第1部

サンレモ音楽祭2015に「Il solo al mondo(意:世界で唯一の男)」で出場し、総合14位となったBianca Atzei(ビアンカ・アッゼイ/28歳/Milano出身)。Moda`(モダー)のKekko(ケッコ)が書きおろした楽曲で、指揮は彼女のプロデューサー&共作者も務めるDiego Calvetti(ディエゴ・カルヴェッティ)で、第5夜はカンタウトーレのFrancesco Renga(フランチェスコ・レンガ)がBiancaに応援ヴィデオメッセージを贈った。

そしてサンレモ2015第3夜のカヴァー大会では、故Luigi Tenco(ルイジ・テンコ/1968-1967/28歳没/Piemonte州Cassine出身)の「Ciao amore ciao」を披露した。

同曲でサンレモ1967年に出場中のLuigi Tencoは、予選落ちになったことへ抗議するために自殺。サンレモ会期中であったため、当然、同年のサンレモ音楽祭は大混乱となり、後に"Il caso di Tenco(意:テンコ騒動)"と呼ばれる事になるため、サンレモ音楽祭で同曲を歌うことは、多くの人にその事件を思い起こさせ、故人への郷愁感を感じさせると同時に、チャレンジングな試みともなる。

※当サイトでのLuigi Tencoの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Luigi_Tenco

当時のサンレモ音楽祭はダブルキャスト制をとっており、同曲を歌うパートナーを務めたのは、私生活でもTencoとパートナーだったDalida(ダリダ/1933-1987/54歳没/エジプト生まれの仏伊ハーフ)だった。DalidaはTencoの死で半狂乱となり、フランスに帰って後追い自殺を図るも未遂に終わる。その後も世界的なトップスターとして活躍し続けたが心の隙間は埋まらなかったようで、何度も自殺未遂を繰り返し、Tenco騒動から20年後に遂に成功して帰らぬ人となった。

Biancaのカヴァーでシングル化されたのはAlex Britti(アレックス・ブリッティ/47歳/Roma出身)とのデュエット版で、アレンジャーもBrittiが務めている。リリースの半年以上経過後もヒット継続中。

※当サイトでのAlex Brittiの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Alex_Britti

サンレモ2015にはBrittiも出場していたので、ステージではBiancaのソロで披露されたが、逆にこのBiancaソロの公式音源はリリースされていない。

BiancaとBrittiとの関わりは第2部のレポートで。Brittiのサンレモ2015出場曲の紹介は第3部のレポートで。

Biancaの1stアルバム『Bianco e nero』では、Biancaのアルト域の特徴的なハスキーなヴォーカルの魅力がたっぷりと味わえる。また彼女がソウル系の音楽と同時に1960年代のイタリアのカンタウトーレたちの音楽に影響を受けている事が判る。Bianca自身も過半数の楽曲の作り手に名を連ねている。またMilano出身のBiancaだが、両親はサルデーニャ出身ということもあり、Tazenda(タゼンダ)との共演も収録されている。チャートでも最高15位に付けた。

Bianca Atzei - Biano e nero

サンレモ後の2015年6月にリリースされたシングル「In un giorno di sole(意:ある太陽の日の中で)」は、Biancaが親友に捧げて書いた楽曲。過去のことではなく、未来のことだけを考えようというポジティヴなメッセージソング。

2015年9月にシングルカットされたのは「Riderai(意:あなたは笑うでしょう)」。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2015年に達する年齢で表記。

Continua alla prossima puntata.(続く)