好評につき『日本盤CD・対訳の世界第2弾』として開催。イタリアPOPS日本盤の歌詞対訳や原文翻訳、解説などの実績を持つ当フェスタ主宰のYoshioAntonioの経験の中から、特に心に残った歌やその歌詞のポイント、知っておきたいアーティストのエピソードやこぼれ話を紹介するスペシャル企画。楽曲が表現している世界観を説明するだけでなく、一聴しただけでは聞き漏らしてしまうような細部にもスポットを当て、公共の場所では発言したり書けないことにも言及した内容となった。
YoshioAntonio CD

このWebレポートでは、(閉ざされた空間ではない故)要点だけを簡単に触れるだけに留めておく。


バンコことBanco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)のデビュー50周年記念盤『オルランド〜愛のかたち(Orlando:Le forme dell'amore)』(2022)から。
Banco del Mutuo Soccorso - Orlando-Le forme dell'amore(2022)-0

リリース記事
https://piccola-radio-italia.com/archives/52369767.html

本作はイタリア・ルネサンスを代表する叙事詩のひとつ『狂えるオルランド(Orlando furioso)』(L.アリオスト作)を題材にしたコンセプトアルバム。ダンテ『神曲』の3倍のヴォリュームがあり、J.R.R.トールキン『指輪物語』の500年も前に、空駆ける馬や透明人間になる指輪などを登場させていたと言う事実には改めて着目するに値する。

イタリアでは、文学を学ぶ者ならば必読とされている作品であるし、ヴィヴァルディによるオペラ作品や子供向けに編集されたものも出版されており、その中に収められた数あるエピソードのいくつかは知っているのが常識といえるものの、日本では知名度が低いのが残念。

バンコがなぜデビュー50周年の節目にこの原作のオマージュとなるコンセプトアルバムを手掛けることにしたのか?などは、バンドリーダーVittorio Nocenzi(ヴィットリオ・ノチェンツィ)自身による詳細な解説&モノローグ&歌詞の日本語訳も掲載されている日本盤を入手しないと、多くの日本人はこの作品の醍醐味を半分も味わえないということは断言できる。

原作は異教徒(イスラム教徒)との争いなどを通して、男女の恋愛・失恋、人間愛などを描き出し、全編を通して“普遍的な愛”を語っているが、この叙事詩が生まれた500年後の現代でも西洋と中東が対立・衝突をしているという事実に際し、現代における様々な “暴力” に立ち向かうために、バンコの面々は実に9年もの歳月を費やして作品の完成とリリースを成し遂げたそうだ。

ただしバンコの本作は、『狂えるオルランド』の単なるロックオペラではない。原作と設定を変え、 “架空の時代”、“海水が干上がった地中海” としているところが、作品を鑑賞する際のキモとなっているところに注意されたい。

海水が干上がった地中海に残ったのは淡水の泉がひとつだけ。当然、水の支配・利権を巡って、争いが起きることになる・・・・その世界観を最初に提示してくれるのは、アルバムの2曲目に収録された「赤い平原(La pianura rossa)」だ。

登場するのは水の番人(=西洋人)、渇いた者(=イスラム教徒)、魔法使いの3者で、それぞれのセリフ・言い分を楽曲アレンジを変化させて表現しているのが見事だ。ギタリストによるギターバトルはもちろん戦いのシーンを表現している。


Joe Barbieri(ジョー・バルビエリ)『愛おしき記憶(Tratto da una storia vera)』(2021)はコロナ禍に制作されたことで、むしろアーティスト自身の内省的な部分が美しい形で結晶化したともいえる傑作と言えるだろう。
Joe Barbieri - Tratto da una storia vera

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https://piccola-radio-italia.com/archives/52343164.html

そのライヴ盤『愛おしき夜(Tratto da una notte vera)』(2022)もリリースされたばかり。

Festaでは「天気予報(Previsioni del tempo)」をピックアップして紹介。

冒頭の歌い出しで、コロナ禍で直接会えていない男女の会話と思えるパートの解釈が重要で、イタリア語の“tempo(テンポ)”が、“時”と“天気”の2つの意味を持つために会話が嚙み合わない男女の様子が描かれている。“君のところの天気(tempo)はどう?”と訊く男に対して、“あなたと過ごせる時間(tempo)は貴重だわ”と答える女。そんな会話が嚙み合わないカップルなのに、サビでは再会できる日を願う美しい想いが綴られているのが、聴く者に限りない陶酔感を与えてくれることだろう。


BS日テレの人気番組『小さな村の物語 イタリア』で流された楽曲のコンピレーションアルバムが何タイトルかリリースされていて、どれもがベストセラーとなっているが、その中から『小さな村の物語 イタリア 音楽選集〜イタリアン・ポップスとカンツォーネ100曲〜』(2019)に収められたL'Aura feat.Max Zanotti(ラウラ・ft.マックス・ザノッティ)の「あなたのために E` per te」(2007)。
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http://piccola-radio-italia.com/archives/52305513.html

人生の中で落ち込むようなことは誰しも・何度も訪れるものだが、筆者はこの曲を聴くととても癒されるという個人的な理由でピックアップした。歌詞の内容のそうした場面にぴったりの内容であることはもちろんだが、ゲストのマックス・ザノッティのヴォーカルに不思議な癒しの成分が含まれているように感じるのだ。


番組名こそ冠しなかったものの、そのジャケットデザインが『小さな村の物語 イタリア』のオープニング映像を思い起こさせるコンピレーションアルバム『瞳はるかに~魅惑のイタリアン・ポップス』(2018)。
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http://piccola-radio-italia.com/archives/52292389.html

収録されたSandro Giacobbe(サンドロ・ジャコッベ)「禁じられた園(Il giardino proibito)」(1975)は、究極のラヴソングのようなサビを持つ楽曲だが、中身はカノジョの親友と浮気した男の苦しい言い訳が綴られている、というのが面白いところ。それを単なるゲス男の歌と聴き捨ててしまうとこの楽曲の魅力が損なわれてしまう。

そうこの楽曲のタイトルは、“エデンの園”を意味しており、キリスト教における“原罪”という概念のもととなった、失楽園のエピソードを予備知識として持っておくことが、作品鑑賞の上では重要となる。

エデンの園にある禁断の果実をアダムとイヴは口にしてしまう。それを神に問い詰められた時、アダムは「イヴに勧められたから・・・・」、イヴは「蛇に勧められたから・・・」とそれぞれ責任転嫁の言い訳をした。これがいわゆるキリスト教における“原罪”であり、禁じられたモノに自らの意志で手を出したこと自体も罪だが、それを反省せずに他に責任転嫁するのも罪なのだ。

楽曲の中での主人公の男はまさにアダムのように、“僕のせいじゃないんだ、あのコが・・・”と苦し言い訳を重ね、“運命には逆らえない”と開き直り、その舌の根も乾かないうちに、サビは美しいラヴソングのように“僕の心にはいつも君がいる。今は君だけだ”と歌っているのだ。


PFMことPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)の『紀元2010年 - PFMとアンドレの新たな旅(A.D.2010 - La Buona Novella)』(2010|日本盤:2014)は、ファブリツィオ・デ・アンドレの『La buona Novella(意:福音書)』(1970)を丸ごとPFMがカヴァーした作品。
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http://piccola-radio-italia.com/archives/52129475.html

と言っても単なるカヴァーではなく、デ・アンドレ版のバックを務めたのがQuelli(クエッリ)で、これは後にPFMとなる前身バンドであるという点が重要なのだ。

デ・アンドレによる原作は、“福音書”と言うタイトルではあるが、その中身は聖書に収められなかった“聖書外伝”であり、様々な理由でキリスト教会から正典として認めてもらえなかったエピソードばかり。ここがこの作品の最も面白いところ。もちろん正典である聖書に収められた重要なエピソードを知ったうえで、日本語対訳を読むことでこの作品の理解の大きな助けになることは間違いない。PFMによるカヴァーとは言え、デ・アンドレ作品の日本語訳がリリースされたことはとても重要である。

Festaで紹介したのは「マリアの少女時代 挿入曲:誘惑(L'infanzia di Maria incluso La tentazione)」だ。正典となる聖書の中ではマリア様の幼少のエピソードはほとんどないのだが、外伝にはその記録があったということがとても興味深いことだ。

マリア様が3歳の時にまるで貢物のように協会に捧げられて出家させられていたこと、12歳で初潮が訪れた時に不浄の存在とされ、教会から追い出すために夫募集が行われたこと、その夫候補たちはマリア様を欲情の目で見ていたことなど、なるほど、これは正典には入れてもらえないはずだ、と納得できる話ばかりだ。さらには最終的に夫に選ばれたヨセフ様は、自分の遺伝子を持たない子を身籠った娘を押し付けられたことに耐えられず、仕事にかこつけて家出して4年も帰って来なかったことなど、とても人間臭い感情を持っていたことも描かれている。ここではオリジナルのデ・アンドレのライヴ映像を貼っておこう。


BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」の公式音楽集の一般流通版第1作となったアルバム『小さな村の物語 イタリア 音楽集(2013)』(2013)
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ここからピックアップしたのは、Mietta(ミエッタ)& Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)の師弟デュオでサンレモ音楽祭で披露された「風の旅立ち(Vattene amore)」(1990)。歌詞中にはいくつかの造語や伏線が貼られているのがこの楽曲の面白いところであり、一番注目されて流行したのが“trottolino amoroso(トロットリーノ・アモローゾ)”という造語だ。

“trottolino”の語幹となっている“trottola”は玩具の独楽を意味しており、それを男性形にしてさらに縮小辞“-ino”つけたもの。転じて“(独楽のように)落ち着きのない小さな男の子”を意味するのだが、それに“amoroso(意:愛すべき・愛しの)”を付けたことで、愛しい男性に向けて女性が母性本能を込めて呼びかける新しい言葉として流行したのだ。


『永遠のイタリア音楽全集』(2013)から。
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http://piccola-radio-italia.com/archives/52077026.html

選曲したのはABBAが結成にあたってモデルとしたと言われるRicchi e Poveri(リッキ・エ・ポーヴェリ)の初期の楽曲「桜の少女(Un diadema di ciliege)」(1972)

立身出世を夢みて、恋人を故郷に残して都会に出ていく青年の話なので、イタリア版「木綿のハンカチーフ」(1975)とも言える内容の楽曲だが、イタリアの方が先に発表されているので、「木綿のハンカチーフ」の方を日本版「桜の少女」と言う方が正しいかもしれない。ボブ・ディランの「スペイン革のブーツ(Boots of Spanish Leather)」(1964)の方が先だという説もあるが、ボブ・ディランのは女性が故郷を出ていき、男性が待つという逆の設定だ。

「木綿のハンカチーフ」の方では、男性が都会に染まって返って来ず、結果、2人の関係は終わるという結末だが、「桜の少女」の結末は全く異なり、故郷に呼び戻された青年がそこで目にしたのは・・・・天使によって天空に連れていかれる彼女の姿・・・そう彼女は亡くなってしまったのだ。


『サンレモ音楽祭ベスト!〜素晴らしきカンツォーネの世界』(2013)から。
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リリース記事
http://piccola-radio-italia.com/archives/52077016.html

Marcella(マルチェッラ)のサンレモデビュー曲にして出世作「青い山脈(Montagne verdi)」(1972)は、実兄Gianni Bella(ジァンニ・ベッラ)が書く豊かなメロディ、オーケストラの魔術師Franco Monaldi(フランコ・モナルディ)が施した情緒豊かなアレンジも光るが、名匠Giancarlo Bigazzi(ジァンカルロ・ビガッツィ)が書いた詞に着目して紹介。

田舎から都会に出ていった少女が恋を通して大人の女に成長していく過程を切り取って描いた作品で、故郷シチリアから歌手を目指して大都会ミラノに出てきたMarcellaの境遇と重ねてイメージできる傑作だ。

1番の歌詞では、故郷の風景の描写に意図的に遠過去を用いており、南部出身の少女であることを悟らせてくれる。※イタリア語の遠過去は、南イタリアではフツウに使われるが、北部イタリア人は日常会話で使わないため、すらすら話せない話法である。

サビから2番の歌詞にかけては、北イタリアで話される近過去で歌われることから、少女がどんどん都会的になっていく変化が表現されているのだ。

この変化のニュアンスが対訳の中で充分に表現できないところが翻訳者としてはもどかしいところ。イタリア語中級以上の学習者には、良い教材となる楽曲のひとつ、といっても良いだろう。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2022年に達する年齢で表記。