その3はコチラ
第4部
第4部は再び第1部同様、故人シリーズに立ち戻りました。
Giorgio Gaber(1932-2003/70歳没/Milano出身)は、初めてイタリア語のロックを演奏した(1958年)と言われるカンタウトーレ。ギタリストとしても卓越した腕前を誇り、テレビ放送の普及の波に乗って喜劇作家や俳優としても大活躍をした人物。"il Signor G"という異名でも親しまれました。
Milano在住のイストリア系の裕福な家庭に生まれ育ったGaberは、幼少時に手に障害を負い、そのリハビリのためにギターを手にしたようですが、14歳の時に初めてギャラを貰えるステージに立っています。その後、JAZZバンド等でギタリストとして経験を積んだGaberは、やがてEnzo Jannacci(72)やLuigi Tenco(1938-1967/28歳没)らと運命的な出会いを果たします。
26際の時にLuigi Tencoと"Ciao ti dirò(君にチャオと言おう)"(1958)を作り、Adriano Celentanoに提供します。Elvis Presleyの"Jailhouse Rock"にヒントを得て作られたこの曲こそが、イタリア語初のロック曲だと言われています。ただし、GaberもTencoもまだSIAE(イタリア作曲家協会)に登録していなかったため、Giorgio Calabrese(78/作詞家)とGian Piero Reverberi(68/作曲家/Rondò Venezianoのリーダー)名義でクレジットされました。
このAdriano Celentanoとの出会いは、そのままCelentanoのコンサートツアーバンドのメンバーとしての活動に直結します。Enzo Jannacci(ピアノ)、Gianfranco Reverberi(73/ピアノ/Gian Piero Reverberiの兄)、Luigi Tenco(SAX)、Giorgio Gaber(ギター)といった、後に個々人が大成する物凄いラインナップのバンドだったようです。同1958年、Enzo Jannacciとのデュオとしても活動を始めています。
1960年代から1970年代がGaberの黄金期に当たる活動時期になりますが、皮肉とコメディを散りばめた作風で鋭く時代を切り取り、卓越した職人的なミュージシャンとしての腕前で演奏し、映像メディアを上手に利用してパフォーマンスを示すそのスタイルは、未だにフォロワーが絶えない永遠のスターだったと言えると思います。
FESTAでは、1970年代以降の傑作選の3枚組CD「con tutta la rabbra, con tutto l'amore(全ての唇に、全ての愛を)」(2006)から、1970年代の大ヒット曲"La Libertà(自由)"(1973)を1曲目に紹介。当時の歌声喫茶などで好んで歌われていたようなノスタルジー溢れる雰囲気の曲。覚えやすく歌いやすいメロディなので、初めて聴いた人でも口ずさめるような秀逸な作曲となっています。
自由とは 木の上にある星のことではない
ハエが飛ぶことでもない・・・・
自由とは 自由な空間の事ではない
自由とは・・・・参加することである
続いては1960年代のテレビ出演時の映像を納めた2枚組DVD+本の装丁でリリースされた「Giorgio Gaber/Gli anni SESSANTA(Giorgio Gaber/'60年代)」(2006)より、"Non Arrossire(赤面しないで)"(1969)を映像で。
Claudio Baglioni(56)が3枚組CD「Quelli Degli Altri Tutti Qui」(2006)の中でもカバーしたことから、改めてその美しさが再発見されることになった同曲ですが、Gaberはせっかくのその美しい曲を歌う自身の映像にアフレコを被せて、自らチャチャを入れています。
♪ 赤面しないで ♪
(うわ〜、なんてたくさんの観客なんだ!)
♪ 僕が君を見つめる時 ♪
(緊張するなぁ・・・)
♪ ときめく君の心を止めて ♪
(お腹まで痛くなってきちゃった・・・・)
まるでそのステージに立っていた時に自分の脳裏にあったイメージを解説しているような感じ、といったところでしょうか。こういうところが、喜劇作家としても大成したGaberらしいところかもしれません。
10月Festaのオオトリは、2005年に他界してしまったカンタウトーレSergio Endrigo(1933-2005/72歳没/イストリア国Pola生まれ)を偲ぶコーナーとしました。
戦前にイストリアで生まれたEndrigoは、イタリアの敗戦時にPuglia州Brindisiに引き揚げ、その後Veneziaに移り住みます。父は画家であり、アマチュアのテノール歌手。生活は苦しかったようで、母を経済的に助けるために、Endrigoは旧制中学校の頃から、ホテルのベルボーイとして働き始め、ギターを弾いては歌ったり、コントラバス奏者としてオーケストラで演奏をしていました。1959年(26歳)にデビュー。翌年にはRicordiと契約し、メジャーシーンへ登場する事になります。すぐにヒット曲を放ち、アルバムも数枚リリースされる等、順調な滑り出しを遂げます。
その後、サンレモ音楽祭が世界的なヒットを排出し続けた『1960年代の黄金時代』の中で、Sergio Endrigoは当時の日本でも愛聴されていましたので、日本の『カンツォーネ・ファン』には、カンタウトーレとしてではなく、歌手としてのEndrigoのイメージの方が強かったかもしれません。
取り分けダブルキャスト制を採用していた当時のサンレモ音楽祭では、Endrigoとパートナーを組んだIva Zanicchiらの女性歌手たちのスター性にも大いに助けられ、Endrigoの名前は親しまれるようになります。
1966年のサンレモ音楽祭参加曲"Adesso sì(今は そう)"は、日本では後に『去り行く今』という邦題と日本語歌詞を与えられ、Fausto Cigliano(70/Napoli出身)が日本語でカバーした作品が、山口百恵主演のTVドラマ『赤い迷路』(1974〜1975/TBS系にて放映)の主題歌として採用されて、大ヒットしています。
FestaではSergio Endrigoの初期のヒット曲の中から、前出のGiorgio Gaberとの共演映像で"Mani bucate(穴の開いた両手)"(1965)を紹介。Gaberはほぼギタリストに徹しています。地味な曲ではありますが、2人の偉大なカンタウトーレが共演する1960年代の映像、というだけでも貴重なモノだと思います。
Endrigoが死去した2005年の翌年、彼に影響を受けた音楽家たちによりEndrigoを偲ぶコンサートが企画され、Endrigoの曲をカバーします。この時のライブ映像が、この度DVD化されて「Ciao Poeta/omaggio a Sergio Endringo(やぁ、詩人よ/セルジォ・エンドリゴに捧ぐ)」(2007)というタイトルで発売されましたので、FestaのオオトリとしてこのDVDから4曲紹介しました。
Gianni Morandi、Bruno Lauzi、Nada、Sergio Cammariere、Marisa Sannia、Gino Paoli、Simone Cristicchi、Roberto Vecchioni、Morgan、Mariella Navaといった豪華な顔触れのアーティストが、これまた豪華なオーケストラに乗せて、次々に登場してパフォーマンスをする第一級の映像作品に仕上がっています。
ちなみにDVDタイトルの"Ciao Poeta"とは、1981年に発表されたアルバム「...E noi amiamoci(・・・そして僕らは愛し合おう)」に納められた曲名をそのまま引用しています。
2007年のサンレモ音楽祭優勝の栄冠に輝いたSimone Cristicchi(30/Roma出身)は、その若さにも関わらず、Giorgio Gaber、Fabrizio De André、Lugi Tenco、Sergio Endrigo等、1960年代初期に台頭したカンタウトーレの祖たるアーティストに影響を受けたと公言する、貴重なカンタウトーレ文化の伝承者。
MCでも礼儀正しく自己紹介をして、参加者の中で一番若輩者であり、この舞台で歌わせてもらえるということを非常に誇りに思うと語っています。そしてEndrigoの事を『Maestro(師匠)』と呼んでいたのも印象的でした。
彼にとって最高の幸福だったのは、なんといっても晩年のSergio Endrigoとの共演をデビューアルバム「Fabbricante di Canzoni(歌の製造業者)」(2005)で実現できたこと。当然その忘れられない曲"Questo è amore(これは愛)"(1988)をこのステージでも披露しています。
ヴァイオリンのソリストが弾く哀愁ある旋律が、枯れ葉の舞い散る秋の凛とした空気を醸し出し、Simoneのヴォーカルはその空気の中を靴音を響かせて散歩している雰囲気を味わせてくれ、実に情感豊かなステージを見せ付けてくれました。
9月Festaでも紹介したMorgan(35/Monza出身)は、オルタナ系の活動が目立つアーティストながら、オーケストラを従えた、クラシカルなグランドピアノでの弾き語りで、オールマイティな確かな才能をまざまざと見せつけてくれました。"Canzone per te(あなたのための歌/邦題:君に歌う)"(1968/サンレモ曲)という、日本で有名な1960年代の『カンツォーネ黄金時代』の名曲として有名な曲です。
第1部で紹介したRino Gaetanoの遠縁の従兄弟に当たるSergio Cammariere(47/Calabria州Crotone出身)は、いつものお得意のJAZZテイストを押さえたクラシカルなピアノの弾き語りで"Altre emozioni(別の感情)"(2003)を。ステージのスクリーンに在りし日のSergio Endrigoの写真をスライドショーで投射し、生前のEndrigoの歌を重ね、後半をCammariere自身で歌い継ぐという、バーチャルではありますが、まるで故人とのデュエットのようです。同時に、Endrigoに対して、『あなたの遺志をしっかりと受け継いでいくよ』という宣言のようなパフォーマンスが見事。
以上3曲をPOP!ITALIANOのKazuma氏より紹介してもらいました。Festaを締め括るために、Endrigoの作品の中で最も多くの人に愛された曲であり、このDVDでもラストに納められた"L'arca di Noè(ノアの方舟)"(1970/サンレモ曲)を最後にお贈りしました。 これはSergio Cammariereのグランドピアノに合せて、Morganがなんと鍵盤ハーモニカを吹いています。
#普通っぽいのが好きじゃないMorganらしい!
サビの部分はまるで童謡のように歌い易い歌詞と覚え易いメロディということもあり、DVDの中の会場はもちろん、FESTA会場でも観客が合唱しつつ、こうして秋の香りを充分に楽しめた10月Festaを終えました。
次回11月FESTAは、11/10(土)16:30-20:30 新宿CLUB ACIDで開催予定です。



イタリア音楽セミナー@ベリタリア
ITALIANITY -WEB MAGAZINE-
PFM - Canta De Andre デ・アンドレに捧ぐ〜ライヴ・イン・イタリー2023-24
日伊協会・年刊学術誌『日伊文化研究』第63号(2025年)
日伊協会会報『CRONACA』
日本テレビ『サクサクヒムヒム〜推しの降る夜』
マネスキン『ライヴ・イン・ジャパン〜ラッシュ・ワールド・ツアー』(2024来日記念盤/日本限定盤)
DJイベント[club baldy]@亀戸In The Air
マネスキン『ラッシュ!』(アー・ユー・カミング?)(2023来日記念盤)

サンレモ音楽祭2023・出場者の経歴紹介
マネスキン『ラッシュ!』(2023日本盤)
YoshioAntonioマネスキンを語る
バンコ『オルランド〜愛のかたち』(2022)
マネスキン『テアトロ・ディーラ Vol.I(来日記念盤)』(2021/2022日本盤)
マネスキン『イル・バッロ・デッラ・ヴィータ』(2018/2022日本盤)
マネスキン『チョーズン』(2017/2022日本盤)
オパス・アヴァントラ『ロウコス - 魔法の場所(ヴェネツィアの幻影)』(2021)
PFM『電気羊の夢を見た』(2021)
マネスキン『テアトロ・ディーラ Vol.I』(2021)
ジョー・バルビエリ(Joe Barbieri)『愛おしき記憶(Tratto Da Una Storia Vera)』(2021/日本盤)
イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』
バンコ『トランシベリアーナ〜シベリア横断、人生の旅路』(2019)
『小さな村の物語 イタリア 音楽選集』(5CD/2019)













『Viva!イタリア Vol.4』
日伊協会・年刊学術誌『日伊文化研究』第56号(2018年)
ジリオラ・チンクェッティ2017年来日公演
ジョー・バルビエリ(Joe Barbieri) / 折り紙(Origami)(2017/日本盤)
『Viva!公務員(Quo vado?)』(2015)
Camillo Pace『Credo nei racconti』(2017)
Max Gazze`,Zephiro来日公演
Negrita, Zephiro来日公演
Gianluca Paganelli『Destino』(2016/日本盤)
集まれ、イタリア好き!@湘南T-SITE
Gigi D'Alessio(ジジ・ダレッシオ)初来日公演!
2015/2/3 Ligabue来日公演
『決定盤!永遠のシャンソンコレクション』(CD5枚組/日本盤)



























CommentiRecenti