第2部

2013年5月22日に待望の市販版が発売される事となりました、人気TV番組『小さな村の物語 イタリア』の公式CD。

小さな村の物語(2013)

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先行発売された通販限定版とは、テーマ曲1曲を除いて異なる選曲となっていますので、実質的には2部作のシリーズと捉えても良いかと思います。

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通販限定版の発売情報はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/archives/51961799.html

また、1960年代以前の楽曲が中心だった通販限定版に比べて、今回の市販版は1980年代以降の楽曲からもふんだんにピックアップされており、感覚的には、よりイタリアン・ポップスの感覚に近いコンピレーションとなっており、中には日本盤で紹介されたことのない楽曲も何曲か含まれています。

FESTAではこのイタリアン・ポップスと呼べる楽曲を中心に紹介しました。

1980年当時、若手カンタウトーレブームの先頭を走っていたGianni Togni(ジァンニ・トーニ/日本語表記:ジャンニ・トーニ/現57歳/当時24歳/Roma出身)の"Luna(意:月/邦題:ルーナ/1980)"。

Angelo Branduardi(アンジェロ・ブランドゥアルディ)の売り出しに成功したMaurizio Fabrizio(マウリツィオ・ファブリツィオ)を中心とするミュージシャンたちのプロジェクトチームがしっかりとサポートし、Gianni Togni自身がPooh(プー)のツアー・サポーターを務めていた縁もあって、名匠Fio Zanotti(フィオ・ザノッティ)がプロデュースやアレンジを務めることもありました。

またGianni Togniは次第にカンタウトーレとしての活動よりも、プロデュース業にシフトするようになり、1990年代にはMassimo Ranieri(マッスィモ・ラニエリ/日本語表記:マッシモ・ラニエリ)のプロデューサーを務めていたこともありました。

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早くからTV司会等をこなしていたLoretta Goggi(ロレッタ・ゴッジ/現63歳/当時31歳/Roma出身)ですが、自身の歌手活動の中で最大のヒットとなったのが"Maledetta Primavera(邦題:憂鬱な春)"(1981)。同年のサンレモ音楽祭で2位に輝いた楽曲です。

Pooh(プー)の一番人気メンバーだったものの、脱退してソロ歌手に転向していたRiccardo Fogli(リッカルド・フォッリ/現66歳/当時33歳/Toscana州Pontedera出身)が、1982年のサンレモ音楽祭に優勝して大ブレイクする前に放ったヒット曲"Ti Amo Pero...(邦題:だけど君が好きなんだ)"(1980)。

当時のRiccardo FogliもGianni Togniとほぼ同じく、Maurizio Fabrizioを中心とするプロジェクトチームにサポートされており、同曲はRiccardo自身とMaurizio Fabrizio、そしてGianni Togniに歌詞を書いていたGuido Morra(グイド・モッラ)の3名で書かれています。

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1970年代初頭にイタリアを襲った経済破綻の功罪で、それまでのスター歌手たちの多くが活動の場を失い、低コストでプロデュースできるカンタウトーレたちが時代の波にも乗って席巻する中、Caterina Caselli(カテリーナ・カセッリ)のマネージャーIvo Callegari(イーヴォ・カッレガリ)に見出され、ビートの女王の名をNada(ナーダ)から受け継ぎ、後にIl Volo(イル・ヴォーロ)を名乗ることになる凄腕ロックミュージシャンたちの緩急極まる演奏と、Franco Monaldi(フランコ・モナルディ)が指揮&アレンジする贅沢なオーケストレーションを掛け合わせた白眉のサウンドで新時代を切り開いたのが、Marcella Bella(マルチェッラ・ベッラ/日本語表記:マルチェラ・ベッラ/現61歳/Sicilia州Catania出身)。

1973年(21歳)の時に歌った"Io domani(意:私は明日/邦題:燃える明日)"は、人気番組『Gran varieta(意:ビッグ・バラエティ)』のラジオ放送のテーマ曲に採用され、同年のFestival Barで準優勝を遂げる大ヒット曲となりました。

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そのMarcellaの持ち歌のほとんどを作曲していたのが実兄のGianni Bella(ジァンニ・ベッラ/日本語表記:ジヤンニ・ベッラ/現67歳/Sicilia州Catania出身)。妹の歌手としての成功で、その美しい楽曲の作者として注目を集めるようになり、自身も1974年にカンタウトーレとしてデビューを果たします。

自身のカンタウトーレとしての活動と並行して、妹のMarcellaや他のアーティストたちに楽曲を書いていましたが、次第に作曲家中心の活動にシフトするようになり、2000年頃はイタリア芸能界最大のスターAdriano Celentano(アドリァーノ・チェレンターノ)のメインコンポーザーとして重厚な楽曲を提供するマエストロ格のアーティストとなっています。

アルバムに収録されたのは、1978年のシングル"No"のB面に収められていた楽曲"Sei(邦題:君)"。当時31歳。

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そしてアルバムに収録された最も新しい年代の楽曲となった"Vattene Amore(意:行ってしまえ、愛/邦題:風の旅立ち)"(1990)。当時21歳のMietta(ミエッタ/現:44歳/Puglia州Taranto出身)とそのプロデューサーで同曲の作曲も務めたカンタウトーレAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ/現66歳/当時43歳/Roma出身)の師弟コンビが同年のサンレモ音楽祭で披露し、3位に入ったヒット曲。

通称"Trottolino amoroso(トロットリーノ・アモローゾ)"と呼ばれるほど、楽曲のサビに登場する独特の言い回しは作者による造語で、『Trottolino(小さな独楽→転じて落ち着きのない子ども)』に『amoroso(愛すべき、憎めない)』を付けて、愛しい人への呼びかけとして使い、この楽曲の大ヒットと共に流行語となったほどでした。

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注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2013年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)