ローマ時代の遺跡Arena di Verona(アレーナ・ディ・ヴェローナ)で開催された『Arena SUZUKI '60 '70 '80(アレーナ・スズキ・セッサンタ・セッタンタ・オッタンタ)』。タイトル通り、60年代から80年代にヒットした楽曲をオリジナル歌手が登場して生でパフォーマンスするショウで、“SUZUKI”はスポンサーを務めているスズキ自動車イタリアのこと。2日に分けてTV放映されたうち、今回は第1回目の2021/9/26放映分のイタリア人アーティスト出演シーンを紹介。(同フェスティヴァルには国外アーテイストも出演)
Arena Suzuki 60 70 80 Amadeus

まずはLoredana Berte`(ロレダーナ・ベルテ/71歳)が「Non sono una signora(意:私は夫人ではない)」(1982)〜「Dedicato(意:捧げられた)」(1978)〜「E la luna busso`(意:そして月がノックをした)」(1979)の3曲を披露。最初の2曲はIvano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ)作で、最後の曲はMario Lavezzi(マリオ・ラヴェッツィ)作。

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そしてUmberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ/69歳)が登場して、「Tu(意;君)」(1978)〜「Ti amo(意:僕は君を愛している)」(1977)と、世界的なヒットとなった2曲を続けて披露。

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Alan Sorrenti(アラン・ソッレンンティ/71歳)がイタリアのディスコブーム時代の代表曲ともいえる「Figli delle stelle(意:星の子供たち) 」(1977)を歌う。ソフィスティケイトされた伴奏は、当時アメリカの凄腕ミュージシャンたちで結成されたバンドToto(トト)が務めていたため、その印象的なエレキギターはスティーヴ・ルカサーが弾いていたのだ。

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そして2021年に他界したRaffaella Carra`(ラファエッラ・カッラ/1943-2021/78歳没)追悼コーナー。60年代にシーン登場すると、ダンサー、司会者、歌手と多彩な才能を発揮させて活躍。イタリアのTVで初めてへそ出し衣装を着たと言われるものの、お色気路線だけに留まらず、イタリア人にとっては“永遠の歌のお姉さん”のイメージで老若男女の幅広い世代に愛され続けたまさにスター。もし黒柳徹子が歌って踊るなら、と例えたら判り易いかも。
https://youtu.be/fE5uLstijNM

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60年代にシーンに登場したOrietta Berti(オリエッタ・ベルティ/78歳)。イタリアでは70年代に専業歌手の時代が終わったため、彼女のような曲を書かない歌手の多くは活躍の場を失ったものの、サンレモ音楽祭2021に再出場を果たし、それがきっかけとなって、若いラッパーたちに担ぎ出されて、ヒップホップ曲のヴォーカルパートを歌うという奇跡のコラボも大きな話題となった。カンタウトーレのMemo Remigi(メモ・レミージ)が書き下ろしたサンレモ音楽祭1966出場曲「Io ti daro` di piu`(意:私はあなたにもっと与えることでしょう/邦題:生命をかけて)」〜サンレモ音楽祭1970出場曲「Tipitipiti`(邦題:ティピティピティ)」のメドレー。
https://youtu.be/xwMtiu5dX8w

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男性2人組デュオだったRigheira(リゲイラ)のひとりJohnson Righeira(ジョンソン・リゲイラ/61歳)が登場し、80年代に彼らが放った能天気なダンスナンバーをメドレーで。「L'estate sta finendo(意:夏が終わってゆく)」(1985)〜「No tengo dinero(意:僕にはカネがない)」(1983)〜「Vamos a la playa(意:ビーチに行こう)」(1983)。途中からリゲイラのもう一人のメンバーに扮した司会者Amadeus(アマデウス)も登場する。
https://youtu.be/VjEMWziyw58

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Umberto Tozziが再び登壇し、彼の放った世界的ヒット曲の頂点に位置する「Gloria(グロリア)」 (1979)を披露。当時、米歌手ローラ・ブラニガンが英語でカヴァーしたのがそのヒットの源流となった。
https://youtu.be/VZrlhioQamU

Loredana Berte`も再登場して最初期のヒット曲「Sei bellissima(意:君は最高にきれいだ/邦題:あの人の想い出)」 (1975)を歌う。今では女性歌手の卵たちがこぞってカヴァーする定番曲だ。
https://youtu.be/Jzsv72AcRsA

そしてこの日の出演者中の最長老となるEdoardo Vianello(エドアルド・ヴィアネッロ/83歳)が登場。60年代初頭にシーンに登場した最初期カンタウトーレのひとりで、今も歌い継がれるエヴァーグリーンなヒット曲をいくつも持つレジェンド。「Abbronzatissima(意:すごく日焼けした女性)」(1963)〜「Sul cucuzzolo(意:頂上で)」(1964)〜「Guarda come dondolo(意:ごらん、ゆらゆらしてるよ)」(1962)〜「I watussi(意:ツチ族)」 (1963)の4曲も元気にメドレーで魅せる。1曲目は今も夏の定番曲で、2曲目はRita Pavone(リタ・パヴォーネ)に書いた楽曲のセルフカヴァー。3曲目は当時一世を風靡したダンススタイルであるツィストを描写した楽曲。最後の曲は長身で有名なアフリカの民族を歌っている。

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再びAlan Sorrentiが登場し、これもFestivalbar(フェスティヴァルバール)で優勝するほどの大ヒットとなった「Tu sei l'unica donna per me(意:君は僕にとって唯一の女性)」 (1979)。この軽快なギターサウンドは後にAirplay(エアプレイ)を結成する米プロデューサー、ジェイ・グレイドンのテイク。
https://youtu.be/ib5-c_ppyKQ

Ivana Spagna(イヴァーナ・スパーニャ/67歳)が登場し、英語で歌うディスコクイーン時代のヒット曲を披露。「Easy lady」(1986)〜「Call me」(1987)。後者は全欧1位、英チャートでも2位につける大ヒットとなった。
https://youtu.be/lSKaIf1A_ko

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渋くジャズィーなスタイルでディスコミュージック全盛時代に特異な存在感を示したSergio Caputo(セルジョ・カプート/67歳)まで登壇し、「Un sabato italiano(意:イタリア的土曜日)」 (1983)〜「Bimba se sapessi(かわいい子、もし知ってたなら)」(1983)の2曲を披露。エピフォンのレスポールを指弾きするというパフォーマンスまで渋い。

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人気ビートバンドEquipe 84(エクィップ・オッタンタクァットロ)の“Il Principe(意:王子さま)”の異名をとったMaurizio Vandelli(マウリツィオ・ヴァンデッリ/77歳)が登壇して「Tutta mia la citta(意:街はすべて僕のもの)」(1969)〜「Io ho in mente te(意:僕の心の中に君がいる)」(1966)〜「29 Settembre(意:9月29日)」(1967)を演奏。1曲目は「Blackberry Way」のイタリア語カヴァー。2曲目はIan & Sylviaの「You Were on My Mind」のイタリア語カヴァー。3曲目はLucio Batisti(ルーチォ・バッティスティ)の書き下ろし。 Equipe 84は、当時の数あるビートバンドの中で別格の存在だったようで、彼らに憧れて楽器を手にした若者たちが、やがてプログレバンドを結成するようになったとか。
https://youtu.be/jqor9FOQ7w8

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第191回イタリアPOPSフェスタ(2021年10月)のPlayList(カヴァー曲はオリジナルヴァージョンも含む)


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2021年に達する年齢で表記。