Piccola RADIO-ITALIA

〜イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本に作りたい〜
Gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone!!

Marcella_Bella

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい
という趣旨で、2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。
FESTA会場で流した音楽や映像には、Web上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

Ecco il gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone,
e speriamo di creare la circostanza in cui si divertono la musica pop italiana in Giappone
Diamo la festa musicale ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.
Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

第80回イタリアPOPSフェスタ(2012年1月)レポート (その3 / Le Orme, New Trolls-UT, Locanda delle Fate, Formula 3, Il Volo, Marcella)

その2はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/archives/51989946.html


第3部

2012年4月27日〜29日の3日間に渡り、5バンドがステージを楽しませてくれるという怒涛の企画『イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル 春の陣2012』@川崎クラブチッタ。

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公演スケジュール

4月27日(金) OPEN 18:00 / START 19:00
Pooh
New Trolls-UT

4月28日(土) OPEN 17:00 / START 18:00
Pooh
Le Orme

4月29日(日) OPEN 16:30 / START 21:30
Pooh
Formula 3
Locanda delle Fate

※チラシのダウンロードはこちらからItaloProgFes2

1月FESTAの第3部では、この5バンドのうち、4バンドをダイジェストで紹介しました。


Le Orme(レ・オルメ/意:足跡)は、1960年代から活動するイタリア古参バンドのひとつ。1966年にビートバンドのスタイルで始まった活動は、1970年代になるとプログレスタイルを取り、1970年代後半からはNew Wave風にイメージチェンジし、サンレモ音楽祭にも出場するなど、イタリア国内での知名度を挙げることに成功しました。

しかしながら、1980年代に活動が行き詰まる憂き目に逢い、事実上活動停止期間を迎えます。やがて1990年代から活動を再開。再びプログレスタイルに立ち返った活動をしています。

Key、Bass&Vocal, Ds.というギターレストリオで活躍したイメージが突出しているため、よく『イタリアのEmerson Lake & Palmer』という補足をされるグループですが、バカテクがシノギを削り合うようなプログレッシヴロック界の中で、決して上手とは言えない演奏力ながら、何故か心にしみるサウンドを奏でることで稀有な存在だったとも言えるでしょう。

現時点では、1970年代の黄金期からのメンバーは、既にDs.のMichi Dei Rossiひとりしか残っておらず、メンバー構成も6名となったため、演奏力は素晴らしく向上している現状ですが、かつての『へたうま』の不思議な魅力を持っていたサウンドを懐かしむファン心理との葛藤もあるかもしれません。

Live In Pennsylvania

日本公演ではもちろん、1970年代初頭のプログ作品群を中心に再現されるということなので、FESTAでは、名作との評判の高いアルバム「Felona e Sorona(フェローナとソローナの伝説)」(1973)から"Sospesi Nell'Incredibile(信じられないまま)"を、2008年にリリースされたDVD「Live in Pennsylvania」の映像でご紹介しました。ここでは1997年のライヴ映像を貼っておきます。


New Trolls - UT(ニュー・トロルス・UT)は、1960年代から活動するイタリア古参バンドのひとつNew Trollsの流れを継承するバンドのひとつ。

New Trollsは、1966年にビートバンドのスタイル活動を始め、1970年代になるとプログレスタイルを取り、1970年代後半からは歌モノを主体としたPOPS路線にシフトしていきました。

またNew Trollsは、バンドメンバーや人数体制がアルバム毎に大きく変化するようなスタイルだったことなどが特徴的で、プログレの黄金時代だった1970年代前半のうち大半がバンドの分裂期に相当するという破天荒な一面を持つバンドなのですが、今回来日するのは、そのNew Trolls分裂期の曲を演奏するためだけに結成されたという限定的な編成の模様。

※当サイトでのNew Trollsの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/New_Trolls

2006年、2007年と、過去2度来日公演を果たしたNew Trollsのメンバーに入っていなかったオリジナルメンバーのGianni Belleno(ジァンニ・ベッレーノ/Ds.&Vocal)と、New Trolls来日時にオーケストラのコンダクターを務めたMaurizio Salvi(マウリツィオ・サルヴィ)の2人の元に、Latte Mieleのメンバーとして2011年に来日を果たしたMassimo Gori(マッスィモ・ゴーリ/Bass&Vocal)、Claudio Cinquegrana(クラウディオ・チンクエグラーナ/Gt.)、Andrea Perrozzi(アンドレア・ペッロッツィ/Key&Vocal)らが集まった編成。

※当サイトでのLatte Mieleの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Latte_Miele

※Andrea Perrozziは、Marco Menichiniのサンレモ出場曲"Tra tegole e cielo"(2011)の作曲者でもあります。当サイトでのMarco Menichiniの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Marco_Menichini

UT

バンド名にも添えられたアルバム「UT」(1972)から、歌モノとしての魅力を持ちながら、ギターフリークの耳を釘づけにしてしまう不思議な楽曲"Paolo e Francesca(パオロとフランチェスカ)"をFESTA会場でかけてみました。後半のギターソロがPaoloとFrancescaという2人の男女の会話を模したサウンドと化しています。


Locanda delle fate(ロカンダ・デッレ・ファーテ/意:妖精たちの安宿)は、プログレッシヴ・ロックの隆盛が収まった1970年代後半にデビューしたため、1977年のデビューアルバム「Forse le lucciole non si amano più(蛍たちはもう愛しあうことはない)」1枚で解散してしまったバンドでしたが、ツインキーボード&ツインギターという鉄壁編成のバンドが奏でるサウンドは、後のプログレファンのツボにはまるという皮肉な状況を醸し出すこととなった不遇のバンド。ちなみにイタリア本国では未だに全く無名に近い状態です。

locanda delle fate - forse le lucciole non si amano piu - as

”Sogno di Estunno(邦題:憧れ)"を当時の映像で。 


Formula 3(フォルムラ・トレ)は、イタリア音楽史上の中でとても重要な位置付けを担ったバンド。それはイタリア音楽界に大きな革命をもたらし、死後10年を超えた現在も多くのイタリア人の心に残り、時代を超えて受け継がれている偉大なカンタウトーレ・故Lucio Battisti(ルチォ・バッティスティ)と行動を共にしたバンドであることがその最大の理由です。

※当サイトでのLucio Battistiの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Lucio_Battisti

FESTAでは、Lucio BattistiのDVDに収録された彼らの当時のパフォーマンスをご覧いただきました。シングルのみでリリースされアルバム未収録の"Io ritorno solo(僕はひとり帰る)"(1970)。当時まだ20歳だったアイドル然の風貌をしたTony Cicco(トニー・チッコ)が、ドラムスを叩きながら歌う姿に、FESTA会場の視線は釘付けとなりました。

続いて2ndアルバム「Formula 3」(1971)に収録されていた楽曲で彼らの代表曲のひとつといえるBattisti-Mogol作の楽曲"Eppur mi son scordato di te(それにも関わらず僕は君のことを忘れてしまってる)"。

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Festa会場では1990年の再結成当時の映像でご紹介しましたが、さすがに20年経過し、あのTony Ciccoもすっかりオジサンと化していたのを目の当たりにして、会場にはガッカリ感が漂ってしまいました・・・ いやいや皆さん、現実を見ましょう。実際はそこからさらに20年の歳月が流れているのです。2011年にTV出演したFormula 3の映像はこちら。

Formula 3の3人のメンバーのうち、Alberto Radius(アルベルト・ラディウス/Gt.&Vocal)とGabriele Lorenzi(ガブリエレ・ロレンツィ/Key.)は、その後のイタリア音楽界を支える重要なミュージシャンとして、またプロデューサーとして大活躍していくことになり、Tony Cicco(トニーチッコ/Ds.&Vocal)はソロ歌手としても活躍することとなります。


ここでFormula 3が一旦解散した1974年時点の動きを紹介することにしました。Ds.のTony Ciccoは、Cico(チコ)名義でソロ歌手としてデビュー。秀逸な歌モノアルバム「notte(夜/邦題:夜の闇の中で)」(1974)をリリースします。

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シングル曲となった"Se mi vuoi(もしも私を望むなら)"を当時24歳の映像で。(音と映像のズレが残念ですが)


そしてAlberto RadiusとGabriere Lorenziは、Battistiと共に多くの楽曲を手掛けた巨匠の作詞家Mogol(モゴール)の発案に従い、売れっ子スタジオ&ツアーミュージシャンが6人集まって音楽制作をする夢のプロジェクトIl Volo(イル・ヴォーロ/意:飛翔)に参加します。

凄腕のプロ中のプロのミュージシャンによる、ツインキーボード&ツインギター編成の鉄壁バンドで、その後、各人とも単なるミュージシャンとしてだけでなく、プロデューサーとしてイタリアPOPS界に大きな功績を残して行く大物ばかりが揃っていたのです。

メンバー構成
Alberto Radius (Gt.&Vocal)
Mario Lavezzi (マリォ・ラヴェッツィ/Gt.&Vocal)
Vince Tempera (ヴィンチェ・テンペラ/Key.)
Gabriele Lorenzi (Key.)
Bob Callero (ボブ・カレッロ/Bass)
Gianni Dall'Aglio (ジァンニ・ダッラーリォ/Ds.)

今回の初来日でFormula 3は、このIl Voloの楽曲も演奏するとのことでしたので、ここでIl Voloが残した2枚の秀作アルバムから、より歌モノ要素の強い1stアルバム「Il Volo」(1974)から、"La canzone del nostro tempo(僕らの時代の歌)"を。作曲はAlberto Radius、作詞は偉大なMogol(モゴール)。

Il Volo (1974)


Il Voloはバンドというよりもアルバム制作のために集まったプロジェクトの要素が強かったため、Il Voloとして残したライブ音源は皆無状態なのですが、当時既にスタジオ&ツアーミュージシャンとして大活躍していた彼らが揃ってある人気歌手のライヴアルバムにその生演奏を残しています。

Marcella(マルチェッラ/60歳/Catania出身)のライヴアルバム「L'anima dei matti(狂人の魂/夢中な心)」(1975)がそれで、1970年代当時に絶大な人気を誇っていたMarcellaならでは、このスーパーミュージシャンたちを起用できたと想像する事が出来ます。

1970年代当初からプログレマニアの間でクチコミで話題となり、高値で取引されていたアナログ盤ですが、未CD化ということもあり、さらにプレミアム的な価値となっている模様です。

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このMarcellaの幻のLPから、アルバムタイトル曲"L'anima dei matti"を。時にMarcella23歳。

※当サイトでのMarcellaの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Marcella_Bella


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2012年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)

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第39回イタリアPOPSフェスタ(2008年6月)レポート (その4)

その3はコチラ


第4部

再び主宰YoshioAntonioからの紹介スタイルに戻っての第4部です。事前告知通りLucio Battisti(ルチォ・バッテスティ)を紹介するのですが、その前にBattisti人脈のアーティストの紹介を。

Battistiと組んで数々の名曲を作った作詞家Mogol(モゴール/72/Milano出身)。Mina(ミーナ)やAdriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)といったイタリア音楽界の2大巨頭にも作品を提供する、今もなおイタリアの作詞家の頂点に位置する偉大な作詞家。『イタリア音楽の歴史』といった表現されることも多いです。

また1981年にはイタリア人歌手を集め、『Nazionale italiana cantanti(イタリア代表チーム歌手軍団)』というサッカーチームを結成。自らも選手として大活躍するという、サッカー狂としての側面も有名。

何しろ、Gianni Morandi(ジァンニ・モランディ)、Umberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)、Enrico Ruggeri(エンリコ・ルッジェーリ)、Eros Ramazzotti(エロス・ラマッツォッティ)、Biagio Antonacci(ビアジォ・アントナッチ)といった大スターたちが、本業の音楽と異なるフィールドで一堂に会するのですから、イタリアで親しまれない理由がありません!

Mogolには4人の子供がおり、上の3人が最初の妻の子供たち。第2子は父と同じ作詞家の道を歩み、Cheope(ケオペ)のペンネームでLaura Pausini(ラウラ・パウズィーニ)やRaf(ラフ)に詩を提供しています。末っ子は、画家&詩人のGabriella Marazzi(ガブリエラ・マラッツィ)との間にできたFrancesco Rapetti(フランチェスコ・ラペッティ/29/Milano出身)。

彼も父と同様サッカー好きで、一時期プロ選手として活躍していた時期もあるようです。音楽の方は15歳ぐらいからギターを弾き始めたそうですが、他のアーティストのヒット曲をコピーして演奏する方向にはあまり興味を示さず、すぐに自作することに注力するようになったとのこと。

22歳の時(2001年)、Gianni Morandiに"Questo Grande Pasticcio(この大きなパイ)"を書き、数ヵ月後にはDennis(デンニス)等を排出したTV番組『Saranno Famosi(彼らは有名になるよ)』に"Never Too Late"を書いて大ヒット。6週間もの間ヒットチャートのNo.1に君臨する記録を作りました。

こうして2000年代前半はソングライターとして、主にTV番組の音楽制作に携わっていたFrancesco Rapettiですが、2008年ついにソロシンガーとして、"Come un'amante(愛人のように)"を歌って、サンレモ音楽祭の舞台に立ちました。

Festaでは、サンレモ音楽祭後に発表されたPVで紹介しました。

FrancescoRapetti
このサンレモ出場曲を収めたデビューアルバム「Francesco Rapetti」(2008)は、全曲の作曲&アレンジをFrancesco自身が手掛け、一部の曲は自身で作詞も手掛けていますが、父Mogolにほとんどの作詞をしてもらっています。サンレモ音楽祭出場時にも偉大な父との共作のことが話題に登り、『偉大なMogolの事を何て呼んでいるの?』という質問に対して、気まじめな顔で『パパ・モゴールだよ』って答えていました。

2曲目は"Libero Come un Gabbiano(ユリカモメのように自由)"をPVで紹介しましたが、ここではライヴ映像を紹介しておきましょう。何といっても、最後に父Mogolが応援に駆け付けるところが見ものです。

ここでも『偉大なMogolと、どうやって共作しているの?』という質問に対して、『いつも家で見つけられるからさー』なんて冗談交じりで答え方しつつも、『父をとても信頼していて、曲を作ると必ず真っ先に父に聴かせるんだよ』と答えていました。

兄&姉たちとも20歳ぐらい離れていますので、父子といっても、祖父と孫ぐらいの年齢差。Mogolも親バカ気味になっちゃうんでしょうね。でもFrancescoの音楽の才能は、親の七光ではなさそうです。父は作詞家ですが、息子は作曲やアレンジ、演奏&歌の方に才能を発揮しているのですから。

Francesco Rapetti最後の曲は、ちょっと路線が異なる楽曲"Robot"



さて、いよいよ6月FESTAのオオトリ。イタリア音楽史に残る大巨匠。現在活躍しているイタリア人歌手のほとんどが、多かれ少なかれ彼の影響を受けていると言われるLucio Battisti(ルチォ・バッティスティ/1943-1998/55歳没/Lazio州Lieti近郊Poggio Bustone出身)。

 

LucioBattisti-Mogol/IlNostroCantoLibero没後10年に当たり、Battistiの代表曲と2曲の未発表曲を2枚のCDに収め、TV番組にもよく出演していた1968年〜1972年の映像をDVDに収めたBoxセット「Battisti Mogol Il nostro canto libero」(2007)が発売されています。

1970年代後半よりコンサートもTV出演も一切しなくなったものの、アルバム制作だけで多くのイタリア人を惹きつけ続け、次第に神格化して語られることが多くなっていくことになります。その『神』の姿を、現在の日本に居ながらにしてDVDで見ることができるのは、まさに夢のような事です。

Battistiが残した数々の名曲の集合体を前にして、これまた選曲に悩みましたが、1曲目は"Pensieri e parole(想いと言葉)"。1971年のTV番組『Tutti insieme』からの映像です。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)

2曲目は、死後10年経過して挿入された未発表曲2曲中の1曲"Perché dovrei(なぜ僕はそうしなければならないんだい?)"(1971)。これが未発表曲だったとは信じられないほど良い作品です。メロディも歌詞も曲調も、Battistiの少し崩した歌い方まで!

この曲は、Lucio Battisti自身が歌ったヴァージョンが『未発表』だった訳で、曲自体は1970年にCarmen Villani(カルメン・ヴィッラーニ)のために書かれたものです。Carmen Villani側に何か事情があって2年ほどリリースが遅れたようで、1971年に録音したBattistiによるセルフカバーを先にリリースする訳にいかず、本家の方がお蔵入りしてしまったという経緯のようです。

Battistiの録音やステージでの演奏を務めたのがFormula 3(フォルムラ・トレ)やFlora Fauna & Cemento(フローラ・ファウーナ・エ・チェメント)だったのですが、これらのバンドが後に融合してIl Volo(イル・ヴォーロ)と名乗り、プログレ・ファンにもイタリアPOPSファンにもご機嫌な名作アルバムを2枚残すのですが、このスーパーバンドIl Voloが積極的に録音やライヴをサポートしたアーティストがMarcella(マルチェッラ/56/Catania出身)。

自ら、積極的なBattistiファンだと自称していた当時のイタリアを代表するこの売れっ子歌手も、1974年に"Perché dovrei"のライヴ音源を残しています。もちろん、演奏はIl Voloの面々。

そして名曲"…e penso a te(・・・そして僕は君を想う)"。1曲目と同様、1971年のTV番組『Tutti insieme』からの映像で紹介しましたが、グランドピアノ1本でせつせつと弾き語りするBattistiの姿にうっとりです。どうして彼が歌うと、こうも切ない感じがあふれてくるのでしょうか・・・・決して歌手としては歌はうまくはないのに・・・・

6月FESTAの締めの曲は、参加者の皆さんに選んでいただきました。名曲ばかりのBattistiですから、皆さんも選びきれず苦労していたようで、どの曲も大差ない人気ぶり。僅差で"Emozioni(さまざまな想い)"を選ばれました。

TV番組"Io stasera vado a casa di Ornella(僕は今夜オルネッラの家に行くよ)"(1971)からの映像で紹介しました。12弦ギターの弾き語りをするのが見ものです。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)

 



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。

 

次回7月FESTAは、7月12日(土)の開催予定です。

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第28回イタリアPOPSフェスタ(2007年7月)レポート (その3)

その2はコチラ


第3部

第3部は題してシチリア州カターニア特集。
その歴史上、ギリシャ、イスラム世界、スペイン、北欧ノルマンジーのバイキングらに侵略を受け、複雑な混血、異文化の流入・融合をもたらしたシチリア州。人種&文化のるつぼと化した背景ゆえに、芸術分野では鬼才が誕生しやすい土地と言われています。

その代表格は、Franco Battiato(62/Catania近郊出身)ですが、Cataniaはヨーロッパ有数の活火山であるエトナ山の麓の町。雄大で荒々しい自然に抱かれて生きてきた骨太の気質を持つ人間が多い町でもあります。

そのカターニアで初代ビートの女王・Caterina Caselli(61/Emilia Romagna州Modena近郊出身)に憧れて育った少女が、ビートの女王の名を継承し、1970年代の初頭、一台ムーブメントを起こしました。

その少女の名はMarcella(55/Catania出身)。ローティーンの頃からいくつかの音楽祭に参加しては優秀な成績を修めてきた彼女は、20歳の時、現在よりもはるかに求心力を持っていたサンレモ音楽祭の新人部門に出場。田舎の素朴な女の子が都会に出てきて、都会の孤独さを味わい、懐かしく故郷を振り返るという、自身の生い立ちと重なるセンセーショナルな楽曲"Montagne Verdi(緑の山脈/邦題:青い山脈)"の大ヒットで、いきなりブレイクしました。

1960年代には世界の音楽の中心として、世界的なヒット曲を量産していたサンレモ音楽祭が、イタリアのバブル経済の破たんとともに、急速にその影響力を弱めていった最後の時代だったので、Gigliola Cinquetti(60/Verona出身)の次の時代を担う、すなわち外貨を稼げるタレントとして、Marcellaは業界の期待を一身に受けていた、といっても過言はないでしょう。

彼女の楽曲のほとんどを作曲していたのが兄のGianni Bella(60/Catania出身)。まだ音楽界にその作曲能力を見せ付ける機会に恵まれなかった彼にとっても、妹の成功こそが、自らの活躍の場を広げる事に他ならなかった事でしょう。ちなみに他にAntonioとSalvatoreという2人の兄弟が居て、彼らもGianniと共に妹に曲を書くこともありました。

何と言ってもMarcellaがイタリアの音楽界の中で期待の星だったことは、兄弟以外のスタッフに強力なラインナップが用意されたことに他なりません。Caterina Caselliのマネージャーだった Ivo Callegariのマネージングのもと、ヒットメーカーの作詞家Giancarlo Bigazzi(67/Firenze出身)、アレンジに天才Franco Monardi、バックミュージシャンにはVince Tempera、Mario Lavezziらのトップスタジオミュージシャン(伝説のプログレバンドIl Voloの面々)が集まって、Marcellaの売り出しに心血を注いでくれたのです。いわば、世界の中心地から離れつつあるイタリアの大衆音楽の存続をかけて、業界をあげて取り組んだ素材がMarcellaだったとも言えるかもしれません。

したがって『単に少しだけ歌のうまいだけのアイドル歌手の歌』の枠に収まらない、すぐれた楽曲に恵まれたのがMarcellaの1970年代の作品となります。また、日本にもリアルタイムに来日し、2度目の来日時にはソロコンサートを成功させるなど、日本でまともに売れた最後のイタリアPOPS歌手だったとも言えます。

兄のGianni Bellaは、妹のヒット曲でその作曲センスが認められるようになると、時代の追い風が吹いていたカンタウトーレブームに自らが乗りたくなり、ソロデビュー。70年代後半から80年代初頭にかけて、Festivalbarで優勝するなど、目立った成功を収めます。

1980年代になり女性としての人生の岐路に立つ年齢に達したMarcellaは、結婚&出産の道を選びます。その後カムバックはするものの、スローペースな活動となり、結婚前の小気味よいパンチの利いたヴォーカルの魅力が薄れた分、女の色気で聴かせるタイプに転向して今日に至ります。

兄はソロ活動を次第に終息させつつ、90年代後半からは、Lucio Battisti(1943-1998/享年55歳)とともにイタリア音楽界の革命に一躍買った有名な作詞家Mogol(71)と組み、イタリア音楽界の首領Adriano Celentano(69)に曲を書き下ろす活動を開始。Celentanoのアルバムがリリースされる毎に大ヒットを記録して、今では作曲家の重鎮に位置するような存在になりつつあります。

2001年に「Finalmente insieme(とうとう一緒に)」というアルバムで、デュエットを披露してくれたBella兄妹は、2007年に再びタッグを組み、サンレモ音楽祭に"forever per sempre(いつまでも いつまでも)"で出場しました。ゲストナイトには英語圏のスターThe Supremesをコーラス隊に従えて、国際的な雰囲気の中、堂々としたステージを見せてくれました。

当然そのサンレモ音楽祭のステージの映像をFestaでも紹介しました。ややゴスペルっぽいエッセンスが入った曲ではありますが、変にアメリカっぽくなり過ぎず、イタリア語の歌としての良さが光る楽曲に仕上がっています。

Marcella&GianniBella/ForeverPerSempreそのサンレモ曲を収めたアルバム「forever per sempre」(2007)がMarcella e Gianni Bellaの名義で発売になりましたので、もう1曲兄妹のデュエットで、"Vendetta Tremenda Vendetta(復讐・恐ろしい・復讐)"を紹介。最近のGianni Bellaが得意とする、サウンドも声も低く抑えたカッコ良さが光るタイプの楽曲です。

ちなみにイタリアで話題となったのは、GianniがCelentanoに書き下ろした曲をMarcellaがカバーしている"Apri il cuore(心を開いて)"や"Confessa(告白しろ)"のようです。  

Bella兄妹はこの新作デュエットアルバムの発売に先駆けて、サンレモ音楽祭開催中の時期に「Tutto Bella(全部Bella)」(2007)というお互いの往年のヒット曲のオリジナル音源を収めた2枚組ベストアルバムを発表。

Marcella&GianniBella/TuttoBellaFestaでは、兄Gianni Bellaの代表曲として"Dolce uragano(優しい嵐)"(1980)を選択。iTunesItaliaにおいて、Gianni Bellaのダウンロード数が最も多かったのがこの曲でもありました。高音域を駆使したヴォーカルスタイルのGianni Bellaらしさのある楽曲といえます。当時の最先端楽器だったドラムシンセサイザーの『いかにも』という使われ方が時代を感じさせるものの、安心して聞いていられるサウンドの曲ですね。当時の映像を重ねてお届けしました。小柄で痩せこけた体つきながら、カーリーヘアーにした、マッチ棒のようなシルエットの若き日のGianniの動く姿はなかなか貴重な映像です。

さて、妹のMarcellaは、たくさんのヒット曲も、心に沁み入る隠れた名曲も数あるので選曲に迷いましたが、アレンジの見事さと、それを支える演奏力が味わえる曲の中で、会場のClub ACIDにちなんで、ダンサブルな大ヒット曲"Negro(黒人)"(1975)を選びました。ノリの良さはもちろんのこと、Franco Monardiの指揮するストリングスの緩急ついた挿入が素晴らしいうえ、曲全体を通して暴れまわる複雑なフレーズを奏でるベースのテクニック、派手派手なきらめきサウンドで被さるシンセサイザーなどの掛けあいが見事な楽曲です。

Marcellaをもう1曲。大ヒット曲ではないものの、聞けば聞くほど味が出る隠れた名曲"L'avvenire(将来)"(1974)。イントロのボンゴの響き、生のストリングスの大胆な導入が美しく、歌い出しの抑え気味の歌唱からサビに向けてソウルフルに盛り上がっていく曲調は、まさに1970年代のMarcellaの魅力が凝縮されたような楽曲です。これもまた貴重な1974年当時の、まさに"L'avvenire"を歌うMarcellaの映像を重ねてご紹介しました。イタリアは1970年代半ばでもまだモノクロだったんですねぇ。



こうして、Bella兄妹の大活躍の後も、彼らの成功の後を追っていく、Sicilia出身のミュージシャンが多数頭角を現します。Mario Venuti(44/Siracusa出身)、Carmen Consoli(33/Catania出身)、Filippa Giordano(33/Palermo出身)、今回のFestaの第1部でも紹介したSilvia Salemi(29/Siracusa出身)、Sugarfree(Catania出身)など枚挙に暇がありません。


Sugarfree


PatriziaLaquidaraそして同じCataniaからは、Patrizia Laquidara(35)が登場します。
後に北イタリアのVeneto州に移り住み、ポルトガルのリスボンにも一時期暮らすようになり、やがてイタリアで一番有名な作詞家Mogol(71)の音楽学校で、Veneto&Lombardiaのトラッドコースの奨学金を獲得したのが26歳の時。その後、ポルトガル、アラブ、ギリシャなどのトラッドソングをレパートリーに取り入れて、数々の音楽祭に参加するようになります。それだけ彼女の音楽の興味が多岐に渡るエスノ・ミュージックに及んでいたことが、イタリアを超越した彼女の現在の音楽性のルーツになると思います。

とりわけブラジルの音楽に愛情を注ぎ、ブラジルを代表するシンガーソングライターCaetano Veloso(65)に敬愛を評したアルバムでデビューします。28歳と言う、女性アーティストとしては遅咲きのスタートとなりました。

30歳の時、Bungaro(43/Puglia州Brindisi出身)と共作した"Agisce(実行する)"がスマッシュヒット。この曲はRecanati(Marche州)音楽祭にて、批評家賞を受賞します。この音楽祭での優勝者がそのままサンレモ音楽祭で優勝する快挙(Povia(35)、Simone Cristicchi(30))が続いている事で一躍脚光を浴びるようになった、新人アーティストの登竜門の様相を呈した注目株のフェスティヴァル。

Bungaro

PoviaSimone Cristicchi

 

 

 

 

 

Patriziaも翌2003年、31歳にてサンレモ音楽祭の新人部門に参加し、批評家賞にあたるMia Martini賞およびAlex Baroni賞を勝ち取ります。

PatriziaLaquidara/-indirizzo-portogheseこうしてようやくスポットライトを浴びるようになったPatriziaは、自身名義の2作目であり、カンタウトリーチェとしてはファーストアルバムとなる「Indirizzo Portoghese(ポルトガルの住所)」をリリース。Avion TravelのギタリストFausto Mesolella、Mario VenutiのサポートバンドArancia SonoraのギタリストTony Cantoらと共作しています。また、Mario Venutiとデュエットした"Per causa d'amore(愛のせいで)"をヒットさせます。

ManualeD'Amoreこうして2004年から2006年の長期に渡り、Indirizzo Portogheseツアーに明け暮れ、その間、彼女のオリジンであるトラッドミュージックのイベントも並行して行う多忙な日々を送るようになるPatriziaですが、2005年(33歳)、Giovanni Veronesi監督の映画『Manuale d'amore(恋愛マニュアル/邦題:イタリア的、恋愛マニュアル)』のサントラに採用されるというチャンスを掴み、ポルトガル語詩の"Noite e Luar(夜と月明かり)"を吹き込みます。

2007年になって、ようやく新作アルバム「Funambola(綱渡り女芸人)」を発表。POPSアルバムテイストに仕上げていますが、彼女の複雑な音楽バックグラウンドのエッセンスが散りばめられた、無国籍風ボッサノヴァ的な雰囲気でまとめられています。シングル曲"Le cose(物事)"は、フランスPOPS風とも、ピチカートファイヴ風にも感じる雰囲気の作品。Patriziaのライヴのバックステージの映像を重ねて紹介しました。リハーサルなのか、お楽しみモードなのか判りませんが、3人のミュージシャンが奏でるアコースティック楽器(ダブルベース、アコーディオン、ガットギター)に合わせて、Patrizia自身もトライアングルを手にとって、とてもリラックスモードの中、楽しんで演奏している雰囲気が彼女の人柄の良さを感じさせる映像です。

第3部のラストは、前出の"Noite e Luar(夜と月明かり)"を映像でご紹介。心に染み入る美しいメロディと心が休まる癒し系のアレンジ。そこにウィスパー系のPatriziaのヴォーカルは、とても耳障りが良く、しかも映像では、Patriziaの美しさが一段と引き立っていて、目も耳も充分に楽しませてくれました。

イタリアに限らずヨーロッパや南米の女性歌手を愛する常連tonto氏は、狙い通り心打たれてくれました。また美女マニアの常連さんPunto氏の心のムシも掻き立ててしまったようで(笑)

PatriziaLaquidara_gruこのPatriziaのアルバムジャケットやリーフレットには、隠す部分は隠しているものの、大胆なオールヌードの写真を使用しているのも、男の心に胸騒ぎを起こさせているのも間違いありません。「Funambola(綱渡り女芸人)」というタイトルどおり、『綱渡り』をテーマにしたアルバムらしく、糸で吊るされた折鶴がそのモチーフとしており、Patriziaはヌード姿でその折鶴のポーズを取っているという事のようです。

Continua alla prossima puntata.(つづく)

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5/27・6/24『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)開催決定!

『イタリア音楽&イタリアンブランチ』@Attico

【発売中】当サイト協力日本盤CD / [In vendita]CD della edizione giapponese a cui abbiamo collaborati
当サイトが執筆中のコラム
『イタリアPOPSのススメ』
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ご案内/Guida
2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このWebサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。

FESTA会場で流した音楽や映像には、Webサイト上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、記事を書いた年度に達する年齢で表記しています。

Diamo la festa mensile ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.

Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

L'età degli artisti non è reale, ma anni che compiranno nel anno in cui gli articoli si scrivono.

♪プロフィール
 Profilo

Piccola RADIO-ITALIA

京都のCristinaと東京のYoshioAntonioによるプロジェクト。2人とも音楽業界人ではありませんが、趣味としてイタリア音楽の普及活動を行う際のコードネームが、Piccola RADIO-ITALIA(ピッコラ・ラディオ=イタリア)です。

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい、という目標が込められた名前です。

Cristina da Kyoto e Yoshio Antonio da Tokio, non siamo professionisti nel settore musicale, ma come fan della musica pop italiana vorremmo creare la circostanza in cui si può ascoltarla più facilmente anche qua in Giappone. Sperando questo motivo, il progetto si chiama "Piccola RADIO-ITALIA".

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『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館
『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館

★秋のイタリア収穫祭★東京ガス
★秋のイタリア収穫祭★東京ガス

逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編
【2011年10月1日発売/予約受付中!】逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編
歌詞対訳を監修いたしました!

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『イタリアPOPSのススメ』連載コラム@シーライト パブリッシング

『イタリアブックフェア2011』@イタリア文化会館
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NHK-BShi『Amazing Voice 驚異の歌声』Mina特集
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ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
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【通販限定】VIVA SANREMO! Canzone Collection ビバ サンレモ!〜カンツォーネ・コレクション(CD4枚組/日本盤)
歌詞対訳を監修いたしました!

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「イタリアン・ポップ・ミュージック 50年の変遷」@PolyCultureClubTokyo

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シカゴピザ公式サイトでのイタリア音楽コラム執筆(分社化により現在は該当サイト消滅)

Tra te e mare(海のように)/Laura pausini
Tra te e mare(海のように)/Laura pausini(ラウラ・パウジーニ)
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Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
シングル盤リリース時に歌詞注釈を担当いたしました!

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Opera prima(オペラ・プリマ)/Pooh(プー)
日本盤初リリース時にコラム記事を執筆いたしました!

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