Piccola RADIO-ITALIA

〜イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本に作りたい〜
Gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone!!

Riccardo_Cocciante

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい
という趣旨で、2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。
FESTA会場で流した音楽や映像には、Web上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

Ecco il gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone,
e speriamo di creare la circostanza in cui si divertono la musica pop italiana in Giappone
Diamo la festa musicale ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.
Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

第43回イタリアPOPSフェスタ(2008年10月)レポート (その1)

第43回Festaは、14名の参加者が集まり、東京・水道橋のYou Meにて10/18(土)に開催しました。参加者の内訳は男性4名 女性10名(うち、初参加者1名)。

VIPルーム扱いの個室スペースをゆったり目に使って、極上の音楽を楽しむ、至福のひと時となったかと思います。



第1部

Mu日本限定の紙ジャケットCDとして9月に発売されたBMGのイタリアンロック・シリーズですが、リリースされた8枚の中で紛れもなく看板になるのは、Riccardo Cocciante(リッカルド・コッチァンテ/62/サイゴン生まれRoma育ち)のデビューアルバム「MU(ムー大陸)」(1972)だといえるでしょう。

70年代前半のイタリアはプログレッシヴ・ロックが大流行していましたので、後に大物カンタウトーレとなるCoccianteのアルバムもプログレファン好みの前衛的なサウンドメイキングで仕上げられています。

そして『ムー大陸』という伝説上の大陸をテーマに、その誕生から進化・衰退・消滅までを組曲風に仕組んだコンセプトアルバムとなっており、それぞれのステージを変形ジャケットで再現しているところが、マニア心をくすぐるのに充分なようです。もちろん、この紙ジャケットシリーズは、オリジナルのアナログ盤の変形ジャケットをCDサイズで再現していることが、最大の魅力のひとつです。

伊仏ハーフのCoccianteは、イタリア名のRiccardoを時折、フランス名あるいは英語名でRichard(リシャールあるいはリチャード)と表記して活動を行うことがありますが、この1972年のアルバムにもRichard名義となっています。

やたらとイントロが長かったり、前衛的なSEが入るなど、仰々しいサウンドに満ちたアルバムではありますが、それでも当時、シングルカットされた曲がありました。それが"Uomo(男)"。当時26歳だった希代のカンタウトーレの作品を10月FESTAの1曲目に選びました。
2曲目はそのB面に収められた"A dio(神へ)"。女性コーラス隊を前面に据えた、牧歌的で、フラワームーブメント時代の香りを漂わせた楽曲に仕上がっています。

今ではイタリアだけでなくフランスでも大活躍を果たし、ひいてはヨーロッパを代表する大物アーティストとなったRiccardo Cocciante。しかしながら今回のアルバム「MU」が、日本盤はおそらくソロとしては2枚目の発売という扱いなのが残念です。(1枚目は1991年のサンレモ音楽祭優勝時) ベスト盤でも良いので、Riccardo Coccianteという希代のアーティストの数々の名曲を日本に紹介して欲しいものです。


第1部の最後は、これまたイタリアはもとより、世界中の有名ミュージシャンから「イタリア随一のミュージシャン」と一目置かれているZucchero Sugar Fornaciari(ズッケロ・シュガー・フォルナチァーリ)。

1970年頃バンドとしてシーンに登場したZuccheroは、80年代になるとソロシンガーとしてサンレモ音楽祭へ出演するなど、メディアの脚光を浴びる活動を開始しますが、従来のスターのように『サンレモ音楽祭で注目を集め、そのまま敷かれた路線に乗ってスターダムへ』という生き方を嫌い、アメリカやイギリス等、英語圏のミュージックシーンで修業を積むことを選びます。

Oro Incenso e Birraそして1989年、アルバム「Oro Incenso e Birra(金の芳香とビール」で、従来のイタリア音楽界のアルバム最多販売記録を塗り替える大成功を果たします。(当時、日本盤も発売されました)

やがて海外修行時代に親交を深めたミュージシャンたちと共演やコラボレーションにも精を出すようになり、Jazz界の帝王Miles Davis(マイルス・デイヴィス)を始め、Eric Clapton(エリック・クラプトン)、Stevie Ray Vaughan(スティーヴィー・レイ・ヴォーン)、Queen(クイーン)、Paul Young(ポール・ヤング)といった、文字通り世界のスーパースターたちと対等な共演やコラボを果たしています。

WoodStock1994に唯一のイタリア人アーティストとして出演したり、全米のBillboardチャートにアルバムを送り込むなど、世界を股にかけた大活躍を果たして今日に至ります。

All the Best: Italian VersionそんなZuccheroの軌跡をCD2枚とDVD1枚に収めた3枚組アルバム「All the Best」(2007)は、イタリアで2007年11月に発売されましたが、1年近く経過した現在でもイタリアのヒットチャートの10位前後をキープし続けている驚異のロングセラーアルバムになっています。これはFESTAで紹介するべき!と10月FESTAに押し込みました。

1曲目は"Diamante(ダイアモンド)"。前出の大ヒットアルバム「Oro incenso e birra(金の芳香とビール)」(1989)に収められたヒット曲のひとつですが、他のソウルフルな曲の中で鈍く光る穏やかな曲で、その名もズバリDiamanteという名前だったZuccheroの祖母に捧げられた楽曲とのことです。

先輩カンタウトーレFrancesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ/当時38歳)が作詞を手がけ、サンレモ音楽祭優勝経験のあるカンタウトーレMino Vergnaghi(ミーノ・ヴェルニャーギ/当時34歳)らがZuccheroの作曲に加わるという豪華なソングライター陣での共作。

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第36回イタリアPOPSフェスタ(2008年3月)レポート (その1)

第36回Festaは、21名の参加者が集まり、3/22(土)に開催しました。参加者の内訳は男性8名 女性13名(うち、新顔さん3名、イタリア人1名)。
東京・水道橋のダイニングバーYou Meにて、美味しいドリンクと温かい料理をつつきながら、120インチの巨大スクリーンに投射されるDVDを大音量で楽しむことができました。



第1部

毎年、この時期はやはりサンレモ音楽祭ネタを。

Gio' Di Tonno & Lola Ponce2008年のサンレモ音楽祭の優勝を飾ったのは、Gianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ/52/Siena出身)のペンになる"Colpo di fulmine(一目惚れ)"。歌ったのは、Gio' Di Tonno e Lola Ponceのコンビ。

Gio' Di Tonno(ジォ・ディ・トンノ/35/Pescara出身)は、1993年のサンレモ音楽祭の新人部門で出場して、ソロアルバムもリリースしている歌手ですが、サンレモ出場後は、多くのテレビ番組に出演したり、ツアーに明け暮れる活動スタイルに移っていきます。

世界的に大ヒットとなったRiccardo Coccianteのミュージカル「Notre Dame de Paris」(1998〜)のイタリア語版(2002年〜2004年)で、主人公Quasimodo(カジモド)役を務めたのがGio' Di Tonno。そしてヒロイン役Esmeralda(エスメラルダ)を務めたのがLola Ponce。

Lola Ponce(ローラ・ポンス/26/アルゼンチン出身)は、もともとは「Notre Dame de Paris」のスペイン語版のオーディションに応募していたのですが、祖父がイタリア人(genovese)だったこともあり、イタリア語版でもいける、とRiccardo Cocciante自身に大抜擢されました。

Esmeraldaは男の心を虜にする美しいジプシーの踊り子、という設定ですから、八頭身美女のLola Ponceはまさに適役だったようです。元来は漆黒の髪のLolaが金髪にしているのでなおさら、エキゾティックな雰囲気を醸し出す相乗効果になってもいますね。

本当は醜男の設定のQuasimodoですが、Gio' Di Tonnoはややコミカルな顔立ちとはいえ、スラッとした長身のハンサムガイ。

サンレモ優勝曲"Colpo di fulmine"の中では、お互いに『Bella,bella,bella!』『Bello,bello,bello!』と呼びかけあう歌詞も用意されており、久々にサンレモ音楽祭の優勝曲らしい楽曲が優勝した、と言えるかもしれません。

もちろん、今年のサンレモ音楽祭のオーガナイザーPippo Baudoやコミッショナーたちの間に、今年こそはサンレモらしい楽曲を優勝させたいという思惑があったようですし、昨今のイタリアのデュエットやデュオ・グループの流行が後押ししたのもあったことでしょう。



Giulietta e Roeoさて、こうしてGio' Di TonnoとLola Ponceを成功に導いたRiccardo Coccianteが「Notre Dame de Paris」の次に手がけたミュージカルが「Giulietta e Romeo」(ロミオとジュリエット)。
その出演者たちがサンレモ音楽祭2008にゲスト出演し、ステージの一部をダイジェストで見せてくれたシーンをご紹介しました。続きを読む(leggere la continuazione)
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第31回イタリアPOPSフェスタ(2007年10月)レポート (その1)

2007年10月FESTA第31回Festaは東京・亀戸の某所にて10/13(土)に開催しました。
参加者数20名+Yoshio@主宰の21名が集まり、少し肌寒い風と早い日暮れに秋を味わいながら楽しみました。
21名の内訳は、男性10名 女性11名、うち、新顔さん2名、イタリア人1名のメンバー構成となりました。

8月をまるまる休んでしまうというイタリアのレコード業界の影響で、8月当月はもとより、9月に入ってもあまり新作アルバムの発売がない状況が続きました。現役アーティストの新作中心に紹介してきた当FESTAも、10月はちょっと立ち止まって、過去に目を向けるラインナップ中心で紹介しました。


 

第1部

既に故人ながら、現代アーティストにも大きな影響を与え続けているカラブリア州出身アーティスト2名を第1部に据えました。

死後20年を経過した21世紀になってから、再び評価が高まるようになったRino Gaetano(1950-1981/30歳没/Calabria州Crotone出身)。2007年になって「Figlio unico(ひとり息子→ユニークな若者)」(2007)というタイトルで初めてのDVDがリリースされました(DVD+CD)ので、映像でRinoの在りし日の姿を拝みました。

"Berta filava"(ベルタが糸を紡いでいた/1976)は、パンチの効いたRinoのシャウト唱法が決まったかっこいい曲で、シングル"Mio fratello è figlio unico"のB面に収められた曲。

 

 

ベルタが紡いでいた絹の糸は、火刑に赴く聖者の装束になっていた
刑の執行中、ベルタは泣き叫んでいた
ベルタはMarioやGinoと一緒に糸を紡いでいたけれど、
生まれた子供は、MarioのでもGinoのでもなかった

こんな内容の歌詞をノリのよいリズムに乗せて力強く歌いきります。

このBertaという名の女性は、8世紀頃のフランク王国の君主・小ピピン(『ピピンの寄進』で有名)の妻であり、ヨーロッパの父とも言われるシャルルマーニュことカール大帝(フランク王国)を生んだ母のこと。彼女は貞淑の誉れ高さで有名で、いわば『貞淑な妻』の代名詞になっているそうです。

1976年にリリースされたRinoの2ndアルバムのタイトルは「Mio fratello è figlio unico」(僕の弟はユニークな若者/1976)。そして2007年、Rinoのこの曲からインスピレーションを得た同名タイトルの映画「Mio fratello è figlio unico」が製作されました。

Mio Fratello e` Figlio Unico1960年代のRoma南部の都市Latina。共産主義に没頭する自信家の兄に対して、不器用な生き方しかできない弟は、出家する道を選び神学校に進みます。しかし壁にぶち当たり、次第に兄と同じ共産主義者へと変遷していくと同時に、兄と同じ女性に想いを寄せる葛藤を描いた作品。政治イデオロギーやキリスト教の世界観など、外国人には理解しづらいテーマながら、イタリアでは老若男女の観客動員に成功した人気作品になっている模様。

Rinoの歌は、臆病者の弟を題材にした内容になっていますし、先の例に漏れず、フランク王国時代の小ピピンと兄カールマンも、家督争いなどの理由から、異母弟のグリフォを修道院に軟禁していますので、時代と事情が違えど、これら3つの事象には、相通ずる世界観を保っています。

こうしたイタリアを取り巻く歴史上の事柄や、政治、生活などを辛気臭くなることなくエネルギッシュに歌い上げたRinoが、死後四半世紀を経過した現代イタリア社会になお、影響を与え続けている理由が垣間見えるような事象です。

Festaの2曲目は、Rinoが1978年のサンレモ音楽祭に出場して大ヒットとなった"Gianna"(1978)。ウクレレを抱えて、能天気なリズムに併せて、トレードマークのシルクハットを被ったRinoが歌い始めます。イタリアでカラーTVが普及し始めた頃だけあって、今もなお色鮮やかな映像の中に、在りし日のRinoが蘇ります。

筆者は当時この曲で初めてRinoを知りましたが、僅か3年後に交通事故により他界してしまったのには、まったく実感が沸きませんでした。また、ほぼ20代で活動を終えたRinoの作品が、後世に最評価される事など、予想などできませんでした。


 

2人目のカラブレーゼはMia Martini(1947-1995/47歳没/Calabria州Bagnara Calabra出身)。1980年代のライブ映像を3月FESTAでも紹介しましたが、Miaの芸能活動をリアルタイムに収録したDVD+CD「Liberamente Mia(ミア、自由に)」(2007)が突如リリースされましたので、再びMia Martiniという『イタリアの至宝』を味わう事にしました。Liberamente Mia

特筆すべき内容は、1960年代にMimi Bertèの芸名で活躍していた頃の映像が収録されている事。早速これをFestaでも紹介。"Ed ora che abbiamo litigato(私たちが口げんかした時)"(1964/17歳当時)。う〜ん・・・噂どおり、イエイエスタイルです・・・RomaのPiper Club出身らしいゴーゴーガールぶり!多くの人が脳裏に持つ、1970年代後半以降の大御所になってからの彼女のイメージに反して、その弾ける若さ、金髪、能天気な曲調、歌って踊るそのスタイル・・・全てが別人のように感じられます。

元はTV番組だったのでしょう、合間にMartini自身がMia Martiniという芸名への改名について語っています。

 

イタリアを象徴する芸名にするため、3つの候補があったわ。
ミア・スパゲッティ、ミア・ピッツァ・・・・そしてミア・マルティーニ

そしてMia Martiniと名乗ってからの映像も、1年毎にびっしりと収録されているのですが、1年違うだけで全く別人のように変化するMartiniの七変化ぶりにオドロキです。ヘアースタイル、髪の色、化粧、衣装などが毎年変わり、それぞれがまた別人に見えるところがスゴイ。

10月FESTAでは10年毎に1曲づつピックアップすることにし、25歳当時のMartiniが歌う"Donna sola(独りの女)"(1972)を紹介。フラワームーブメントの名残を残したスタジオライブで、立ち見の観客に囲まれたMartiniが静かに歌い出します。金髪の髪をショートカットにした、スタイリッシュなルックス。そしてその楽曲は、まるで聖歌のように美しく穏やかなメロディを持っています。そこに力強くソウルフルなMartiniのボーカル。25歳には思えぬ存在感とパワーを映像越しにも充分と感じ取る事ができます。

そして38歳当時の"Lucy"(1985)。静かでシリアスな楽曲が多いMartiniにしては珍しくダンサブルな曲。といっても、彼女の出身地であるCalabria州の民族舞踊をベースにしたもの。ミドルテンポのバラードで歌いだしたと思ったら、サビ部分が民族音楽になるというアレンジ。タンバリンを打ち鳴らし踊るMartiniの姿が拝めます。ロングのカーリーヘアを揺らしながらエネルギッシュに歌うその姿は往年のMarcellaや妹Loredanaにイメージがダブります。

IvanoFossati_HoSognatoUnaStradaそしてこの曲を最後にMartiniは一度、芸能界から引退する事になります。1977年からコラボレーションを始めた偉大なカンタウトーレIvano Fossati(56/Genova出身)への精神的な依存や、彼と作り上げた成功を超えられないジレンマに陥っていたことに加え、彼女の才能と成功への嫉妬から生まれた芸能界での陰湿なMia Martiniバッシングは、既にこの時点でヒートアップしていたことに大きな要因があったようです。

4年間の沈黙後、再びMartiniにカムバックの声がかかります。Ivano Fossatiと作り上げた成功を払拭し、最初からやり直す意味を込めて、1970年代初頭の"Piccolo Uomo"(1972)の作者Bruno LauziとMaurizio Fabrizioのペンになる曲"Almeno tu nell'universo(世界の中であなただけ)"(1989)をサンレモ音楽祭の舞台で発表。後に『Mia Martini賞』と名付けられる『批評家賞』を受賞したこの美しい曲は、その歌いこなしの難しさとともに、偉大な名曲として今日まで、何人かの歌手にカバーされて伝えられて来ています。

Fossatiの幻影から逃れるかのごとく、1990年代前半のMia Martiniは実に多くのカンタウトーレとコラボレーションを実行します。Claudio Baglioniの作品に参加したり、Fabrizio De André、Amedeo Minghi、Enrico Ruggeri、PoohのDodi Battaglia、Enzo Gragnanielloなどから曲の提供を受けたり。

1992年に発表したMartiniの最後の大傑作"Gli uomini non cambiano(男たちは変わらない)"(1992/45歳当時)を10月FESTAではチョイス。サンレモ音楽祭で2位の結果となりましたが、名匠Giancarlo Bigazziが綴った不気味な歌詞と、カムバック後のMartiniが放つ、張り詰めた人間特有の『凄み』が混ざり合った歌唱は、多くのイタリア人の心に衝撃を与えました。


私だって父親に恋する女の子だった
そのためにいつも選択を間違える無鉄砲な娘だった
父の幻影を克服しようとしたけれど 成功した試しは無かった

父の幻影を変えようなんて徒労だった
それには新たな人生が必要になる

家族の中にちょっとした対立が生まれた時期から
私の女としての忍耐は始まった 
嘘つきの初めての男と駆け落ちする映画に 
我を忘れて見入っていた

男たちは変わらない
最初は愛を囁くのに 後では女を捨て去る

男たちは女を変える
女は「なぜ?」と毎晩泣き続ける

それなのに 男たちは女を殺す
悪友たちに 女との事を笑い話にする

私だって最初は泣いた 部屋の隅で 動揺して
私がじっとして動かなかったから
男はそういうことをしたし 理解しようともしてくれなかった

でも私は次第に判ってきた 少し冷血になりながらも
男ってものは 集団の中では邪悪だけど
独りの時は女より臆病だってことが

男たちは変わらない
女を買うのに金を使い 売り飛ばす

夜になっても 男たちは家には帰ってこない
女が望まない事を男はする

男たちは女から生まれて来るのに
なぜこんなに女たちとは違うのだろう

恋人よ 変わる事のできる男たち
それは理想であって 現実には存在しない
それは女と同じぐらい恋をしている男たちだけ

いつの世にもある男と女のすれ違いの歌とも取れますが、当時のMartiniが体感していた芸能界からのバッシングに奇妙に重なる内容が、この曲に凄みを持たせ、3年後に自殺する彼女のダイイングメッセージとも解釈できることと重なって、この名曲の異様な存在感を醸し出しているのではないでしょうか。

 


 

Continua alla prossima puntata.(続く)

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記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、記事を書いた年度に達する年齢で表記しています。

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Cristina da Kyoto e Yoshio Antonio da Tokio, non siamo professionisti nel settore musicale, ma come fan della musica pop italiana vorremmo creare la circostanza in cui si può ascoltarla più facilmente anche qua in Giappone. Sperando questo motivo, il progetto si chiama "Piccola RADIO-ITALIA".

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