2011年10月21日〜23日に京都・名古屋・東京の3か所の日本公演を敢行したLudovico Einaudi(ルドヴィコ・エイナウディ/56歳/Torino出身)へインタビューをして参りました。

※Ludovico Einaudi来日情報(2011年)はこちら
http://piccola-radio-italia.com/archives/51930992.html

※当サイトでのLudovico Einaudiの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Ludovico_Einaudi


筆者(以下、筆):私があなたの音楽を聴き始めたきっかけは、Bergamoに住んでいるイタリアの友人が勧めてくれたからなんです。毎日のようにイタリアのTV番組の中で流れている音楽なんだよって。

それであなたのバイオグラフィを調べていたら、あなたはプロの音楽家としての活動をGigi Venegoni(ジジ・ヴェネゴーニ)と始めた事を知りました。

Ludovico Einaudi(以下、E):あぁ、そうですよ!

筆:バンドVenegoni & Co.(ヴェネゴーニ・エ・コ)として、ジャズロックやプログレッシヴ・ロックを演奏していたんですよね?

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ilconcerto-2E:そうそう。あの頃の私は、まだ音楽学校で勉強していたのですが、あのバンドでの経験はとっても為になりましたね。あれは友人同士で組んだバンドでした。

私たちはお互いの家を行き来して、音楽を聴いたり、演奏したりといった音楽体験を深めていたので、バンドとして演奏を始めるのはとても自然な流れでした。

Venegoniはデジタル方面の勉強をしていたので、私たちはデジタル系のサウンドを試してみたんです。

プロミュージシャンというよりも、本当に友だち付き合いのバンドの要素が強く、互いの音楽経験を交換したり、共有したりと、とても素敵な経験ができました。成長の過程だったといえるでしょう。

筆:70年代でしたね。

E:70年代中頃、75年か76年頃でした。

筆:最初の2枚のアルバムに参加したんですよね。

E:そう最初の2枚でした。その後は、バンドを友情だけに留めず、Venegoniはよりプロとして前進する道を探求し始めたので、私はバンドを去ることにしました。音楽学校に戻り、本格的に作曲などを学びたかったので。

筆:ご存知ですか、実はそのGigi Venegoniも来月(2011年11月)、来日し、バンドArti e Mestieri(アルティ・エ・メスティエリ)として日本公演を行うのですよ。

※訳注:クラブチッタ主催『イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル』に出演。
紹介記事はこちら。
http://piccola-radio-italia.com/archives/51967232.html

不思議な偶然ですね。この2ヶ月で、元同じバンドのメンバーが立て続けに来日公演するなんて!

E:彼に会ったら、ぜひよろしくとお伝えください。事あるごとに、また連絡し合いましょうと。心に残るあの時代は確かに美しい想い出で、私の人生の中にしっかり刻まれていますから。

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筆:了解しました!

さてその後、あなたはクラシック音楽のコースに戻って勉強を続けていく訳ですが、最終的には現在のような独自の音楽スタイルを選ぶことになりましたね。こうした人生やキャリアのターニングポイントには、何かきっかけがあったのでしょうか。

E:そうですね・・・特に音楽学校で勉強していた頃は、いろいろありましたねぇ。たくさんの事を習いましたし、より良いものを作りだすあらゆる法則の狭間で、個人的に理解する方法を探しました。・・・交響曲を書いてみたり、弦楽四重奏用のスコアを書いてみたり・・・最後には、習ったものに体験したことを取り入れる事などを、心の中で対話しながら組み上げる方法が好きになりました。次第に私個人の体験に他の人の経験をも盛り込む工夫を施すようになり・・・

こうして積み重ねていき、私のクラシック音楽体験だけでなく、音楽自体のルーツ、例えば民族音楽などを一緒に取り入れていくのです。民族音楽は、音楽のアルファベットともいえますからね。

クラシック音楽に結び付いた私のエレガントな経験はとても重要なことなのですが、私にとってもっと重要なのは民族音楽への偉大な愛情だったのです。

筆:その民族音楽とは、アフリカの音楽ですか?

E:アフリカの"も"そうですが、それだけではありません。南イタリアのものであったり。

筆:地中海音楽とか?

E:そう地中海音楽とか。私はたくさんのジャンルに渡る世界中の音楽家とコラボレーションをしてきました。文化交流することが好きなんです。太鼓グループの 廣田丈自(Joji Hirota) とも共演しましたよ。ロンドンに住む日本人の太鼓奏者ですね。

こうした経験を共に行う事で、ようやく世間が私の事を理解してくれたり、応援してくれるようになりました。

筆:あなたはビートルズに影響を受けたと伺いましたが。

E:そうですねぇ。まぁ、あの時代を生きた人なら誰でもそうだと思いますよ。彼らは物凄く非凡で、驚くべきブームになりましたし。今の時代でも再認識され、親世代も再認知していますしね。私の世代はリアルタイムでしたから、尚更ですね。彼らの音楽は大衆的であるけれど非凡で、まるでプラネタリウムみたいに、こんなにも大きくなる側面があったのです。

彼らは世界中で最もポップなグループだったにも関らず、ディスカッションを通じて新しいものごとを創り出すやり方を知っていたのです。

筆:他に影響を受けたものはありますか?

E:あの時代のあらゆる音楽に影響を受けましたね。たくさんの音楽を聴いていました。ピアノだったらKeith Jarrett(キース・ジャレット)だとか、その後の時代のRockバンドだったらRadiohead(レディオヘッド)とかColdplay(コールドプレイ)ですね。一般的なものだと、この前ラジオで聴いた新しい歌が良かったですね。Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)の"I wanna go"です!

筆:えぇ〜!あなたの音楽の範疇って、そんなに幅広いんですか!

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E:そうですね。3公演だけではお見せできませんね。Jazzもとても好きですし、POPSも大好きですし。
とても有名になったアーティストの名前を見て、なぜ成功したのか理由を考えるのが好きなんです。背後にあるのは、才能?商業的な側面?POPさ?などと。なぜそのアーティストが存在しえるのかなど。例えばLady GAGAなんかに対して。

筆:Lady GAGAはイタリア系ですから!

E:え?そうなんですか!知りませんでした・・・

筆:あなたはギターやベースも弾くんですよね。

E:もう少し若いころに弾いていましたね。今はもっとシンプルなやり方にしてますが、私の音楽に沿って、ギターパートを私が弾くことがありました。

でも今は、私はピアニストなんだという自覚もあって、ギターを真似ごとでは弾かなくなりました。アルペジオもできるし、メロディも弾けますけれど。

筆:では他の楽器は?歌はどうですか?歌う事はされないのですか?

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E:ノー! 歌はダメです。歌った事はありません。かつては歌いたい欲望もあったのですが、私は歌わない方が良いと思っています。

筆:それは残念です! 私はあなたの歌を聴いてみたかったので・・・

ところであなたは今、世界中を廻っていらっしゃいますが、なぜこのような精力的な活動を始められたのですか?

E:旅が大好きなんです。新しい国々を知る事が好きなんです。例えば日本です。見たいものがたくさんあって、音楽の為にも、あちこち見て回っています。

筆:それでは、もう日本で散歩したりされているんですね。

E:そうなんです。私はここ日本には3度目ですし。

筆:え?2度目だと思ってましたが、3度目でしたか?

E:最初はコンサートで、2度目がプロモーションで、今回のコンサートが3度目ですね。

今回は直前に中国を巡り、この後はカナダに行きますが、そうはしていても、私は落ち着いた日常が好きなんです。明らかに家に居られないような、長過ぎる旅になるのを避けるようにしてはいるのですが、今回はもう充分に長期になっていますね。でもこれが私の仕事の側面でもありますし、すべきことでもあります。家に居続けるよりは、この方がいいと思っています。

筆:それでは日本や日本人にどのような印象を持っているか教えていただけますか?

E:そうですね。偉大な敬意を持っていますよね。人に対してとか、想いやりとか。フォーマルな仕草の隅々にも。例えば今朝、警官が交通整理をしているのを見て、まるでダンスみたいだと思いました。私たちの文化にもこうした想いやりの側面があったらいいなぁと感じました。他人に対して。

こうした文化の側面は、警察の中にも、芸術の中にも、食べ物や食卓の準備の作法などにも表れていますよね。私たちのとはかけ離れていますが、とても美しいと思います。

筆:日本の食べ物は試されましたか?

E:はい。私は日本食がとっても好きなんです。

筆:例えば? 寿司など?

E:寿司だけでなく、あらゆるものが好きですよ。刺身、天ぷら、鉄板焼きも。それから、あれはなんて言いましたっけ。トルティーノ(訳注:野菜のパイ)みたいで、焼いて、上に乾いた魚をかけて・・・

筆:そ、それは、お好み焼きでは?

E:そう!そのお好み焼きが好きです!そして何と言っても日本酒(サケ)が好きです!

日本で飲む日本酒はとても美味しいのに、イタリアに持ち込まれて貯蔵された日本酒は旨くないんですよ。

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筆:それでは今後の音楽活動について教えてください。

E:たくさんのプロジェクトを抱えていますよ。イタリアに帰ったらすぐにオーケストラとのプロジェクトが控えています。2012年に向けてコミッショナーを務めるプロジェクトもあります。5月にはヨーロッパツアーがあります。新譜も出しますし、劇場の仕事も入っています。本当にたくさんプロジェクトがあります。

筆:素晴らしいですね。こうして世界中を廻り、曲を書いて、ピアノの練習もしながらも、こうして、更なる精力的な活動とは、お見事です!

E:ありがとう。

筆:では最後に日本のファンにビデオメッセージをいただけますか?

☆「ルドヴィコ・エイナウディ /来日記念ベスト(原題:Islands)」(2011年作品)

HMV

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2013年来日時インタヴューは雑誌ムジカヴィータ・イタリア第7号に掲載中。


[筆者あとがき]

祖父がイタリア共和国の第2代大統領で、父がイタリアで大手のEinaudi出版社の創設者。母方の祖父は、稀代のテノール歌手エンリコ・カルーソーの指導者を務めたり、オーストラリアでシドニー交響楽団の創設に関わったりした音楽家。

という高貴な家系の出身ということからも、寡黙で厳格なマエストロ、という印象だったLudovico Einaudiさんですが、POPミュージックの側面でインタビューしたことを意図してくれたようで、知られざる意外な事実や想定外のアーティスト名がポンポンと飛び出し、度肝を抜かれました。

インタビューの中では触れませんでしたが、イタリア芸能界の首領(ドン)といえる大スターAdriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)の大ヒットアルバム「Dormi amore, la situazione non e buona(眠れ愛する人よ、状況は良くない)」(2007年)にもピアニストとして参加していたことを特筆しておきます。

※当サイトでのAdriano Celentanoの紹介記事はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/tag/Adriano_Celentano

この記事の写真の変遷でお判りになれるよう、インタビューの始まり時点では、ステージ上と同じ、厳格なマエストロの表情だったLudovico Einaudiさんでしたが、次第に表情が柔らかくなっていき、日本食の話題になった頃は、満面の笑みで答えてくれました。

長い海外ツアー中のアーティストには、体調管理のことも考えて、馴染みのない食べ物は口にしようとしない方も多いのですが、Ludovico Einaudiさんは、本当に日本食がお好きだということが判りました。

それにしてもお好み焼きのようなソウルフードまでにチャレンジし、大好きになってくれたことなど、日本人としても、とてもうれしく思いました。

今度は自身のバンドやオーケストラを率いたコンサートを日本で見せてくれることを期待したいと思います。

インタビューの機会を下さったEMIミュージック・ジャパン様、招聘に尽力いただきましたNew Age Productions様、アルボーレ・ジャズ様に感謝の意を捧げます。

※2014年来日公演情報はこちら
https://piccola-radio-italia.com/archives/52141168.html


2011・3・11の関東東北地震とそれに続く津波発生後に、映画ディレクターのイヴ・ダルビエYves Dalbiezが日本支援のために制作したプロジェクト『A DRAWING FOR JAPAN』の映像に、Ludovico Einaudiの"Nuvole bianche(白い雲)"が採用されています。(以下の映像の3'05"辺りから)

また、2012/1/28封切りの映画『Jエドガー』(クリント・イーストウッド監督/レオナルド・ディ・カプリオ主演)に、Ludovico Einaudiの"Fly"が採用されています。