2012年4月27日〜28日の3日間に渡って、計6回のステージを敢行したJoe Barbieri(ジョー・バルビエリ/39歳/Napoli出身)へインタビューをして参りました。(2012年4月28日)

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筆者(以下、筆):今回はインタビューの機会をありがとう!

Joe Barbieri(以下、J):いやいや、とても素敵な機会だよ!

筆:まず最初に、友達言葉で話してもいい? あなたの新しい歌のように!
注)"diamoci del tu(邦題:友達言葉で)"。アルバム"Respiro(息をする/邦題:静かに、息をするように)"(2012年作)の3曲目に収録。

J:(笑)もちろん!いゃー素晴らしい!完璧だね(笑)!

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筆:Pino Daniele(ピーノ・ダニエレ/57歳/Napoli出身)のプロデュースでデビューしたんだよね。彼との出会いを教えてくれる?

J:もう随分前の事になるねぇ。彼にカセットテープで僕が作った曲を何曲か送ったんだ。そしたら僕に電話をかけて来て、『他にも曲があるかい?』って訊いてくれたんだ。それで僕らは実際に逢い、お互いに意気投合して2枚のCDを作ったんだ。本当にもう昔のことになるなぁ、僕も凄く若かったし(訳注:推定20歳前後)。こんな感じだったよ。僕と彼の出会いは。

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筆:それにサンレモ音楽祭にも出場してたよね?1994年?

J:うん、1994年と2000年の2回だよ

"Non ci piove(雨は降らない)"(2000)

筆:その頃のあなたの歌い方や音楽の世界は、まだごく普通の歌手っぽい感じだったけれど、その後、こうして現在のような『囁く』歌い方に大きく変わったよね!その頃、あなたの中で何が起こったの?

J:そうだね、僕が愛する音楽の多くがブラジル音楽だったり、(ポルトガルの)ファドだったり、黄金時代のフランス音楽だったり、イタリア音楽だとSergio Endrigo(セルジォ・エンドリゴ)、Bruno Martino(ブルーノ・マルティーノ)やLuigi Tenco(ルイジ・テンコ)だっていうことに気が付いたんだ。彼らの世界観こそが僕の本当のスタイルだって気が付いたんだ。

J:ほんの駆け出しだった若者が、少しずついろんな世界を発見するようになり、やがて自分自身の事が判り始め、本来の自分や自分の本来の情熱を再発見するようになったということさ。

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J:アルバム「In Parole Povere(乏しい言葉で/邦題:素直な気持ちで)」(2004年作品)の前までは、Pino Danieleを始めとするいろんなタイプの音楽家と活動を共にして、あらゆることを勉強していたんだよ。いろんなアドヴァイスを貰ってね。彼らの手助けを通して、ようやく自分にどういう音楽が合うか、どういう音楽をするべきなのかに気付かされ、判って来たんだよね。それでとうとう、それまでの自分の全てを変えることにしたんだ。

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筆:最新作(「Respiro(邦題:静かに、息をするように)」)でも、多くのミュージシャンと共演していることに気付いたよ。Stefano Bollani(ステーファノ・ボッラーニ/40歳/Milano出身)、Fabrizio Bosso(ファブリツィオ・ボッソ/39歳/Torino出身)、Jorge Drexler(ホルヘ・ドレクスレル48歳/ウルグアイ出身)、そして偉大なカンタウトーレのGianmaria Testa(ジァンマリア・テスタ/54歳/Piemonte州Cuneo近郊出身)らなど。彼らとの出会いは?

Joe Barbieri - Respiro

J:Stefano Bollaniとは、彼のラジオ番組『Il Dottor Djembe(ジャンベ博士)』やTV番組『Sostiene Bollani(ボッラーニ、支える)』に僕を呼んでくれたことで知り合ったんだけど、すぐにお互いのフィーリングがものすごく合う事に気付いて、彼は度々コンサートに僕を招いてくれたんだ。そこで僕が書いた"Un regno da disfare(壊すべき王国/邦題:壊したい世界)"を披露していたので、CD化の際も彼に参加して貰ったのさ。

J:Fabrizio Bossoとは、南イタリアLecceのFestivalで一緒にゲストとして出演した時に知り合ったんだ。その時、お互いの音楽を聴かせ合って、とっても好きになって、すぐに一緒に何かやろうって気運になったのさ。夏のコンサートを一緒にやったり、彼が僕のグループにゲスト参加してくれたりしてね。それで今回やっと、僕のアルバムの中でゲスト出演して貰う機会に至ったんだ。

J:Jorge Drexlerとはもう10年来の友達なんだ。彼もLuigi Tencoが好きでね!僕が"Un regno da disfare(壊すべき王国/邦題:壊したい世界)"を書いた時、彼はLuigi Tenco風のエッセンスを感じてくれて、僕がこの曲はLuigi Tencoに捧げるつもりで書いたんだと話していたら、僕のアルバムに参加する事を快諾してくれたんだ。

訳注)おそらくLuigi Tencoの"Il mio regno(僕の王国)"と推察できます。

J:Giamaria Testa(ジァンマリア・テスタ)は、僕が知っている音楽家の中では、とてもユニークな人物で、他に居ないタイプのアーティストなんだ。ここ数年、僕がタンゴを聴いて踊り始めた時にかけていたのが、たいていGianmaria Testaの曲だということに気付いたんだ。だから今回僕がタンゴ曲を書いた時に、その恩返しをしたいと思って、Gianmaria Testaを招いたんだ。

訳注)"Le milonghe del sabato(土曜日のミロンガ)"

筆:そして今回は日本語の曲"見上げてごらん夜の星を"も選んでくれてありがとう!イタリア人に取っては難しいはずの『H』の発音も完璧だったよ!この曲を歌っている時にはどんなことを考えてるの?

J:歌詞だね。日本語詞を勉強して理解したからね。星を見上げていると、小さな幸せや小さな喜びが魂を鼓舞するっていうこと。この曲を選んで良かったって思うよ。特にこうして日本が今厳しい時だからこそ。星を見上げて、この逆境にもめげず復興の力を出してくれればと願っているよ。

筆:ありがとう。日本人を代表してお礼を言うよ!ところで今まで日本には来た事がある?

J:今回が初めてさ!

筆:日本にはどんな印象を持った?

J:日本文化とは自然との調和だと思うよ。僕の性格と似ていると感じたよ、細かな点では、他人に対する敬いの念とか振る舞いとかね。作法といった表面的なことだけじゃなく、辺り全体を深く包み込むような感じとか。だから僕はここ日本に居るとすごく居心地良く感じられるよ!ちょっとばかげた言い方かもしれないけど、イタリア風『オタク文化』にも似ているかもね。

訳注)イタリア語化した『オタク』という言葉は、ポジティブな褒め言葉となっています。

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筆:では、今後の音楽活動の計画を教えてくれる?

J:しばらくは「Respiro」のプロジェクトさ。イタリアでも日本でもちょうどリリースされたばかりのアルバムだから、ヨーロッパや南米など発売された地域をフォローして廻る活動になるね。特にこの発売直後の1ヶ月は!

J:でも今夏を過ぎれば、また新しい録音を始めるつもりさ。ちょっとアイデアがあってね。今度は今まで以上に、もっともっと魅力的なプロジェクトになるよ!他のアーティストも巻き込んだ野心的なプロジェクトなんだ。イタリアのアーティストだけでなく外国のアーティストもね。だからそれにかかりっきりになるだろうね。

筆:それじゃあ、最後に日本のファンにビデオメッセージを貰える?

J:イタリア語でも大丈夫??

筆:うん、後で字幕入れるから大丈夫だよ。

そしてJoe自身からのNewアルバム「Respiro(邦題:静かに、息をするように)」の宣伝を。


[筆者あとがき]

突如来日公演が決まったJoe Barbieriは、アルバムのプロモーションを中心に、たくさんの取材が入っているようでしたので、ステージ前の15分〜20分という短い時間でのインタビューとなりました。

帰国直後に発表になったのは、日本のAvexと契約したという速報! あぁ、滞在中にその契約交渉をしていたのも多忙の理由の一つだったんですね! 何はともあれ、日本側の受け入れ態勢が整ってきている、いい傾向かもしれません。イタリアのPOPアーティストとしては貴重な扱われ方です!

また、インタビュー中に何度もLuigi Tencoの名が飛び出したのには、同じくLuigi Tencoファンの筆者に取って、それはそれは嬉しい事だったのですが、インタビュー時間の短さが気になって、Luigi Tenco談義に花を咲かすことが出来なかったことが、若干の心残りとなりました。

また、Joeがサインするのを見ていたら、左利きなんですね! ギター弾く時は右なのに。これもまた筆者と同じなので、妙に親近感を感じてしまいました。

次回はイタリアPOPSファンを多数動員できるスケジュールでのコンサートを期待したいと思います。

インタビューの機会を下さったCotton Club Japan様に感謝の意を捧げます。

※2014年5月に2回目の来日決定!詳細:https://piccola-radio-italia.com/archives/52123654.html
2014日本公演のライヴ・レビュー&インタヴューMusicaVita Italia誌第6号(2014年7月末発売予定)に掲載されます!