今回は1960年代から1990年代に渡って、作詞・作曲家・プロデューサーとして大活躍し、数々のヒット曲を輩出&スター歌手を育て上げ、“歌手のデザイナー” と呼ばれた奇才Giancarlo Bigazzi(ジァンカルロ・ビガッツィ/1940-2012/71歳没)の残した楽曲を振り返る。

Giancarlo Bigazzi!

2016年にTV放映された『Una serata... Bella - Per te, Bigazzi!(意:美しい…今宵 - あなたに、ビガッツィ)』から。同番組は、歌手Marcella Bella(マルチェッラ・ベッラ)の発案で構成されたTV特番で、イタリア音楽史に偉大な功績を残した楽曲の作者に焦点を当てて紹介していく全5回のシリーズとなった。

Una serata... Bella - Per te, Bigazzi!

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Festaでは冒頭から順番にほぼ全部の歌唱シーンを紹介した。

0:04:50から、番組発案者のMarcella BellaがStadio(スターディオ)のフロントマンGaetano Curreri(ガエターノ・クッレーリ)とのデュエットで、「Gente di mare(意:海の人々)」(1987)をカヴァー。オリジナルはUmberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)とRaf(ラフ)のデュエットで1987年ユーロヴィジョン・ソング・コンテストに出場し、3位となった楽曲。作曲は演者の2人、作詞をBigazziが担当している。本記事末尾のプレイリストには、ブラジル人歌手Fabio Jr.によるポルトガル語詞カヴァーも収録。

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0:11:50から、Annalisa(アンナリーザ)によるMarco Masini(マルコ・マジーニ)「T'innamorerai(意:君は恋するだろう)」(1993)のカヴァー。

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0:25:25から、Massimo Ranieri(マッシモ・ラニエリ)「Se brucciasse la citta`(意:もし街が燃えたなら)」(1969)をDeborah Iurato(デボラー・イゥラート)がカヴァー。同曲は当時サンレモ音楽祭に勝るとも劣らない求心力を持っていたフェスティヴァルCanzonissima(カンツォニッシマ)で3位となったヒット曲。

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0:31:45から、故Mia Martini(ミア・マルティーニ)晩年の異色の楽曲「Gli uomini non cambiano(意:男たちは変わらない)」(1992)を再びMarcella Bellaが登壇してカヴァー。2人はほぼ同時期に新進の女性歌手として人気を分け合ったライヴァル関係でもあった。

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0:41:50から、Marco Masini本人が登壇し、自身の初期作品「Ci vorrebbe il mare(意:海が必要なら)」 (1990)を披露。同曲は60年代に3大プリマドンナと称えられ、後に大歌手となったMilva(ミルヴァ)がカヴァーしたことでも知られる作品。

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0:55:55からは、いよいよUmberto Tozzi自身が登場し、自身のヒット曲の一部をメドレーで披露。瑞々しい感性の作風が収録された1stアルバムから「Io camminero`(意:僕は歩くだろう)」 (1976)〜「Donna amante mia(意:僕の愛する女)」 (1976)、そして世界的な大ヒット曲となり、Tozzi旋風を巻き起こした「Tu(意:君)」(1978)〜「Ti amo(意:君を愛してる)」(1977)の4曲。最後の曲は彼の最初のインターナショナルなヒット曲となり、英語圏では“Mr.Ti Amo(ミスター・ティ・アーモ)”とまで呼ばれ、その後毎年世界的な大ヒット曲を連発していくきっかけとなった楽曲。本記事末尾のプレイリストにはLaura Branigan(ローラ・ブラニガン)の英語カヴァーも収録。

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1:07:55から、再びMassimo Ranieriのヒット曲で「Erba di casa mia(意:我が家の若草)」(1972)をAnna Tatangelo(アンナ・タタンジェロ)がカヴァー。同曲はカンツォニッシマで1位となり大ヒットした。

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1:16:00から、Mario Tessuto(マリオ・テッスート)が登場し、自身のヒット曲「Lisa dagli occhi blu(意:青い瞳のリーザ)」 (1969)を披露。当時青春スター的爽やか青年だった彼のイメージにぴったりはまるほろ苦い初恋&失恋ソング。

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1:20:45から、Marcella Bella「Fa chic(意:シックであれ)」(2002)を本人が披露。1980年代以降、Bigazziの手から離れたMarcellaであったが、同曲のように時折提供を受けていたことが判る楽曲。

1:29:55から、Claudia Mori(クラウディア・モーリ)の代表曲「Non succedera piu`(意:もう起こらないわ)」 (1982)を再びAnnalisaがカヴァー。オリジナル歌手のClaudia Moriは、イタリア音楽界のドンとも言えるAdriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)夫人で、この番組の司会を務めるRosita Celentano(ロジータ・チェレンターノ)の母。同曲はClaudia Mori自身が作詞し、Bigazziが補作詞&作曲を務めているのもポイント。後半は夫君Adrianoのソロヴォーカルが入って来るのだが、この番組では女性コーラスが務めている。

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1:37:20から、Bigazziの事実上の遺作となった「Un'apertura d'ali(意:翼を広げて)」(2012)。作詞&作曲をBigazzi独りで手掛けており、未亡人が発掘したBigazzi自身によるデモ音源がまず公開され、Bigazzi没年にその楽曲を発掘して正式に録音したのがRenato Zero(レナート・ゼロ)で、同年のツアーの序曲に必ず流されていた楽曲。この番組ではSimona Molinari(シモーナ・モリナリ)がカヴァー。

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1:46:10から、Raf(ラフ)の「Ti pretendo(意:君を切望しながら)」(1989)は、同年のフェスティヴァルバール優勝を遂げたヒット曲。番組ではFrancesco Gabbani(フランチェスコ・ガッバーニ)が登場してカヴァー。

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1:51:30から、番組発案者Marcella Bellaのヒット曲メドレー。70年代のブレイク時、彼女の多くの楽曲の詞を担当していたのがBigazzi。それまでのBigazziは単発的にアーティストに楽曲提供していたり、いくつかのアーティストのプロデュースも行っているが、専属に近い形でアーティストに関わって成功に導いた最初の実績といえるのがMarcellaだったともいえる。

ステージに先駆けて、Marcellaの実兄で、Bigazzi-Bellaのコンビで数々の名曲を手掛けたGianni Bella(ジァンニ・ベッラ)、そしてMarcellaの最初のマネージャーを務めたIvo Callegari(イーヴォ・カッレガーリ)が紹介される。前者はその後、ソロデビューを経て、大御所Adriano Celentanoにも楽曲を提供する大作曲家に成長し、後者はMarcellaの前にCaterina Caselli(カテリーナ・カゼッリ)やPatty Pravo(パッティ・プラヴォ)を育てた敏腕マネージャー。

披露したメドレーは「Io domani(意:私は明日)」(1973)〜「Nessuno mai(意:誰も決して)」 (1974)〜「Montagne verdi(意:緑色の山々)」(1972)〜「Rio De Janeiro(リオ・デ・ジャネイロ)」(1981)。2曲目はイタリア最初のディスコ曲と言われる曲で、ボニーMが英語でカヴァーしている。本記事末尾のプレイリストに収録。

2:02:05から、サンレモ音楽祭1992新人部門でAleandro Baldi(アレアンドロ・バルディ)とFrancesca Alotta(フランチェスカ・アロッタ)のコンビで歌ったのが「Non amarmi(意:僕を愛するな)」(1992)。番組ではAleandro Baldi本人とAnna Tatangeloのコンビで披露。なお、同曲は後にJennifer Lopez(ジェニファー・ロペス)がスペイン語でカヴァーし、彼女のデビューアルバムに収録されたことで世界中に知られることとなった。本記事末尾のプレイリストに収録。

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2:09:00から、Aleandro Baldiが独り残り、サンレモ音楽祭1994で優勝に輝いた「Passera`(意:過ぎ去るだろう)」(1994)をギター弾き語りで披露。余談だが、同年のサンレモ音楽祭で新人部門優勝したのがAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)なので、大賞部門も新人部門も同じイニシャル“A.B.”を持つ盲目歌手の2人が優勝した奇跡の回となった。後年、オペラティックポップグループIl Divo(イル・ディーヴォ)がカヴァーして世界中に知られることとなった。残念ながらSpotifyにはオリジナルのAleandro Baldi版の収録が無かったので、本記事末尾のプレイリストにはIl Divo版のみ収録。

2:21:35から、サンレモ音楽祭1970出場曲「Eternita`(意:永遠)」(1970)。当時のサンレモ音楽祭はダブルキャスト制を採用していたため、オリジナル歌手は2組存在しており、Ornella Vanoni(オルネッラ・ヴァノーニ)版はいかにも60年代のカンツォーネ的なアレンジで、Camaleonti(カマレオンティ)版はいきなりオーケストラの不協和音で始まるツウ好みのアレンジ。番組ではMarcella BellaとDeborah Iuratoがカヴァー。

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2:33:20から、Rafの「Cosa restera` degli anni 80(意:80年代の何が残るのだろう)」(1989)。再びFrancesco Gabbaniがカヴァー。

2:39:35から、Rafの出世曲「Self control(セルフ・コントロール)」(1984)は、原曲が英語詞という思い切った戦略を取り、まずはイギリスからヒットし、英語圏に広がり、本国イタリアに逆輸入の形でヒットした。Laura Braniganが同年そのまま英語でカヴァー。番組ではX Factor2014から躍り出た新人歌手Emma Morton(エンマ・モルトン)がカヴァー。

2:44:15から、Gaetano Curreriが再び登場し、自身のバンドStadioの「...E mi alzo sui pedali(意:…そして僕はペダルの上に立つ)」(2007)を披露。同曲は自転車競技界でイタリアの国民的英雄だった故Marco Pantani(マルコ・パンターニ)に捧げられた追悼曲。Marco Pantaniの強さの秘訣は上り坂にあったため、立ち漕ぎの姿勢が印象的。そこから付けられたタイトルと考えられる。パフォーマンスに先駆けて、Bigazzi没後、サンレモ音楽祭に“ジァンカルロ・ビガッツィ賞(最優秀編曲賞)”が設けられ、初代受賞者となった(総合優勝も果たす)のがStadioという縁もある。

2:51:45から、Riccardo Del Turco(リッカルド・デル・トゥルコ)の「Luglio(意:7月)」(1968)をSimona Molinariがカヴァー。同曲はまだ駆け出しの作詞家だったBigazziが28歳の時に放った最初の大ヒット曲で、ヨーロッパでもヒットし、ジョー・ダッサンがフランス語で、ハーマンズハーミッツが英語でカヴァーもしている(本記事末尾のプレイリストに収録)。初夏の到来と共に繰り返し聞かれているエヴァーグリーン楽曲としてすっかりイタリア社会に定着している。

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2:56:05から、番組最後の曲として披露されるのは、恐らくBigazziが手掛けた作品の中で最も世界中で聴かれた楽曲「Gloria(グロリア)」(1979)。作曲者&オリジナル歌手Umberto Tozziと、番組発案者Marcella Bellaのとのデュエットで披露。Laura Braniganの英語カヴァーは、アメリカ、オーストラリア、カナダのチャートで首位を記録し、英語圏での大ヒットの決定打となった。他の言語でも盛んにカヴァーされ、Sheilaによるフランス語カヴァー、Tanja Laschによるドイツ語カヴァー、Jo Vallyによるオランダ語カヴァー、Carolaによるスウェーデン語カヴァーなども存在することから、いかに世界中でヒットしたかが判ると思う(本記事末尾のプレイリストに収録。)。

1960年代のカンツォーネ黄金時代に活動を始めると同時に確固たる実績を残し、激動の70年代に突入すると、時代をけん引する存在となり、世界的なヒット曲を量産。90年代までに多くの歌手のプロデュースを手掛けて、何人ものスター歌手を育てた道程は、没後もイタリア音楽史に燦然と輝く存在であるといえよう。


第190回イタリアPOPSフェスタ(2021年9月)のPlayList(多言語でのカヴァー曲も含む)


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2021年に達する年齢で表記。