第53回Festaは、17名の参加者が集まり、東京・亀戸の某所にて8/22(土)に開催しました。参加者の内訳は男性8名 女性9名(うち、初参加者1名)。

まさに『隠れ家』となるプライヴェートなバンケットルームを貸し切り、極上の音楽と夜景を楽しむと同時に、極上の音楽を楽しむ、至福のひと時となったかと思います。2009-08FESTA

集合写真撮影
Pop!Italiano
kazuma氏

 

 


第1部

ここしばらくFESTAの度に少しずつ紹介している2009年2月に開催されたサンレモ音楽祭2009の出場者から。

全体的にデュエット路線での出場を推奨されたサンレモ音楽祭2008の流れを受け継ぐかように、楽しい共演ステージを楽しませてくれたのは、 Mario Lavezzi(マリォ・ラヴェッツィ/62歳/Milano出身)とAlexia(アレクシァ/42歳/Liguria州La Spezia出身)の2人。

Mario Lavezziは、1960年代からギタリストとしての活動を始め、やがて人気バンドCamaleonti(カマレオンティ)に加入。 1970年前後は、その後のイタリアRockの黄金期を担うインキュベーション的な役割を果たしたFlora Fauna & Cemento(フローラ・ファウーナ・エ・チェメント)の中心人物として活躍。
※Flora Fauna & Cementoは、ソロデビュー前のGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)が所属していたことでも有名。

そして1970年代には、プログレッシヴRockの名バンドとして未だに語り継がれるIl Volo(イル・ヴォーロ)に加入。彼と同様、演奏技術と音楽の才能に光るミュージシャンたちと2枚の名作アルバムを残します。

その後は、Il Volo名義では活動しなくなったものの、1970年代の人気歌手のアルバムには、Il Voloの面々がバックミュージシャンとして揃って参加しているアルバムを多く目にしましたので、当時、業界で引っ張りだこの腕利きのセッションマンでもあったと言えるでしょう。

ギタリストとしてだけでなく、コンポーザー&アレンジャーとして、音楽プロデューサーとして、多くの若手歌手たちを人気歌手に押し上げる活動を精力的にこなしていきます。

Loredana Bertè(ロレダーナ・ベルテ)、Fiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)、Anna Oxa(アンナ・オクサ)などは、Marioによって育てらたお陰で、その後30年経過した現在もなお、人気女性歌手として活動を続けていられるとも言えるかもしれません。

またソロ活動も盛んに行い、名作と言えるアルバムも何枚かリリースしています。

Alexiaは、1989年からプロとしての活動を始め、英語で歌って踊るダンス音楽の分野で一定の成功を収めます。しかし2002年のサンレモ音楽祭初出場の際に、初めてのイタリア語曲で挑戦。惜しくも2位となりますが、翌2003年にはサンレモ音楽祭優勝の快挙に輝きます。30歳代後半になって、初めてイタリア全国区での知名度を上げることに成功したことになりました。

2006年には来日公演計画がありましたが、妊娠のため断念。(詳細はこちら)

Mario Lavezzi/A piu` voci今回、この2人がデュエットで披露した楽曲は"Biancaneve (白雪姫)"。作曲はMario Lavezzi自身、そして大作詞家Mogol(モゴール)のコラボで作られたこの楽曲は、2人の歌の掛け合いが絶妙で、目でも耳でも楽しめるものとなっています。

年齢の離れた2人の男女の愛の物語。男は大人で紳士的。愛に詩的な感情を求めるタイプ。しかし女は若く、穏やかの中にも情熱を注いで生きていきたいタイプ。この女は、外観は白雪姫だけれど、その情熱の激しさは魔女タイプ、と描写されています。

(TV番組Amici出演時のもの)

サンレモのゲストステージでは、P.F.M.の前身バンドQuelli(クエッリ)のヴォーカリストとしても活躍していたタレントTeo Teocoli(テオ・テオーコリ)を招いたステージを楽しませてくれました。


第1部2人目は、Ania(アーニァ/Napoli出身)。サンレモ2009に新設されたインターネット部門で優勝に輝いたカンタウトリーチェとして、既に2009年3月FESTAで紹介をいたしましたが、今回はアルバム「Nuda(裸婦)」(2008)から2曲ほどピックアップして紹介。

このアルバム「Nuda」は2008年にリリースされましたが、2009年のサンレモ音楽祭出場曲を含めた、いわゆる『サンレモ・エディション』として2009年に再リリースされました。

Ania/Nuda(2008)Ania/Nuda(SanremoEdition/2009)

しかしその仕様は従来のものとは異なり、2008年のオリジナルアルバム「Nuda」に、サンレモ出場曲をシングルCDとして紙ジャケットに納めたものをシュリンクでひとつにまとめるというやり方。こちらの方がエコロジーで良いやり方かもしれませんね。

けだるい雰囲気の中にもAniaのロックスピリッツを感じさせる"E` tutto qui(それは全てココに)"をPVで。

そしてアルバムタイトル曲"Nuda"。 一転して爽やかな雰囲気の中で、力強くも芸術的に歌い上げるAniaの魅力が溢れる良い作品に仕上がっています。


第1部の最後は、2009年1月2日に不幸にも交通事故でこの世を旅立ってしまったValentina Giovagnini(ヴァレンティーナ・ジォヴァニーニ/1980-2009/28歳没/Arezzo出身)の特集にあてました。

2002年のサンレモ音楽祭の新人部門で、惜しくもAnna Tatangelo(アンナ・タタンジェロ)に敗れて2位に留まったものの、その個性的なアレンジの楽曲と、それに応じて変化を付けたValentinaの歌唱に対して『ベストアレンジ賞』を受ける名誉に輝きます。

Valentina Giovagnini/Creatura nuda彼女の音楽スタイルは、ケルト音楽のスタイル。バグパイプやティンホイッスルといったケルト音楽特有の民族楽器を多用した強烈な個性を放つ楽曲に、少し荒削りながらもハツラツとした爽快な彼女のヴォーカルがフレッシュに乗るサウンドが絶妙のバランス。しかもとてもキュートなルックスの女性という逸材でした。

デビューアルバム「Creatura nuda(裸の創造物)」(2002)からは、サンレモ出場曲"Il passo silenzioso della neve(雪の静かな歩み)"に続いてシングルカットされた"Senza origine(起源なしに)"をFestaでは選曲して紹介しました。

まずはPVで。

そしてライブ映像。Valentinaのキュートさが溢れる貴重なシーンです。


2009年早々のValentina死去のニュースは、多くの音楽仲間、特に同僚ともライバルとも言える女性歌手たちにも大きな衝撃を与えたようで、前出のAniaもサンレモ音楽祭で栄冠に輝いた後のTV番組出演の際に、明らかに台本にないコメントとして、『同僚のValentina Giovagniniの類まれな才能を惜しんで、哀悼の意を捧げる』というコメントを口にしていますし、イタリア中部地震復興支援コンサートの一大行事となった『Amiche per l'Abruzzo』においても、中心人物の役目を果たしたLaura Pausini(ラウラ・パウズィーニ)も同様のコメントを述べています。

こちらは、TV中継された出棺の際のNews映像。

Valentina Giovagnini/Non piango piu`

 

2002年のデビューアルバム発売後、未発表曲としてシングル発売された"Non piango più(私はもう泣かない)"をFESTAでは2曲目にピックアップ。

 

 

Valentina Giovagnini/L'amore non ha fineValentinaの死後4ヶ月経った5月15日に、7年ぶりのセカンドアルバムとしてまとめられて発売されたのが「L'amore non ha fine(愛に終わりはない)」(2009)。

28歳になってもなお、昔と変わらない飾り気のないままの可愛らしいValentinaの笑顔が、却って彼女の死を限りなく無念に思わせます。

タイトル曲"L'amore non ha fine"は、シングルカットすべく用意をしていたようで、彼女の最後のPVとしても発表されました。テノール歌手との掛け合いが、また注目を集めそうな楽曲だったので、さらに残念。

L'amore non ha fine・・・・愛に終わりはない・・・
奇遇にも、彼女がこの世に残したメッセージのように聴こえてくるのも不思議。

 



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)