Piccola RADIO-ITALIA

〜イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本に作りたい〜
Gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone!!

Ivano_Fossati

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい
という趣旨で、2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。
FESTA会場で流した音楽や映像には、Web上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

公式facebookページ (facebook ufficiale)
http://www.facebook.com/PiccolaRadioItalia

Ecco il gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone,
e speriamo di creare la circostanza in cui si divertono la musica pop italiana in Giappone
Diamo la festa musicale ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.
Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

第80回イタリアPOPSフェスタ(2012年1月)レポート (その2 / Ivano Fossati, Simona Molinari, Nella Colombo Jula De Palma)

その1はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/archives/51989781.html


第2部

第1部でLaura Pausini(ラウラ・パウズィーニ)の新作アルバム「Inedito」に楽曲を書き下ろし、共演した偉大なカンタウトーレIvano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ/61歳/Genova出身)も2011年10月4日に新作アルバム「Decadancing」を発表していますので、ここで紹介する事にしました。イタリアのアルバムチャートでは初登場時に首位を収めています。

Decadancing

アルバム発売に先行して2011年9月2日にリリースされたシングル曲は"La decadenza(退廃)"。人気TV番組『Che tempo che fa』出演時のTVライブ映像でご覧いただきました。

プロのドラマーとして活躍する息子のClaudio Fossatiがドラムを、Elisaのバックも務めるMax Gelsiがベースを担当しています。

同番組では、アルバムの2曲目に収録されている"Quello che manca al mondo(世界に足りないもの)"も演奏しています。

この世界に足りないもの、Fossati曰く、ほんの少しの静けさと、見聞きしない許しの気持ちだと説いています。

※当サイトでのIvano Fossatiの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Ivano_Fossati


2011年1月に奇跡の来日公演を果たしたSimona Molinari(スィモーナ・モリナリ/日本語表記:シモーナ・モリナーリ/29歳/Napoli生まれL'Aquila育ち)が、2011年10月18日に3rdアルバム「Tua(あなたのもの)」を発表しています。

SimonaMolinariTuaCover

※Simona Molinariの来日公演レポートはコチラ
http://www.bluenote.co.jp/jp/movie/2011/01/_simona_molinari_quartet_suoni.html
http://piccola-radio-italia.com/archives/51900599.html
http://piccola-radio-italia.com/archives/51901516.html

※当サイトでのSimona Molinariの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Simona_Molinari170x170-75

アルバム発売と同時にリリースされたシングル曲"In cerca di te(あなたを探して)"は、イタリア系アメリカ人で、Jazzピアニスト&シンガーソングライターのPeter Cincotti(ピーター・シンコッティ/29歳/New York生まれ)とのデュエット。

この楽曲は1945年にNella Colombo(ネッラ・コロンボ/1927-1999/72歳没/Milano近郊出身)が歌ったのが原曲で、サブタイトルに歌い出しの歌詞"Sola Me Ne Vò Per La Città"が添えられていました。

後にJula De Palma(ユーラ・デ・パルマ)を始め、Gigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクエッティ)、Gianni Morandi(ジァンニ・モランディ)、Johnny Dorelli(ジョニー・ドレッリ)、Gabriella Ferri(ガブリエッラ・フェッリ)、Franco Simone(フランコ・スィモーネ)らがこぞってカヴァーしてきたイタリアではすっかりスタンダードナンバーと化している楽曲です。

Simona Molinariがアルバムタイトル曲に採用した"Tua"も、Jula De Palma(ユーラ・デ・パルマ/現80歳/Milano出身)が1959年のサンレモ音楽祭で歌った楽曲です。

1samremo



Jula De Palmaは、Maestro di Hit Paradeという異名を取ったイタリアPOPS界の巨匠、故Lelio Luttazzi(レリオ・ルッタッツィ)が発掘したことで知られるイタリア歌謡の草分け的な存在の女性歌手の一人。1959年のサンレモ音楽祭出場時は27歳でした。

※当サイトでのLelio Luttazziの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Lelio_Luttazzi

さて、Simonaが本アルバム発売に先駆けて2011年6月10日に発表したシングル曲が"Forse(多分)"。この楽曲はSimonaの自作の曲で、香港のJazzピアニストDanny Diazをフィーチュアリングし、Satchmo(サッチモ)の愛称で親しまれたアメリカ人JAZZプレイヤーLouis Armstrong(ルイ・アームストロング/1901-1971/69歳没/New Orleanz出身)を意識したアレンジが施されています。イタリアでは、2011年のWind Music Awardsのステージで初披露されました。

Simona Molinariの積極的なアジアツアーの成果がこの楽曲とそのvideoclipに集約されているように感じます。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2012年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)

第47回イタリアPOPSフェスタ(2009年2月)レポート (その2 / Ivano Fossati, Fiorella Mannoia, Tiziano Ferro, Franco Battiato)

その1はコチラ


 

Ivano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ/58歳/Genova出身)。

ピアノとフルートを学んだIvanoは、1970年代初頭、RockバンドDelirium(デリリウム)のフロントマンとして大ヒットを飛ばしますが、その直後に兵役に着いたため、事実上Deliriumを脱退した事になります。

兵役終了後はカンタウトーレとして、自らが曲を書き&歌う活動を始めつつ、数々の歌手に曲を書き下ろす名コンポーザー&プロデューサーとしての敏腕ぶりを発揮。

特にMia Martini(ミア・マルティーニ)とのコラボは、Mia Martiniをイタリア女性歌手の頂点へと導くことに成功し、Ivanoの手腕が大きな評価を受けることとなります。皮肉なことにその後のMia Martiniが、Ivanoの影響からなかなか脱却できないジレンマに苦しませてしまう事にもなってしまうほど。

Mina(ミーナ)、Patty Pravo(パッティ・プラヴォ)、Loredana Berté(ロレダーナ・ベルテ)、Fiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)、Anna Oxa(アンナ・オクサ)など、多くの女性歌手たちに積極的に曲を書き、イタリアでは短命で終わりがちな女性歌手たちを、長期に渡って輝かせ、大歌手に押し上げることにも成功した立役者。

こうして女性歌手のブレインとしてのイメージが強かったIvanoですが、1990年代からは同郷の先輩カンタウトーレFabrizio De André(ファブリツィオ・デ・アンドレ)と共作するようになり、特にFabrizioの遺作となったアルバム「Anime salve」(1996)では、Ivanoのクレジットが光る楽曲がいくつか収められていたことから、晩年のFabrizio De Andréの作品の重要な要素として貢献したことも、彼の足跡の中で非常に大きなステップになっているのは間違いありません。

こうして偉大なアーティストたちと対等以上の活動を続けてきたIvanoですが、実は彼らの一回りほど年下であるため、まだ58歳、というのが意外にビックリ。既に燻銀の鈍い光を放つ重鎮として誰もに一目置かれる存在ですから。

Ivano Fossati/Musica ModernaそんなIvano Fossatiの2年振りとなるオリジナルソロアルバムが、2008年10月10日に発売になっています。いつもながら渋すぎる・・・一聴だけでは『地味な作風』としか感じてもらえそうもないアルバムなので、FESTAでは、なかなか紹介できずにおりました。

今回もまた息子のClaudio Fossati(クラウディオ・フォッサーティ)をドラムに起用しています。前出のFabrizio De André(ファブリツィオ・デ・アンドレ)の娘Luvi De André(ルヴィ・デ・アンドレ)のデビューアルバム「Io non sono innocente」(2006)において、Claudio Fossatiはプロデューサー、コンポーザー、ドラマーとしての多彩な顔を見せていましたね。(2006年12月FESTAレポートを参照ください)

まずは、このアルバムの看板曲といっても良い、ノリの良いフォークロック曲"Il rimedio(治療)"を聴いていただきました。これは何回か聞いてみると実に耳残りの良い曲で、このリズムとメロディの心地よさを体感しながら口ずさめる楽曲です。

2曲目は、渋い心象風景を歌った渋い作風の楽曲"D'amore non parliamo più(愛については僕らは語らない)"。

続きを読む(leggere la continuazione)

第31回イタリアPOPSフェスタ(2007年10月)レポート (その1 / Rino Gaetano, Riccardo Cocciante, Mia Martini, Loredana Berte`, Ivano Fossati)

2007年10月FESTA第31回Festaは東京・亀戸の某所にて10/13(土)に開催しました。
参加者数20名+Yoshio@主宰の21名が集まり、少し肌寒い風と早い日暮れに秋を味わいながら楽しみました。
21名の内訳は、男性10名 女性11名、うち、新顔さん2名、イタリア人1名のメンバー構成となりました。

8月をまるまる休んでしまうというイタリアのレコード業界の影響で、8月当月はもとより、9月に入ってもあまり新作アルバムの発売がない状況が続きました。現役アーティストの新作中心に紹介してきた当FESTAも、10月はちょっと立ち止まって、過去に目を向けるラインナップ中心で紹介しました。


 

第1部

既に故人ながら、現代アーティストにも大きな影響を与え続けているカラブリア州出身アーティスト2名を第1部に据えました。

死後20年を経過した21世紀になってから、再び評価が高まるようになったRino Gaetano(1950-1981/30歳没/Calabria州Crotone出身)。2007年になって「Figlio unico(ひとり息子→ユニークな若者)」(2007)というタイトルで初めてのDVDがリリースされました(DVD+CD)ので、映像でRinoの在りし日の姿を拝みました。

"Berta filava"(ベルタが糸を紡いでいた/1976)は、パンチの効いたRinoのシャウト唱法が決まったかっこいい曲で、シングル"Mio fratello è figlio unico"のB面に収められた曲。

 

 

ベルタが紡いでいた絹の糸は、火刑に赴く聖者の装束になっていた
刑の執行中、ベルタは泣き叫んでいた
ベルタはMarioやGinoと一緒に糸を紡いでいたけれど、
生まれた子供は、MarioのでもGinoのでもなかった

こんな内容の歌詞をノリのよいリズムに乗せて力強く歌いきります。

このBertaという名の女性は、8世紀頃のフランク王国の君主・小ピピン(『ピピンの寄進』で有名)の妻であり、ヨーロッパの父とも言われるシャルルマーニュことカール大帝(フランク王国)を生んだ母のこと。彼女は貞淑の誉れ高さで有名で、いわば『貞淑な妻』の代名詞になっているそうです。

1976年にリリースされたRinoの2ndアルバムのタイトルは「Mio fratello è figlio unico」(僕の弟はユニークな若者/1976)。そして2007年、Rinoのこの曲からインスピレーションを得た同名タイトルの映画「Mio fratello è figlio unico」が製作されました。

Mio Fratello e` Figlio Unico1960年代のRoma南部の都市Latina。共産主義に没頭する自信家の兄に対して、不器用な生き方しかできない弟は、出家する道を選び神学校に進みます。しかし壁にぶち当たり、次第に兄と同じ共産主義者へと変遷していくと同時に、兄と同じ女性に想いを寄せる葛藤を描いた作品。政治イデオロギーやキリスト教の世界観など、外国人には理解しづらいテーマながら、イタリアでは老若男女の観客動員に成功した人気作品になっている模様。

Rinoの歌は、臆病者の弟を題材にした内容になっていますし、先の例に漏れず、フランク王国時代の小ピピンと兄カールマンも、家督争いなどの理由から、異母弟のグリフォを修道院に軟禁していますので、時代と事情が違えど、これら3つの事象には、相通ずる世界観を保っています。

こうしたイタリアを取り巻く歴史上の事柄や、政治、生活などを辛気臭くなることなくエネルギッシュに歌い上げたRinoが、死後四半世紀を経過した現代イタリア社会になお、影響を与え続けている理由が垣間見えるような事象です。

Festaの2曲目は、Rinoが1978年のサンレモ音楽祭に出場して大ヒットとなった"Gianna"(1978)。ウクレレを抱えて、能天気なリズムに併せて、トレードマークのシルクハットを被ったRinoが歌い始めます。イタリアでカラーTVが普及し始めた頃だけあって、今もなお色鮮やかな映像の中に、在りし日のRinoが蘇ります。

筆者は当時この曲で初めてRinoを知りましたが、僅か3年後に交通事故により他界してしまったのには、まったく実感が沸きませんでした。また、ほぼ20代で活動を終えたRinoの作品が、後世に最評価される事など、予想などできませんでした。


 

2人目のカラブレーゼはMia Martini(1947-1995/47歳没/Calabria州Bagnara Calabra出身)。1980年代のライブ映像を3月FESTAでも紹介しましたが、Miaの芸能活動をリアルタイムに収録したDVD+CD「Liberamente Mia(ミア、自由に)」(2007)が突如リリースされましたので、再びMia Martiniという『イタリアの至宝』を味わう事にしました。Liberamente Mia

特筆すべき内容は、1960年代にMimi Bertèの芸名で活躍していた頃の映像が収録されている事。早速これをFestaでも紹介。"Ed ora che abbiamo litigato(私たちが口げんかした時)"(1964/17歳当時)。う〜ん・・・噂どおり、イエイエスタイルです・・・RomaのPiper Club出身らしいゴーゴーガールぶり!多くの人が脳裏に持つ、1970年代後半以降の大御所になってからの彼女のイメージに反して、その弾ける若さ、金髪、能天気な曲調、歌って踊るそのスタイル・・・全てが別人のように感じられます。

元はTV番組だったのでしょう、合間にMartini自身がMia Martiniという芸名への改名について語っています。

 

イタリアを象徴する芸名にするため、3つの候補があったわ。
ミア・スパゲッティ、ミア・ピッツァ・・・・そしてミア・マルティーニ

そしてMia Martiniと名乗ってからの映像も、1年毎にびっしりと収録されているのですが、1年違うだけで全く別人のように変化するMartiniの七変化ぶりにオドロキです。ヘアースタイル、髪の色、化粧、衣装などが毎年変わり、それぞれがまた別人に見えるところがスゴイ。

10月FESTAでは10年毎に1曲づつピックアップすることにし、25歳当時のMartiniが歌う"Donna sola(独りの女)"(1972)を紹介。フラワームーブメントの名残を残したスタジオライブで、立ち見の観客に囲まれたMartiniが静かに歌い出します。金髪の髪をショートカットにした、スタイリッシュなルックス。そしてその楽曲は、まるで聖歌のように美しく穏やかなメロディを持っています。そこに力強くソウルフルなMartiniのボーカル。25歳には思えぬ存在感とパワーを映像越しにも充分と感じ取る事ができます。

そして38歳当時の"Lucy"(1985)。静かでシリアスな楽曲が多いMartiniにしては珍しくダンサブルな曲。といっても、彼女の出身地であるCalabria州の民族舞踊をベースにしたもの。ミドルテンポのバラードで歌いだしたと思ったら、サビ部分が民族音楽になるというアレンジ。タンバリンを打ち鳴らし踊るMartiniの姿が拝めます。ロングのカーリーヘアを揺らしながらエネルギッシュに歌うその姿は往年のMarcellaや妹Loredanaにイメージがダブります。

IvanoFossati_HoSognatoUnaStradaそしてこの曲を最後にMartiniは一度、芸能界から引退する事になります。1977年からコラボレーションを始めた偉大なカンタウトーレIvano Fossati(56/Genova出身)への精神的な依存や、彼と作り上げた成功を超えられないジレンマに陥っていたことに加え、彼女の才能と成功への嫉妬から生まれた芸能界での陰湿なMia Martiniバッシングは、既にこの時点でヒートアップしていたことに大きな要因があったようです。

4年間の沈黙後、再びMartiniにカムバックの声がかかります。Ivano Fossatiと作り上げた成功を払拭し、最初からやり直す意味を込めて、1970年代初頭の"Piccolo Uomo"(1972)の作者Bruno LauziとMaurizio Fabrizioのペンになる曲"Almeno tu nell'universo(世界の中であなただけ)"(1989)をサンレモ音楽祭の舞台で発表。後に『Mia Martini賞』と名付けられる『批評家賞』を受賞したこの美しい曲は、その歌いこなしの難しさとともに、偉大な名曲として今日まで、何人かの歌手にカバーされて伝えられて来ています。

Fossatiの幻影から逃れるかのごとく、1990年代前半のMia Martiniは実に多くのカンタウトーレとコラボレーションを実行します。Claudio Baglioniの作品に参加したり、Fabrizio De André、Amedeo Minghi、Enrico Ruggeri、PoohのDodi Battaglia、Enzo Gragnanielloなどから曲の提供を受けたり。

1992年に発表したMartiniの最後の大傑作"Gli uomini non cambiano(男たちは変わらない)"(1992/45歳当時)を10月FESTAではチョイス。サンレモ音楽祭で2位の結果となりましたが、名匠Giancarlo Bigazziが綴った不気味な歌詞と、カムバック後のMartiniが放つ、張り詰めた人間特有の『凄み』が混ざり合った歌唱は、多くのイタリア人の心に衝撃を与えました。


私だって父親に恋する女の子だった
そのためにいつも選択を間違える無鉄砲な娘だった
父の幻影を克服しようとしたけれど 成功した試しは無かった

父の幻影を変えようなんて徒労だった
それには新たな人生が必要になる

家族の中にちょっとした対立が生まれた時期から
私の女としての忍耐は始まった 
嘘つきの初めての男と駆け落ちする映画に 
我を忘れて見入っていた

男たちは変わらない
最初は愛を囁くのに 後では女を捨て去る

男たちは女を変える
女は「なぜ?」と毎晩泣き続ける

それなのに 男たちは女を殺す
悪友たちに 女との事を笑い話にする

私だって最初は泣いた 部屋の隅で 動揺して
私がじっとして動かなかったから
男はそういうことをしたし 理解しようともしてくれなかった

でも私は次第に判ってきた 少し冷血になりながらも
男ってものは 集団の中では邪悪だけど
独りの時は女より臆病だってことが

男たちは変わらない
女を買うのに金を使い 売り飛ばす

夜になっても 男たちは家には帰ってこない
女が望まない事を男はする

男たちは女から生まれて来るのに
なぜこんなに女たちとは違うのだろう

恋人よ 変わる事のできる男たち
それは理想であって 現実には存在しない
それは女と同じぐらい恋をしている男たちだけ

いつの世にもある男と女のすれ違いの歌とも取れますが、当時のMartiniが体感していた芸能界からのバッシングに奇妙に重なる内容が、この曲に凄みを持たせ、3年後に自殺する彼女のダイイングメッセージとも解釈できることと重なって、この名曲の異様な存在感を醸し出しているのではないでしょうか。

 


 

Continua alla prossima puntata.(続く)

第30回イタリアPOPSフェスタ(2007年9月)レポート (その3 / Sandro Giacobbe, Delirium, Ivano Fossati, Ivan Graziani, Paolo Vallesi)

その2はコチラ



第3部は題して、『懐かしいコーナー』

 

1970年代後半〜1980年代にかけて、若手カンタウトーレブームに乗り、ブレイクしたSandro Giacobbe(56/Genova出身)。まさにブレイク中の1970年代後半にGigliola Cinquetti(60/Verona出身)の前座としても来日公演を果たしています。

SandroGiacobbe/TuttaLaVita彼の初期のブレイクの秘密は、一連のLucio Battistiフォロワーの中に属しながらも、今で言う『熟女/人妻ブーム』の先駆けにも匹敵する世界観を持つ歌詞で、オリジナル性を発揮した事と言えます。

年上の既婚女性にひたすら恋焦がれる無垢な青年の気持ちを、スラッとした長身に甘いマスクを持つ、まだ20代前半だったSandroが歌うのですから、きっと多くの熟女を虜にしたことでしょう。(30年前のイタリアのヨン様、といったところ?)

その人妻シリーズの代表作とも言える"Signora mia(僕の奥様)"(1974)を最新アルバム「Tutta la vita(生涯の全て)」(2007)の新録音で紹介しました。

どうして頬を赤らめるのですか
あなたとほんの少し言葉を交わすためだけに参りました
親しくしていただけなくても せめて
少しの望みだけでも与えてください

僕の奥様 僕はあなたの家の前に住んでいます
もう行かなくちゃ でもあなたに告白しなければ・・・

僕の奥様 ご存知ですか
僕の瞳に 何度あなたが止まった事か
まどろむあなたを何度夢見た事か

夜はあなたの部屋の閉ざされた窓を見つめ
いろんなことを想像していました・・・・

でもそれがどんな想像だったのかは
どうかお尋ねにならないでください・・・・

日本語訳をまともに読むと、少々背筋がこそばゆい内容ですが、イタリア語詩では尊敬語である『Leiモード』で全ての歌詞が書かれていてるので、慣れないとナカナカ使いこなせないこのgentileモードの習得のためのイタリア語学習の教材としても適切な歌詞だと思います。

この曲がヒットした同じ年に制作され、後に世界的に公開されたイタリア映画『Travolti da un insolito destino nell'azzurro mare d'agosto(8月の碧い海で非日常的な運命に打ちのめされて)/邦題:流されて…Swept away』(1974)の挿入歌として採用されました。

Mariangela Melato(66/当時33歳/Milano出身)が演じる上流階級の奥様のバカンスの世話役として一緒にヨットに乗り込む事になった使用人役のGiancarlo Giannini(65/当時32歳/Liguria州La Spezia出身)との間に起こる、数奇な運命を描いた傑作映画です。

金持ち特有の我がまま三昧と横柄な態度で、使用人に人間の尊厳を与えず、徹底的にこき使う上流階級の奥様。しかしヨットが遭難して2人だけが無人島に流されると、金の力など無意味となり、使用人の鍛えられた逞しい肉体と狩猟能力が、生き延びるための絶対的な力となり、やがて服従関係が逆転すると同時に、2人の間に愛が芽生えます。そのピークとなるラブシーンで、Giacobbeの"Signora mia"が流されるのですから、非常に感慨深いものがありました。

ちなみに、Giacobbeの『人妻シリーズ』では、1976年のサンレモ音楽祭で3位に輝いた"Gli occhi di tua madre(君のお母さんの瞳)"も有名です。こちらは『私の母に色目使ったわね!』と怒る彼女をなだめる青年の言い訳の歌。『いやいや、お母さんの緑の瞳に恋しちゃっただけだよー、君とお母さんがそっくりだから仕方ないさー、僕のせいじゃないってば』といった内容です。

20代前半の時、こうして年上の女性への憧れを歌に込めたGiacobbeですが、来日時のインタビューでは、『昔は年上に憧れたけれど、今の年齢(20代後半)では、年下の方がいいなぁ』という、ちょっと現金な答え方をしていました(苦笑)。

1970年代後半にその人気に陰りが現れるものの、1980年代初頭に再度ヒット曲を放ちます、それが"Sarà la nostalgia(懐かしくなるさ)"(1982)。愛らしい曲調でGiacobbeの爽やかな笑顔が似合いそうな楽曲。これを2曲目として紹介しました。

その後も1983年、1990年とサンレモ音楽祭に出場、2003年にはチリの国際音楽祭『Festival di Viña』で総合第2位に輝いています。イタリア本国よりも中南米でのスター度が高いGiacobbeの立場を良く現している事実だと思います。

Festa用に当時の映像と、最近の映像を用意していたのですが、荒すぎる画質になってしまったため、映像での紹介は出来ませんでした。しかしながら元映像を見る限り、若い時の王子様然としたスタイルが、50歳中盤を越えた今でも健在なのは凄いことだと思います。



Delirium/Live第3部2組目は、1970-1975に活躍したLiguria 州出身者によるRockバンドDelirium。特に最初期にIvano Fossati(56/Genova出身)が在籍した事で知られていますが、2003年に再結成され、2006年に行ったライブを収録したアルバム「Delirium Live (vibrazioni notturne/夜通しの振動) 」(2007)がリリースしました。

 

結成以来のオリジナルメンバーEttore Vigo(キーボード)、Peppino Di Santo(ドラムス)の2名を中心に、Fossati脱退後からフロントマン役を務めるMartin Grice(ヴォーカル、フルート、Sax)を中心にすえた5名編成。

彼らの復活ステージを見にTriesteまで行ってきたというツワモノ行動派、Poohlover.netのSiriusさんより2007年の最新ライブ盤より選曲&紹介してもらいました。

1曲目は"E l'ora(その時)"(1972)。選曲理由は、Mario Lavezzi作曲&Mogol作詞という鉄壁のコンポーザーコンビに手がけられた楽曲のうえ、Deliriumの音楽スタイルのエッセンスが詰まった曲だから、との事です。

Saxの音色が響き渡り、あちこちに大胆なキーボードワークで音が紡がれるダイナミックなサウンド。ヴォーカルは渋さをチラつかせつつ、コーラスもカッコよく決めています。プログレファンが喜びそうな楽曲だと思います。

2曲目はサンレモ音楽祭出場曲で、イタリアのライブ会場でも最も盛り上がっていた曲"Jesahel(イエザエル/邦題:ジェザエル)"(1972)。サンレモ音楽祭用の曲だからか、彼らが持つウェスタンぽい世界観は残しつつ、大勢で大合唱したくなる歌モノに仕上がっています。

曲の後半はノイズを取り入れたフルートによる乱れ吹きとも言えるソウルフルな演奏。Jethro TullFocus、イタリアではNew Trollsと通ずる表現法を用いています。

サンレモ音楽祭出場時の映像でも、ヒッピーの集団のような格好のDeliriumの面々が演奏し、Ivano Fossatiが歌い&狂ったようにフルートを吹き鳴らしているのが残っています。


 

第3部の最後のアーティストは、故Ivan Graziani(1945-1997/51歳没/Abruzzo州Teramo出身)。

カンタウトーレとしての自身の活動だけでなく、ギタリストとしても数々のアーティストの作品や録音に携わり、そのバラエティ豊かで優れた音楽性と美しい高音ボーカルに絶大なカリスマ性を誇っていたアーティストでした。ステージはもちろんのこと、聴衆の間に分け入って演奏する『ライブ感のある演奏スタイル』が大好きで、死の数週間前までライブをしていたことが記録されています。

Grazianiは、幼少時より音楽とデザインに興味を持ち、やがてギターとドラムを習得し、地元のいくつかのオーケストラで演奏を始めます。1966年にAnonima Soundというバンドでデビューし、Cantagiroコンテスト参加曲"Parla tu(話してくれ)"(1967)をヒットさせます。芸能活動と並行して絵画の勉強を続け、上級グラフィックの学位を習得。さらにUrbino芸術学校の絵画コースにも通っていたようです。

兵役を終えた1972年(27歳)、ソロデビューを果たしますが、当初はセッション・ミュージシャンとしての活動が多く、PFM、Lucio Battisti、Bruno Lauzi、Antonello Vendittiらの助っ人を務めています。やがてMogolとLucio BattistiのレーベルNumero Unoと契約した1970年代後半から、カリスマ・カンタウトーレとして脚光を浴びる時代が到来します。

Ivan Graziani/W Ivanそんな彼の活動の記録が没後10周年となる2007年になって、CD+DVDという資料価値の高い仕様でリリースされました。「W Ivan」(2007)と名付けられたこの作品から、当然DVD映像で彼の軌跡を紹介しました。

1曲目は"Agnese(アニェーゼ)"(1979)。エレクトリックギターのアルペジオというシンプルで落ち着いた演奏に乗せて、Grazianiの魅惑の高音が歌い出します。途中でバンドのメンバーがGrazianiの歌う旋律の上と下に、きれいなハーモニーを付けていきます。、その空間を感じるサウンドが、51歳で逝ってしまった彼の短い人生の儚さと重なり合って、胸が締め付けられます。この曲は彼の作り出す音楽の一つの傾向である『生涯に出会った女性たちを描く』タイプの代表曲と言えるでしょう。映像では彼のトレードマークだった赤いフレームのメガネがイカシテいましたね。

2曲目は"Firenze /canzone triste(フィレンツェ/哀歌)"(1980)。Grazianiを語る上で絶対に外せない曲、否、1980年代のイタリアを代表するヒット曲とも言える名曲です。1970年代の日本の4畳半フォークソング的な抑揚を持ったメロディを持っているので、日本人の心には否応なしに響いてくるものがありますが、やはりそこはイタリア。日本のようなウェット感とは異なり、どこか古き良き時代のヨーロッパ映画のような雰囲気があります。サビの美しいメロディとそれを支えるストリングサウンド。

この美しい曲はGrazianiのような特徴的な声でなければ、その魅力が半減してしまうように感じるところが、すごい。アコースティックギターを抱えて、丁寧に歌い上げるGrazianiの姿にまた異なる魅力を感じられましたねぇ。

フィレンツェは変わることができないって知ってるかい
フィレンツェが愛したのは空気感
街を夢で満たしてデザインしたのさ
でもトスカーナの偉人に作られた大理石の目はとても遠いところを見つめている

我が友バルバロッサ 哲学専攻の学生
つたないイタリア語で 君がフィレンツェに対して言えたいくつかのこと
あぁ、そうだね 判るよ 判る よく判る
君とふたりで共有した愛しの女(=フィレンツェ)
でもこの街には時間が無い
呪わしい憂鬱だけが漂っている

だから僕は哀しい歌を歌うよ
悲しい 哀しい 僕のように悲しい
フィレンツェの事を僕に語る者は もう誰も居ない

フィレンツェの瞳を覚えているよ 不思議な女の目をしていた
激怒してフィレンツェのデザインをヴェッキオ橋から投げ落とした時
『私は貝殻から生まれたの』とフィレンツェは言った
『私の故郷は海 そして川の流れと共に・・・・・・・・ 
いいえ 私には故郷を変えることはできないわ』

我が友バルバロッサ 冒険仲間
もしフィレンツェが居なくなってしまうなら それは僕のせいじゃない
あぁ、そうだね 判るよ 判る 君の人生は変わらないだろう
君は哲学の学位を胸にアイルランドに帰るだろう
でも僕はこの街で何をするのだろう?
呪わしい憂鬱だけが漂っている

だから僕は哀しい歌を歌うよ
悲しい 哀しい 僕のように悲しい
フィレンツェの事を僕に語る者は もう誰も居ない

 

Firenzeという町の栄光の歴史も、『つわものどもが夢の跡』と捉えた途端、侘しさ、虚しさ、儚さが感じられると思います。昔々、Firenzeで悲しい失恋を体験したPくんの心にも、きっとこの曲は深く突き刺さったことと思います。Forza!

この名曲の11年後になる1991年、Paolo Vallesi(43/Firenze出身)が"Il cielo di Firenze(フィレンツェの空)"というタイトルで、Firenzeの没落を描くと同時に応援する曲をヒットさせますが、Grazianiの曲に少なからず影響を受けていると思えます。

Vallesiもやはり『過去の栄光だけにすがって、何も変わらない、変えようとしないFirenze』と歌っていますが、『Firenzeは子供たちにデザインされた街』という設定にしているところが興味深いところ。

Continua alla prossima puntata.(続く)

2013年3月27日創刊!
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イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第5号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第5号

Bell'Italia4/26開催『百花繚乱!イタリア音楽 Part 2』@ベリタリア
講師を務めます。

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第4号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第4号

cronaca139-s日伊協会会報『CRONACA』
コラム『YoshioAntonioのイタリアPOPS小事典』連載中。

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第3号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第3号

公益財団法人 日伊協会会報クロナカ138号
公益財団法人 日伊協会会報クロナカ138号
巻頭特集『豊穣なるイタリアン・ポップスの世界』執筆

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第2号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第2号

CD『永遠のイタリア音楽全集』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『ジリオラ・チンクェッティ/パーフェクト・ベスト』
歌詞対訳を監修いたしました!

CD『永遠のイタリア音楽全集』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『永遠のイタリア音楽全集』
歌詞対訳を監修いたしました!

CD『サンレモ音楽祭ベスト!〜素晴らしきカンツォーネの世界』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『サンレモ音楽祭ベスト!〜素晴らしきカンツォーネの世界』
歌詞対訳を監修いたしました!

「小さな村の物語イタリア 音楽集」(市販版/別選曲)
【2013年5月22日発売】小さな村の物語イタリア 音楽集(市販版/別選曲)
歌詞対訳を監修いたしました!

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』
編集長に就任!

ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX第2弾
【2013年3月発売】ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX第2弾
歌詞対訳を監修いたしました!

ジリオラ・チンクェッティ / シングル・コレクション
【2012年7月5日発売】ジリオラ・チンクェッティ / シングル・コレクション
歌詞対訳を監修いたしました!

逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編(通販限定)
【2011年10月1日発売】逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編(通販限定)
歌詞対訳を監修いたしました!

ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
【通販限定】ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
歌詞対訳を監修いたしました!


【通販限定】VIVA SANREMO! Canzone Collection ビバ サンレモ!〜カンツォーネ・コレクション(CD4枚組/日本盤)
歌詞対訳を監修いたしました!

Piccola RADIO-ITALIA
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ご案内/Guida
2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このWebサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。

FESTA会場で流した音楽や映像には、Webサイト上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、記事を書いた年度に達する年齢で表記しています。

Diamo la festa mensile ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.

Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

L'età degli artisti non è reale, ma anni che compiranno nel anno in cui gli articoli si scrivono.

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Piccola RADIO-ITALIA

京都のCristinaと東京のYoshioAntonioによるプロジェクト。

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい、という目標が込められた名前です。

Cristina da Kyoto e Yoshio Antonio da Tokio, vorremmo creare la circostanza in cui si può ascoltarla più facilmente anche qua in Giappone. Sperando questo motivo, il progetto si chiama "Piccola RADIO-ITALIA".

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イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第5号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第5号

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月例コラム『イタリアPOPSのススメ』

Bell'Italia2/22開催『百花繚乱!イタリア音楽』@ベリタリア
講師を務めました。

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第4号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第4号

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ミュージックラウンドアバウトFM戸塚『ミュージックラウンドアバウト』
雑誌『MusicaVita Italia』特集2013/10/31放送

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第3号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第3号

文化セミナー『イタリアンポップスのすべて』@公益財団法人 日伊協会
文化セミナー『イタリアンポップスのすべて』@公益財団法人 日伊協会
講師を務めました。

公益財団法人 日伊協会会報クロナカ138号
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巻頭特集『豊穣なるイタリアン・ポップスの世界』執筆

イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』第2号イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第2号

CD『永遠のイタリア音楽全集』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『ジリオラ・チンクェッティ/パーフェクト・ベスト』
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CD『永遠のイタリア音楽全集』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『永遠のイタリア音楽全集』
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CD『サンレモ音楽祭ベスト!〜素晴らしきカンツォーネの世界』(2013)
【2013年6月26日発売】CD『サンレモ音楽祭ベスト!〜素晴らしきカンツォーネの世界』
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「小さな村の物語イタリア 音楽集」(市販版/別選曲)
【2013年5月22日発売】「小さな村の物語イタリア 音楽集」(市販版/別選曲)
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イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(MusicaVita Italia)』イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』
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ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX第2弾
【2013年2月末発売予定】ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX第2弾
歌詞対訳を監修いたしました!

2012/6/29開催 - Attico 初夏の『イタリアン・パーティー』
2012/6/29開催 - Attico 初夏の『イタリアン・パーティー』でDJ&VJを務めました!

2012/6/24開催『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)
2012/6/24開催『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)でナヴィゲーターを務めました!

ジリオラ・チンクェッティ / シングル・コレクション
【2012年7月5日発売】ジリオラ・チンクェッティ / シングル・コレクション
歌詞対訳を監修いたしました!

2012/5/27開催『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)
2012/5/27開催『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)で講師を務めました!

『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館
『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館でイベント『イタリアPOPSスペシャル』を担当しました!

★秋のイタリア収穫祭★東京ガス
★秋のイタリア収穫祭★東京ガスで音楽コーナーを務めました!

逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編(通販限定)
【2011年10月1日発売】逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編(通販限定)
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シーライト パブリッシング
『イタリアPOPSのススメ』連載コラム@シーライト パブリッシング

『イタリアブックフェア2011』@イタリア文化会館
『イタリアブックフェア2011』@イタリア文化会館でイベント『イタリアPOPSスペシャル』を担当しました!

NHK-BShi『Amazing Voice 驚異の歌声』Mina特集
NHK-BShi『Amazing Voice 驚異の歌声』Mina特集で資料映像協力しました

ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
【通販限定】ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
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世界の音楽情報誌Latina
Claudio Baglioniインタビュー
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【通販限定】VIVA SANREMO! Canzone Collection ビバ サンレモ!〜カンツォーネ・コレクション(CD4枚組/日本盤)
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「イタリアン・ポップ・ミュージック 50年の変遷」@PolyCultureClubTokyo

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シカゴピザ公式サイトでのイタリア音楽コラム執筆(分社化により現在は該当サイト消滅)

Tra te e mare(海のように)/Laura pausini
Tra te e mare(海のように)/Laura pausini(ラウラ・パウジーニ)
ライナーノーツを担当いたしました!

Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
シングル盤リリース時に歌詞注釈を担当いたしました!

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Opera prima(オペラ・プリマ)/Pooh(プー)
日本盤初リリース時にコラム記事を執筆いたしました!

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