2010年12月14日に開催された在日イタリア商工会議所主催Gala Partyに出演するために来日し、ミニコンサートを行ったPatrizia Laquidara(パトリツィア・ラクイダーラ/38歳/Catania生まれVeneto育ち)へインタビューして参りました。

[Gala Party出演時]
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ライヴ映像は以下でストリーミングされています。(配信期限不明のため、ご試聴はお早めに)
https://italychannel.streamit.jp/?v=ffdefa2ade6b76164cc04011d3a8763a

※当サイトでのPatrizia Laquidaraの紹介記事はコチラ
https://piccola-radio-italia.com/tag/Patrizia_Laquidara

--------プロローグ/イタリアと日本の音楽事情について-------

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筆者(以下、筆):では最初にちょっと自己紹介を。
僕はイタリアPOPSファンが集まるコミュニティを運営していて、毎月、音楽を紹介するFESTAを6年近くやってるんだ。
日本でもイタリアPOPSを広めるためにね。

Patrizia Laquidara(以下、P):それって、たくさんイタリア人が来るの?それとも日本人?

筆:ほとんどが日本人で、日本に住んでるイタリア人もたまに来るかな。

P:その日本人たちは皆、イタリア音楽に興味があるのかしら?

筆:うん。単にイタリア音楽が好きな人の他、イタリア語を話す日本人や、イタリアに住んでいたって日本人が来るんだよ

P:平均的な日本人は、イタリアPOPSと伝統的なイタリア音楽のどちらに興味があるのかしら?
何故って他の国では、例えばブラジルでは伝統的な音楽が好まれる傾向にあったから

筆:日本では今、ほとんどの人がJ-POPを聴いていて、外国の音楽を聴くときは、英語の曲か、クラシック音楽になってしまうなぁ。
日本では今では、イタリアPOPSのCDすら発売されることがないので、
もっと多くの日本人にイタリアPOPSの魅力に触れてもらう機会を作るために、僕はファンのコミュニティを作ったんだ。
ほとんどの日本人は、現代のイタリアPOPSを聴いた事さえなく、知っていても60年代までの曲まで。
実際はLucio Battisti(ルチォ・バッテスティ)から後は全く知られていないんだ

P:でもLucio Battisti(ルチォ・バッテスティ)の後にカンタウトーレの時代が来たじゃない?! 
実際、カンタウトーレの出現でイタリア音楽がもっと楽しくなったでしょ?
Fabrizio De Andre(ファブリツィオ・デ・アンドレ)、Luigi Tenco(ルイジ・テンコ)、Gino Paoli(ジーノ・パオリ)・・・

筆:僕は、Luigi Tenco(ルイジ・テンコ)が大好きなんだぁ!

P:偉大な詩人だわ!

筆:僕はイタリアPOPSを幅広く愛しているよ。Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)の時代から現在のLigabue(リガブエ)まで

P:イタリア音楽って美しいって思うわ。メロディが綺麗。Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)がそうだし。
カンタウトーレの時代ではFabrizio De Andre(ファブリツィオ・デ・アンドレ)は、歌詞の方が強くて、まるで歌物語だわ

筆:Fabrizio De Andre(ファブリツィオ・デ・アンドレ)は、日本人には歌詞が難しすぎるんだよねぇ・・・

P:じゃあ、Luigi Tenco(ルイジ・テンコ)は? 少しメロディ寄りで、響くものがあると思うわ!

筆:彼の詩はとっても美しいよね

P:シンプルだけどとっても詩的だわぁ

筆:彼の詩は文法的にも多彩なバリエーションに満ちていて、外国人にとっても、とても秀逸なイタリア語の教科書だと思うよ


---------自身の音楽について-----------------------------

筆:Newアルバム「Il canto dell'Anguana(アングアーナの唄)」について、教えてくれる?

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注)今回の来日の数日後の2010年12月20日にiTunesストア先行でリリースされるNewアルバム。
CD版はサンプル版制作時点で、音楽とヴォーカルのミキシングにズレが発見され、発売延期となりました。
Patriziaが手にしているのはその貴重なボツversion。20枚しか存在しないとか。

cover-CantoAnguanaP:このアルバムは特殊なものなの。何故って、私は10年ほどフォルクローレのジャンルで活動していたから。
イタリア音楽というより、地中海音楽ね。このHotel Rif(オテル・リフ)というグループとよくコラボしていたのよ。
だから自分のソロ名義ではなく、彼らとグループのクレジットにしたのよ。

スペインやフランス、モロッコによく演奏旅行に出かけて、フォルクローレを歌っていたわ。
10年経った今、あのフォルクローレ時代の経験をCDに記録しておきたいと思ったの。

でもこのCDには特別に自分たちの名前だけでなく、『Il Canto dell'Anguana』というプロジェクト名も入れたの。
いつもと違う珍しいことをやっているからね。

私はいつもイタリア語で曲を書き、カンタウトーレ的なイタリアPOPを演ってるけれど、今度はフォルクローレでしょ。
だから、このアルバムは『いつもと違って、私が経験したフォルクローレに敬意を表した作品』と説明するためなの。

私はアルバム「Indirizzo Portoghese(ポルトガルの住所)」、「Funambola(女曲芸師)」という、
イタリア語によるイタリアPOPSを続けて行くつもりだけど、今回は特別なものよって言っておきたかったの

でも本当にこうしたエスノ音楽、イタリアフォルクローレ、民族音楽を記録しておきたかったので、
Alfonso Santimone(アルフォンソ・サンティモーネ)と一緒に曲を書いたの。彼はピアニストでこのアルバムの全曲を作曲しているわ。
そして誌的な部分の歌詞は、Enio Sartori(エニオ・サルトーリ)が書いたわ。

全ての詩は、この神話の主人公Anguana(アングアーナ)の事を歌っているわ。
Anguanaは神秘的な妖精、魔女で、その姿は全然はっきり見えないの

Veneto(ヴェネト)州の特にVicenza(ヴィチェンツァ)とかAlto Adige(アルト・アディジェ)地方に伝承されていて、
昔からその容姿について、こんな風に言われていたの。

『そこを行ったらだめ!Anguanaの罠があるわ』とか、
『夜になるとAnguanaの声が聞こえてくる』とか。

Anguanaは良く見えない姿だから夜になると全く見えなくなるし、水の妖精だから、水辺で良く声が聞こえるのよ。

今回の詩は全て、こうしたAnguanaの姿の事を歌っていて、ほぼすべての曲は地中海音楽調ね。
地中海音楽といっても、例えばタランテッラなどのイタリア風ではなく、バルカン諸国風だったり、スペイン風だったり。
こうしたイタリアを取り巻く地域のテイストになっていて、イタリア風ではないのよ。

筆:あなたの最初のキャリアはまさにこの民族音楽から始まったんでしたよね?
Mogol(モゴール)の学校の奨学金を勝ち取ったのでしたよね?

P:私は、こうした学校に応募した事が無かったんだけれど、友だちが私の名前で応募しちゃったのよ。
そしたらその友だちが 『Patrizia、君は奨学金を勝ち取ったよー!』 って電話してきたのよ!
私は 『えっえ〜? いったいどこの?"』って訊いちゃったのよね。
友だちは 『ほら、あのMogolのIl CET(イル・チェット)さ〜!』
私は 『わぁ、それならいいわぁ 嬉しいわぁ』 てね。とっても意外で素敵な事だったわ。

でも私はVenetoの民族音楽には全く影響を受けていなかったのよ。
民族音楽は歌っていたけれど、そんなにしっかりとは。。。。
あぁ、思い出したわ。違うわ、そのころはまだ民族音楽は歌い始めていなかったわ。
私はそのころはラジオから流れるPOPSを聴いていたのよ。

それでMogolの学校へ行ったら、イタリア民族音楽コースで奨学金を取ったという事になっていたのだから、
どうしたらいいか判らず、戸惑い、嫌だと嘆いていたわ。

でもそれから3ヶ月間、イタリア民族音楽を勉強してみたら、自分にとっても合う美しい音楽だって気が付いたの。
目の前に世界が開いたわ。こうして私はこのジャンルを進むことを決めたの。そこから全てが生まれたわ。IndirizzoPortoghese

この奨学金の効果はすぐに発揮されて、私がブラジルに旅立った時ブラジル音楽に大きな感銘を受けて、
私の中にはブラジル音楽の要素があるって気が付いたので、イタリアに帰ってからもブラジル音楽に傾倒した活動をしたわ。

曲を書き始めた時も、詩の中にブラジル音楽からの影響が大きく出ていたわ。
1stアルバム「Indirizzo Portoghese」にもあるでしょ。

筆:そのアルバムではBungaro(ブンガロ)とコラボレーションしているよね?

P:そうなのよ。Bungaroとね。素敵なコラボレーションだったわ。おかげでサンレモにも出れたし。

筆:あれは2003年だったかな・・・?

P:そうよ2003年よ! まぁ、あなたって、たくさんの事知ってるのね!

筆:一番最初のアルバムはブラジルのアーティストCaetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)へのオマージュで、
次のアルバム「Indirizzo portoghese」からは曲を書き始めた。そうして次のアルバム「Funambola」へ続き・・・

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P:「Funambola」は、Arto Lindsay(アート・リンゼイ)がプロデュースしてくれたのよ! Caetano Velosoともよくコラボしていた人なのよ。
このアルバムはNew Yorkで録音され、ミュージシャンもニューヨーカーで、とても良い経験になったわ。

そう、最初のアルバムはブラジル語の「Para voce querido Cae」で、そして「Indirizzo Portoghese」、「Funambola」
そして今回が「Il Canto dell'Anguana」よ

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[自身が主題曲を務めた映画「Manuale d'amore(邦題:イタリア的、恋愛マニュアル)」の日本版DVDを興味深げに眺めるPatrizia]

筆:こうして僕らは、あなたの多様な面を感じる事ができるんだよね。ブラジル音楽、カンタウトリーチェ、民族音楽と。
こうした様々な言葉を使ったスタイルで歌うことにはどういう狙いがあるの?

P:う〜ん・・・・目的は特に無いわね。どうしてこういうスタイルになったかというと、好きなようにやって来たからかな・・・
確かにこうしたやり方だと、いろいろな難しい問題にぶつかることがあるわ。
レコード会社やプロデューサーなどが変わってしまうからね。
自分のスタイルを決めた方がいい、っていう人も多いけれどねぇ・・・

例えば昨夜のコンサートで、私は、♪上を向〜〜いて 歩こ〜〜う♪ って歌ったんだけれど、
私はたくさんの国に行ってはその国の言葉の音楽を必ず歌うようにしているの。
ブラジルではブラジル語の、ポルトガルではポルトガル語の、モロッコではアラビア語の、エクアドルではスペイン語のね。
その国の通訳さんにたくさんの事を聴いて覚えるの。

これは私の知りたがりの性格に寄るものかな。少しでもそこの国の人に近寄ってみたいと思うのよ。
音楽は私にその国の事やその国の人々の感性を伝えてくれるものなの

今回のアルバム「Il Canto dell'Anguana」の後は、カンタウトリーチェのアルバムになるんだけれど、
こうしてたくさんの言語で歌ってみたいわ。確かにイタリアの歌は良いメロディを持っているけれど、
最近はちょっと国際化しすぎちゃってる気がするし

筆:それにしても凄いよね。こうしてたくさんの言葉で歌えるってことは!

P:そういえば不思議な事んだけど、私は英語でだけは歌った事が無いわ。私は英語が話せないし。
多くの人が英語の曲を歌うけれど、私はさっぱり。少し英語を習わないとね

筆:あなたはどんな音楽を聴いて育ったの?

P:たくさんありすぎて言えないわ。でも学校の友達が聴いていたようなRockはほんの少しだったなぁ。
私は民族音楽やJAZZ、カンタウトーレもの、地中海音楽を良く聴いていたわ。最近はよくアメリカ音楽を聴いているわ

筆:あなたはSicilia(シチリア)州のCatania(カターニァ)で生まれたけれど、Veneto(ヴェネト)で育ったんでしょ?

P:そうよ。育ったのはもうほとんどVenetoなの。Cataniaの頃はまだ小さかったけれど、たくさんの事を覚えているわ。
父がCatania出身で、Siciliaは本当に地中海の真ん中にあるからねぇ。シチリアの音楽を良く聴いていたわ

筆;Sicilia方言とVeneto方言とどっちが難しい?

P:Sicilia方言だと思うわ! 今ではもう理解するのは難しいわよね。でもね、イタリアには各州に方言があるのよ。
だから理解するのはとっても難しいのよ。私にはVeneto方言とRomagna方言しか判らないわ。
そしてイタリアには全イタリアを統一するような民族音楽が無いのよ。
それぞれの地方にはそれぞれの言葉があって、それぞれの音楽がある。だからこそイタリア各州の民族音楽は美しいの。

筆:来年、イタリアは建国150周年だよね?

P:そうね。何かいいことがあるといいわね。ここのところずっと長い間、とっても難しい事が続いているから・・・
あなた、昨日あった事件知ってる?

筆:あぁ!Roma(ローマ)のPiazza del Popolo(ポポロ広場)であった過激デモの事件でしょ?

P:そうそう。まるで中世みたい。暗黒時代だわ。イタリア全土が暗い覆いに包まれていて、文化的な政治が行われないから、
特に芸術を志す若者には辛い時代だわ。活動する場所がほとんどないもの。政治が旧態然として、文化を育成しようとしてくれないのよ。

筆:それって、世界的な危機だよね。日本もそうだし。

P:そうねぇ。至るところでねぇ。でも、この危機は新たな価値観を生み出すかもしれないわ。
人と人が助けあったりすることでね。こういう点では、私は悲観主義者じゃないわね

筆:それじゃあ、再び音楽の話に戻ろうか。あなたが歌を書く時は、最初にメロディから?歌詞から?それとも両方同時に?

P:法則は無いわねぇ。ある時は最初に歌詞を書いて後でメロディを作ったり、またある時は最初にメロディがあって後から詩を書いたり。
私には先に詩を書くのはとってもとっても簡単で、それを作曲者に渡すのはとっても早いの。
あるいは誰かが書いた詩に曲をつけたりするのもね。

だけど私が苦手なのは、曲の上に歌詞を載せることよ。メロディに当てはまる適切な言葉を当てはめるのが難しいのよ。
先に歌詞がある方が、曲の世界観が広がり易いわ。

例えば、私の曲ではアルバム「Funambola」に収められた"Nuove confusioni"や、
アルバム「Indirizzo portoghese」に収められた"Mielato"などがまさにそういう感じで、
まず真っ先に歌詞が出来て、後からメロディだったわ。

旅行している時とか、リラックスしている時には書き易いわね。一か所でじっとしている時はダメねぇ。

-----------日本について------------

筆:ではここで、日本について訊いてもいいかな? 今回、日本を訪れたのは初めてでしょ?

P:そうよ。まさに初めてなの

筆:最初は日本に対してどんなイメージを持っていた?そして実際に来てみて、どんな印象を持ったの?

P:本当言うと来る前にはたくさんの事を想像していたわ。
でも準備はせずに、まず扉を開けて、ワァッって入って来る感覚を大切にしたいと思ったの。

例えばブラジルに行った時は、たくさんの準備をしていったんだけれど、日本は良く知らないまま来ちゃったの。
まぁ少しぐらいは準備はしたけれど、そんなにタップリとはしなかったわ。

でも良かったと思ってるわ。こうしてここにいると、たくさんの雰囲気を感じ取ることができて、
いろんなことに興味津津になっちゃうから。

まず日本には正確さへの愛情があることにびっくりしたわ。
規則とか形式とかね。それも表面的な事じゃなくて、もっと深い部分でね。
仕草とか、漢字とか、言語とか、舞踊とかね。

舞踏を見に行ったんだけれど、ひとつひとつの仕草に意味があって、仕草の微妙な違いが微妙に意味を伝えているって知ったわ。
とても人間的な事よね。私たちは外見で判断する傾向があって、それがやがて象徴主義に繋がる傾向があるけれど、
もっと内面の深いところを感じ取る必要があるって気付いたわ。
この私の感覚がもし間違ってなければ、文化というのはとても感覚的なものじゃないかしら。

昔の日本人は内面に奥深いものを持って、自身の生き方や感じ方を文化にしていたんじゃないかしら。
でも今や日本人は変わってしまったという印象を持ったわ。もちろん世界が変わっているもの。
規則に縛られて自分自身に帰ることに少し疲れてしまったみたい。
こういう点では日本人は大きく変わったんじゃないかしら。
いい人生を生きられなくなってしまっている印象を持ったわ。

日本では自殺者が危機的に増えているって聞いていたわ。今なんとなくその訳が判ったような気がするわ。
規則に忠実であろうとする傾向があるからじゃないかしら。
特に今、若者はこの感覚が真に意味するところに疲れてしまっているんじゃないかしら。
だって世界中の至る所で変わってしまったんですもの。いわゆるグローバリゼーションね。

私は日本文化について詳しくは知らないけれど、とっても奥深いものだという印象を持ったわ。
そして日本人は自分らしく生きられずに疲れているって感じがしたけれど、間違ってるかしら?

筆:うん、ほとんどまさにその通りだと思うよ。でもイタリアの若者もそうじゃない?
例えば音楽に関して言うと、イタリアの若者は英語の曲ばかり聴いて、サンレモなんか見ないとか

P:日本では散歩で道を歩いていただけで、さっき言った事みたいなことを感じたのよ。
ポルトガルではね、歩いていると、とっても甘い音楽を奏でる集団に出くわすのよ、鈴をチリンチリン鳴らしながらね。
私は日本の音楽は判らないけど、日本ではどうかしら。
日本語の話し方って、とっても甘くて、気遣いがあって、尊敬があって、小さな声で囁くように話すのよねぇ。私好きだわ!

筆:イタリア語だって可愛いじゃない?言葉自体がメロディみたいだし。

P:そうそう。

筆:イタリアの歌は世界の最高峰だと思うよ。イタリア人には英語で歌いたがる人が多いけど、
僕はイタリア人がイタリア語や方言で歌う方が好きだな

P:私もそう思うわ。確かにたくさんのアメリカナイズしちゃった人が居るわよねぇ。

筆:そうそう、あなたのアルバム「Funambola」の中には、折り紙の鶴をモチーフに使ってるでしょ? 折り紙はまさに日本の文化なんだよ!

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P:へぇー、折り紙って日本文化だったの! 
アルバムのデザインを担当してくれた女友達のMiriam Petregato(ミリアム・ペトレガート)という画家のアイデアでね、
彼女はとっても優秀で、ヨーロッパ中で成功した画家なのよ。今はフィンランドに住んでいるんだけどね。
彼女は巨大な絵を手掛けてね、その中で私は手から糸で折り紙を吊るしているポーズを取っているのよ。
全てこのアルバムのために創作されたものなの。

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筆:「Funambola」って、女曲芸師という意味だよね。だから折り紙の鶴が糸で吊るされてバランスを取っているイメージなんだね。
僕はこのアルバムの中に折り紙を見つけた時、とても誇らしい気持ちになったよ。
何故って折り紙は日本の文化だし、ORIGAMIという言葉自体、日本語だからね!

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[筆者からプレゼントした折り鶴のメッセージカードを喜んでいるPatrizia]

--------------個人的な事について------------

筆:今日はね、僕の心臓がとってもドキドキしているんだよ。何故って、あなたがこんなに美しすぎて可愛いからさ!予想通りだったよ。
それで僕の女友だちたちがね、あなたのように美を保つにはどんな秘訣があるのか知りたがっているんだけど、良かったら教えてくれる?

P:え〜?。。。まぁ、どうしましょう(笑)。。。。今のところは・・・(笑)・・・・
私は今、時差ぼけで昨夜は少ししか眠れなかったんだけど、きっと規則正しい生活を送ることだと思うわ。

私は完璧にはできてなくて、今、体は夜11時だけれど現実は昼の11時だっていう不規則性だからね。
でもきっと規則正しい生活がイイと思うし、それがベストだと思うわ。精神的にもね。

クリーム塗ったりしてケアすれば、外見や身体的には有効だけど、内面から光り輝くことが美しさには重要じゃないかしら。
内面を磨けば、外見も光り輝いてくるんじゃないかしら。夢を追ったりすることでね。

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翌日の2010年12月16日には、赤坂のBarで行われたAperitivo della Camera(アペリティーヴォ・デッラ・カメラ/夕食前の軽食パーティ)にも顔を出してくれたPatriziaは、店舗設備の音響装置が音楽に適していなかったため、自身の持ち歌は歌ってくれませんでしたが、例の"上を向いて歩こう"を少しだけ歌ってくれ、参加者皆で楽しく歌いました。

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また今回の来日に同行していたギタリストAntonio Pascuzzo(アントニオ・パスクッツォ)は、完全実力評価で有名な審査会Club Tencoに関わりを持つプロデューサーで、今年のサンレモで、Simone CristicchiとIl Coro dei Minatori di Santa Fioraをコラボさせた仕掛人でした!

カンタウトーレとしても活動する実力派音楽人で、現在はRossoanticoというプロジェクトに力を注いでいます。