2021年に他界したイタリア人アーティストの中で、一番多くの人々に哀悼された感のあるのがFranco Battiato(フランコ・バッティアート/1945-2021/76歳没/シチリア州カターニア近郊出身)。直近50年間の活動で、最もたくさんの人々に影響を与えた音楽家のひとりとして、崇められていたマエストロ格の大物。
Franco Battiato

実験音楽から電子音楽、カンツォーネ、シャンソン、プログレ、イタリアンポップス、歌無しのクラシック音楽に至るまで、実に幅広い音楽ジャンルを変幻自在に手掛け、英語や仏語・西語でも歌い、自身で楽曲を書けるのに、カヴァーも積極的に行い、後進も育て。。。という音楽界だけに留まらず、映画監督、画家や政治家としての活動歴も持つまさに天才肌の偉人。

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亡くなった同年9月、 ローマ時代の遺跡をそのまま野外音楽場として整備したArena di Verona(アレーナ・ディ・ヴェローナ)に彼を慕う幅広い世代と立ち位置のアーティストが一堂に会して、彼をトリビュートするコンサートが行われ、2022年1月初旬に編集されてTV特番『Caro Battiato(意:親愛なるバッティアート)』として放映。本Festaでは、そのTV放映分のうち、ステージパフォーマンス部分をピックアップして紹介した。
Caro Battiato (2022)

放映はYouTube上でも配信されて、そのアーカイヴは残っているものの、配信トラブルが多発していたような記録となっており、完全版映像は既に放送局のオンデマンド配信からは削除されてしまったので、ここでの紹介は割愛する。YoTube上には現在、非公式アカウントから一部の映像がUPされているので、気になる方は早めにチェックされたし。

ライヴ音源化はされているので、プレイリストとして紹介する。本ライヴテイクの前にバッティアートの元ヴァージョンを収録したプレイリストとしている。

Arisa(アリーザ)がカヴァーする「Perduto amor(意:失われた愛)」(2003)は、バッティアートの映画監督第1作のテーマ曲。

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Fiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)はバッティアートの代表曲のひとつ「La stagione dell'amore(意:恋の季節)」(1984)をしっとりとカヴァー。原曲のピコピコアレンジとはガラッと雰囲気が異なるのも聴きどころ。

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Gianni Morandi(ジァンニ・モランディ)が登場して歌うのは、「Che cosa restera` di me [Mesopotamia](意:僕の何が残るのかな)」(1988)は、バッティアートがモランディに書き下ろした楽曲。

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Mahmood(マームッド)が歌う「No time no space」 (1985)

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Paola Turci(パオラ・トゥルチ)「Povera patria(意:貧しき祖国)」(1991)

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Emma(エンマ)は「L'animale(意:生き物)」(1985)を選択。

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Max Gazze`(マックス・ガッゼ)は「Un'altra vita(意:もうひとつの人生)」(1983)を。

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バッティアートの愛弟子Alice(アリーチェ)が登場。デビュー後今ひとつの立ち位置にいたものの、バッティアートのプロデュースで3度目の改名デビューでようやくサンレモ音楽祭で優勝して一流歌手の仲間入りをした経歴を持ち、その後も度々バッティアートとのコラボやジョイントライヴを敢行したアーティスト。有名なバッティアートとのデュエット曲ではなく、選んだのは「La cura(意:治癒)」(1996)。そのタイトルがぴったりハマったのか、コロナ禍のイタリアで最も多くのアーティストにカヴァーされて歌われた楽曲と言っても良いだろう。

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Morgan(モルガン)とFabio Cinti(ファビオ・チンティ)は、一時期バッティアートのバックミュージシャンを務めるなどしていたコラボ繋がり。「Segnali di vita(意:命のシグナル)」(1981)

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バッティアートが発掘した同郷の若手カンタウトーレGiovanni Caccamo(ジョヴァンニ・カッカモ)は、すっかり髪を伸ばし、髭はさっぱりと落として若々しくなって登場。「Gli uccelli(意:小鳥たち)」(1981)をピックアップ。

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サンレモ2021出場曲がスマッシュヒットして一躍売れたColapesce(コラペッシェ)とDimartino(ディマルティーノ)のカンタウトーレ・コンビは「Bandiera bianca(意:白旗)」(1981)と「Sentimiento nuevo(意:新しい感情)」(1981)をメドレーで。彼らもシチリア出身者

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Jovanotti(ジョヴァノッティ)がお抱えベーシストのSaturnino(サトゥルニーノ)を率いて傑作「L'era del cinghiale bianco(意:白イノシシの時代)」(1979)を披露。

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Carmen Consoli(カルメン・コンソリ)が登場し、バッティアートとのデュエットでヒットした「Tutto l'universo obbedisce all'amore(意:全宇宙は愛に従う)」(2008)を独りで歌う。バッティアートの声が重ならないのが、寂しさを誘う。

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Angelo Branduardi(アンジェロ・ブランドゥアルディ)は「Il re del mondo(意:世界の王)」(1985)をカヴァー。

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前出のMorgan(モルガン)が所属するバンドBluvertigo(ブルーヴェルティゴ)は「Shock in my town」(1998)をチョイス。

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Diodato(ディオダート)は「E ti vengo a cercare(意:君を探しに行くよ)」(1988)を。

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そしてバッティアートの楽曲の中で最も有名で最もノリの良い楽曲と言っても良い「Cuccurucucu`」(1981)はGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)がカヴァー。

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バッティアートがアリーチェとのコンビでユーロヴィジョン・ソング・コンテストに出場して5位となった「I treni di Tozeur(意:トズールの列車)」(1984)は、前出のアリーチェではなく、Baustelle(バウステッレ)がカヴァー。なるほど、男女デュエットで歌うのが望ましいこの曲は彼らの方がハマリ役かも。

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中近東に特に強い関心を抱いていたバッティアートがイラン=イラク戦争が勃発した年に発表したのが「Up patriots to arms(意:兵器への愛国心を高めろ)」(1980)。披露したのは前衛的なロックバンドSubsonica(スブソニカ)。

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TV番組「Caro Battiato」内では割愛されたものの、Festaで特別に別枠として紹介したのはキャッチーなヒット曲「Voglio vederti danzare(意:君が踊るのを見たい)」(1982)。歌ったのは19世紀に流行したダンス音楽を現代に引き継ぐExtraliscio(エクストラリーショ)。

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そして「Centro di gravita` permanente(意:普遍の重心)」(1981)は大団円となった楽曲で、前出のCarmen Consoli、Colapesce、Dimartino、Giocvanni Caccamoに、Luca Madonia(ルカ・マドニア)、Mario Incudine(マリオ・インクーディネ)が加わって歌う。

そしてエンディングは遺作となった2019年のアルバムのタイトル曲となった新曲「Torneremo ancora(意:僕らは再び帰るだろう)」と生前のバッティアートの映像で締めくくられた。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2022年に達する年齢で表記。