第4部
第3部で紹介したAdriano Celentano(アドリァーノ・チェレンターノ/75歳/Milano出身)とGianni Morandi(ジァンニ・モランディ/69歳/Emilia Romagna州Monghidoro出身)の感動的な共演シーンの後は、いよいよAdriano Celentanoの18年ぶりの単独ライブ『Rock Economy』を収録したDVD「Adriano Live」を紹介しましょう。
2012/10/8-9にArena di Veronaで行われた同ライヴは、イタリア国内は言うに及ばず、遠くはロシアからも熱狂的なファンが詰めかける驚異の一大イヴェントとなり、僅か2ヶ月後の同年12月4日にDVD化されると、集計期間が1ヶ月に満たないながらも年間DVDチャート3位に入る爆発的なセールスを示しました。
その客層は老若男女の比率が極端に偏ることなく、幅広い層が集まっており、Adrianoの登場と共に、この巨大な野外劇場が尋常とは思えない大歓声に包まれるところからも、改めてAdriano Celentanoという当時74歳の歌手が、今もなお現在進行形の国民的大スターであることを如実に物語ってくれます。
この歴史的ライヴのオープニングは"Svalutation(意:過小評価)"(1976)で幕を空けます。
Jovanotti(ジォヴァノッティ)が書き下ろした"La cumbia di chi cambia(意:変わる者のクンビア)"(2011)。クンビアとは、南米コロンビア発祥のダンス音楽のこと。最後の方でオーケストラ指揮のFio Zanotti(フィオ・ザノッティ)とAdrianoの絡みも見どころ。
"L'emozione non ha voce(意:感情は声を持たない)"(1999)は、第2部で紹介したGianni Bella(ジァンニ・ベッラ)が作曲、偉大な作詞家Mogol(モゴール)作詞の感動的な楽曲。
Gianni Bellaが2010年に脳梗塞で倒れ、未だに社会復帰できずにいることは、イタリア音楽界では周知の事実ですので、Adrianoが『我が友ジァンニ・ベッラに捧ぐ』という発言をしただけで、大きな歓声と惜しみない拍手が注がれます。そして『もう一人の友人、モゴールにも捧げる』とコメントされると、カメラは客席に居るMogol本人をさりげなくシュートします。
※当サイトでのGianni Bellaの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Gianni_Bella
"Soli(意:僕らだけ)"(1979)はサンレモ音楽祭優勝歴もあるカンタウトーレのToto Cutugno(トト・クトゥーニョ)が書いて、セルフカヴァーもしている楽曲。
ヒット曲"Il ragazzo della Via Gluck(意:グルック通りの若者)"(1966)では、前奏だけで観客は大盛り上がりし、Adrianoは歌い出し直後に観客に歌を委ねる余裕を見せます。
そしてサンレモ音楽祭2012での共演がきっかけで、この歴史的コンサートにもゲストとして招かれて客演することとなったGianni Morandi。登場シーンの演出も練られており、自身の持ち歌"Scende la pioggia(雨が降る)"(1969)を歌いながら登場し、Adrianoと夢のデュエットを披露します。
※当サイトでのGianni Morandiの紹介記事はコチラ
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後にカンタウトーレとして大成するPaolo Conte(パオロ・コンテ)が作曲、Vito Pallavicini(ヴィトー・パッラヴィチーニ)作詞してAdrianoに歌われて大ヒットし、オリンピックやワールドカップなどイタリアのナショナルチームが活躍する時には、まるで国家のように愛唱される楽曲となった"Azzurro(意:空色)"(1969)
※当サイトでのAdriano Celentanoの紹介記事はコチラ
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注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2013年に達する年齢で表記しています。
次回FESTAは: 6月8日(土)に通常のFESTA形態で開催予定です。









イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』第2号



イタリア音楽専門情報誌『ムジカヴィータ・イタリア(Musicavita Italia)』































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