレット・ノズィエーレへのオマージュ / 邦題:精神錯乱) (1978)
1970年代にジャズ・ロック・バンドとして頭角を現したバンド。彼らもミュージシャンたちが卓越した腕前を持つバンドだが、最も特異的なのは“声を自在に操るヴォーカリスト”の存在だ。ホーミーと呼ばれる発声法を自在に歌唱に取り込み、同時に2音を出す声の使い方にも挑戦した第一人者であったが、白血病に冒され1979年に33歳の若さで急死した。

70年代後半になるとプログレブームは完全に終焉していて、彼らは新たな音楽スタイルを模索し“地中海音楽”と呼ばれるジャンルでも傑作となったのが、今回の紹介曲。ヴォーカリストが亡くなる前年の映像だ。


6曲目:Fabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)「Dolcenera(ドルチェネーラ / 意:甘草) (1996)
1960年代にイタリア音楽革命を目指したジェノヴァ派シンガーソングライターのひとりとして頭角を表し、多少の浮き沈みはあったものの、徐々に世界観を広げてミュージシャン仲間はもちろんイタリア大衆の心を捉えて離さない詩人と目されるようになり、1999年に58歳で亡くなった時が最もキャリアのピーク、と評される偉人的音楽家。没後四半世紀が経過した現在もなお、老若男女問わずイタリア人に最も人気のある歌手といっても過言ではないだろう。

特に彼の人気が不動のものとなったのは、前出の“地中海音楽”のエッセンスを取り入れてから。イタリアを取り囲む地中海沿岸地域と古代から交流し続けて熟成されたのが“イタリアの文化”である、という概念のもと、アラブ音楽やアフリカ音楽、中近東のエッセンスまでもイタリア音楽に積極に取り入れたスタイルの牽引役的な存在になったのだ。さらには晩年の15年間ほどは、彼の地元の言葉である“ジェノヴァ語”で歌うようになったのが決定的となった。

そんな彼の最後のオリジナル曲アルバムにして最高傑作と目されるアルバムに収録されたのが今回の紹介曲。亡くなる前年のライヴ映像は正に最高傑作のライヴとなった。散りばめられた地中海音楽のエッセンスを聴き取って欲しい!