Piccola RADIO-ITALIA

〜イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本に作りたい〜
Gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone!!

Francesco_De_Gregori

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい
という趣旨で、2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。
FESTA会場で流した音楽や映像には、Web上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

Ecco il gruppo per diffondere la musica pop italiana in Giappone,
e speriamo di creare la circostanza in cui si divertono la musica pop italiana in Giappone
Diamo la festa musicale ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.
Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

第82回イタリアPOPSフェスタ(2012年3月)レポート (その2 / Addio a Lucio Dalla)

その1はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/archives/52001342.html


第2部

rip-lucio-dalla

第2部は、3/1の訃報を聞いて、急遽FESTAのプログラムに差し入れる事にした『Lucio Dalla追悼コーナー』。

もちろんBGMは彼の初期の出世作であり、自身の故郷Bolognaの風物詩であり、そして葬儀の地となった"Piazza Grande(グランデ広場/大広場)"(1972年作品)。

葬儀日のPiazza Grande。参列者は5万人とも8万人とも報じられています。
LucioDalla Funerali

棺の搬入時
LucioDalla-la-bara

lucio-dalla-bara

Lucio Dalla(ルチォ・ダッラ/1943-2012/68歳没/Bologna)は、JAZZクラリネット奏者として音楽家人生をスタートさせたものの、自ら曲を作って歌うカンタウトーレスタイルの音楽活動にシフトし、1971年のサンレモ音楽祭で衝撃的な楽曲(後述します)を歌い、一躍注目を集めるようになりました。

1980年代から1990年代にかけて、音楽家として円熟期を迎え、ジャンルの垣根を越えた活動を行い、イタリアでも屈指の音楽家・作曲家として大成します。

2000年代に入っても2年に1作のペースで新作を発表を続け、ますます円熟味を増し続ける人間国宝的な音楽家だったと言っても過言ではありません。

イタリア国家より勲章(イタリア共和国功労勲章)も2つ授与していることからも、イタリアの至宝と呼ぶにふさわしい存在であることが推し量れるかと思います。

1986年にCommendatore(コンメンダトーレ/意:司令官)、2003年にはその上位となるGrande Ufficiale(グランデ・ウッフィチァーレ/意:上級士官)を授与しています。

※イタリアの勲章については、Webコラム『イタリアPOPSのススメ』をご覧ください。
05.勲章を与えられたアーティストたち
http://www.c-light.co.jp/modules/column/index.php/Iwasa_10/iwasa_10_05.html

※当サイトでのLucio Dallaの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Lucio_Dalla

その死の2週間前にはサンレモ音楽祭2012に元気に出場していたので、誰もLucio Dallaの死など、予想だにしていませんでした。そのあまりの突然の訃報を信じる事が出来ず、イタリア中が深い悲しみに沈んだのは言うまでもありません。

ヨーロッパツアーに出かけた矢先、スイスのMontreuxのホテルでの心臓マヒ。突然死でした。

その3/1朝の訃報は、瞬く間にイタリア中に伝播し、その日行われたイタリアのサッカーリーグ『Serie A』の全てのスタジアムでは、Lucio Dallaの写真が掲げられました。

LucioDalla-SerieA

イタリアでの最後の舞台となったのが、サンレモ音楽祭2012のステージ。若手カンタウトーレのPierdavide Carone(ピェールダヴィデ・カローネ/24歳/Roma出身)をプロデュースする形での共演ステージとなりました。そのオーケストラの指揮をしながら歌う姿にしびれた方も多かったようです。遺作となった楽曲は、このサンレモ音楽祭2012出場曲であり、Pierdavideとの共作曲でもある"Nanì(こびとたち)"

PierdavideCarone-NaniEAltriRacconti

※当サイトでのPierdavide Caroneの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Pierdavide_Carone

そしてサンレモ第3夜の"Viva l'Italia nel mondo"と銘打った『世界に輝くイタリア(の歌)』特集では、デンマークからMads Langerを迎えて、ナポレターナの名曲"Anema e core(アネマ・エ・コーレ/魂と心)"を歌いました。この楽曲は、Lucio Dallaのラストアルバムとなった「Questo è amore(これぞ愛)」(2011)に収録されている楽曲でもあります。

LucioDalla-QuestoE`Amore

Lucio Dalla自身はもともと、サンレモ音楽祭2012に出場する予定は無かったものの、サンレモ音楽祭の総合司会を務める事になったGianni Morandi(ジァンニ・モランディ/68歳/Bologna近郊Monghidoro出身)から頼み込まれため、指揮をしながら歌うという不思議な登場の仕方になりました。

なぜなら、Lucio DallaとGianni Morandiは同郷出身であり、ほぼ同い年ということもあり(Morandiが1歳下)、大親友同士だったから。

サンレモ音楽祭2012出演時
Dalla-Morandi-R2012

その2週間後、Lucio Dallaの棺を前にした痛々しいGianni Morandi
Morandi-BaraDiLucioDalla

この2人は、1989年に「Dalla Morandi」として、歴史に残る共演コンサートも敢行しています。その共演時期に生まれたヒット曲が"Vita(人生)"。不思議な事にこの楽曲はLucio Dalla作ではなく、Mogol作詞、Mario Lavezzi(マリォ・ラヴェッツィ)作曲です。

Dalla Morandi in concerto

※当サイトでのGianni Morandiの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Gianni_Morandi

Lucio Dallaが亡くなったのは3/1ですが、その3日後には満69歳となる誕生日だったため、3/4を葬儀日にすることになりました。3/4が彼の誕生日であることは、イタリアではとても有名なことでしたので(後述します)、ごく自然にそうなったのでしょう。

3/4のこの葬儀日には、たくさんのイタリアPOPスターたちが参列しました。

長年Lucio Dallaの専属コーラスを務めたIskra(イスクラ)
LucioDalla-Iskra

Lucio Dallaの愛弟子だったRon(ロン)
LucioDalla-Ron3

サンレモ音楽祭2012に同じく出場したSamuele Bersani(サムエレ・ベルサーニ)
LucioDalla-Bersani

Ligabue(リガブエ)
LucioDalla-Ligabue

Renato Zero(レナート・ゼロ)背後にLigabue(リガブエ)
LucioDalla-renato-zero-ligabue

Roberto Vecchioni(ロベルト・ヴェッキォーニ)
LucioDalla-roberto-vecchioni

LigabueとRoberto Vecchioniのレアな2ショット
LucioDalla-Ligabue-Vecchioni

Jovanotti(ジォヴァノッティ)とEros Ramazzotti(エロス・ラマッツォッティ)
LucioDalla-jovanotti-Eros

Ornella Vanoni(オルネッラ・ヴァノーニ)とEros Ramazzotti(エロス・ラマッツォッティ)
LucioDalla-eros-ramazzotti-ornella-vanoni

Gigi D'Alessio(ジジ・ダレッスィオ)、Biagio Antonacci(ビァージォ・アントナッチ)、Eros Ramazzotti(エロス・ラマッツォッティ)のレアな3ショット
LucioDalla-D'Alessio-Eros-Antonacci

Pooh(プー)のRoby Facchinetti(ロビー・ファッキネッティ)
LucioDalla-Roby

Gianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)
LucioDalla-gianluca-grignani

Paola Turci(パオラ・トゥルチ)
LucioDalla-paola-turci

ところが、Lucio Dallaのもう一人の大親友Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ/61歳/Roma出身)は、とうとう葬儀に顔を出さなかったそうです。

3/1の訃報を聞いて以来一切のコメントを出そうとせずにおり、単に『molto triste(とても悲しい)』との一言だけを、第三者を通じて伝えたのみに留まっています。

Lucio Dallaとの絆があまりに深く長いものであった故、相当なショックを受けていることが、この2人の歴史を知る者たちには、とても痛々しく感じ取ることができるかと思います。

この2人の歴史的な共演ライヴは1979年の『Banana Republic(バナナ共和国)』。この2人をメインに押し出しつつも、当時はまだ駆け出しのカンタウトーレだった前出のRon(ロン)と、後に独立したバンドとして活躍するStadio(スターディオ)の黎明期の演奏が楽しめるのも、このライヴが歴史に残ると言われる所以です。

Dalla De Gregori / Banana Republic

この『Banana Republic(バナナ共和国)』からDallaとDe Gregoriが共作して、ライヴのエンディングで歌われた楽曲"Ma come fanno i marinai(それにしても水兵たちは何をするのだろう)"を。

その31年後の2010年には再びこの2人が『Work in progress(進行中の仕事)』というプロジェクト名で共演し、また新たな歴史を刻んでくれました。当時のTV番組での共演映像から"Non basta saper cantare(歌えることは充分ではない)"

Dalla De Gregori / Work in progress

※当サイトでのFrancesco De Gregoriの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Francesco_De_Gregori

そしておそらく日本で最も有名なLucio Dallaの楽曲が"Caruso(カルーソー)"(1986)。稀代の名テノールEnrico Caruso(エンリコ・カルーソー/1873-1921/Napoli出身)に捧げられた楽曲ですが、現代の名テノールだったLuciano Pavarotti(ルチァーノ・パヴァロッティ/1935-2007/Modena出身)が歌ったことで世界的に注目された楽曲で、Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)やMina(ミーナ)なども挙ってカヴァーしたこともあり、それほど古い楽曲ではないにもかかわらず、既にセミクラシック的な位置付けの名曲扱いになっています。

Dalla-Pavarotti

Lucio Dalla追悼コーナーの最後は、2011年暮れのTV出演映像から。

1971年のサンレモ音楽祭で歌って一躍注目を集めた楽曲"4 marzo 1943"(1971)。その曲名はLucio Dallaの誕生日そのもの。そしてその歌の内容は、敗戦国イタリアの女性が名前も知らぬアメリカ兵に凌辱されて子供を産み落としたというショッキングなものでした。その父親知らずの子どもの事を、周囲の人々が『Gesù Bambino(幼子イエス)』と呼んで愛しんで育ててくれたという物語。

イエス・キリストが無原罪で生まれた故事から、『父親知らずのその子もイエス様と同じ』という周囲の暖かさでこの物語を締めくくっている訳ですが、その曲名に作者でもあり歌唱者でもある自分の誕生日を掲げたことから、当時Lucio Dallaの登場はセンセーショナルなものとなり、Lucio Dallaの誕生日はこの曲と共に人々の記憶に残り、葬儀もこの日に充てられることになるのです。

1977年に発表した楽曲"Quale allegria(あの陽気さ)"、そして"Anche se il tempo(例え時が)"は、共に前出のラストアルバム「Questo è amore(これぞ愛)」(2011)に収録された楽曲です。

※当サイトでのLucio Dallaの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Lucio_Dalla


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2012年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)

Check

第43回イタリアPOPSフェスタ(2008年10月)レポート (その4)

その3はコチラ



第4部

10月FESTAの最終章は、2人のベテラン・カンタウトーレ。そしてこの2人は30年以上も前からのミュージシャン仲間で、お互いを高め合ってきたことで知られています。

世界の車窓から/イタリア編まずはFrancesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ/57/Roma出身)。1972年にAntonello Venditti(アントネッロ・ヴェンディッティ)とのデュオでデビューし、2作目からはそれぞれソロの活動を始め、今や両者ともがイタリアを代表するカンタウトーレとして第一級の人気と実力を誇っています。

Francesco De Gregoriは、1970年代から1980年代にかけて、芸術家肌の歌詞と土の香りが漂うようなフォークソングスタイルで、一躍注目を集めます。当時放った数々のヒットソングの中には、イタリア人にとってのスタンダードナンバーのような存在になったものも。

2008年2月に発刊された『世界の車窓から』のイタリア編のDVDには、高校生たちが列車の中でDe Gregoriの名曲"Generale(将軍)"を歌っているシーンが収められています。もう30年も前の1978年に発表されたプロテストソングの香りのする作品が、現代っ子にもしっかり定着しているシーンを目の当たりにできるでしょう。

そんな泥臭い作風を瑞々しく歌って一世を風靡したDe Gregoriも次第にRockの作風を取り入れ、やがてエレクトリックギターを手にすることが多くなります。1990年代にはアルバムを2枚しかリリースしなかったので心配されましたが、2000年代になると目覚めたかのようにアルバムを精力的にリリース。エレクトリックギターを手にしたRockサウンドになったといっても、全く時代の流行に感化されていないストレートなRock。それでもヒットチャートの上位に必ず食い込むセールスを収めるなど、イタリア人には愛して止まないカンタウトーレの一人であることをしっかり感じさせてくれました。FrancescoDeGregori/PerBrevita`ChiamatoArtista

2008年3月にリリースされたアルバム「Per brevità chiamato artista(アーティストと呼ばれる簡潔さのために)」は、一転してまるで30年前に戻ったかのような作風に戻り、アコースティックなサウンドでまとめられ、CDの他なんとアナログ盤までリリースされる徹底ぶり。もちろんヒットチャートの1位を記録しました。

最初のシングル曲でありアルバムタイトル曲の"Per brevità chiamato artista(アーティストと呼ばれる簡潔さのために)"を映像で紹介。カントリー調のゆったりとしたワルツで、曲調にぴったりの装いで身を固めたDe Gregoriが歌い出すと、すぐに聴く者を幻想的な世界へ誘ってくれます。


(4'45"から楽曲が始まります)続きを読む(leggere la continuazione)
Check

第39回イタリアPOPSフェスタ(2008年6月)レポート (その1)

第39回Festaは、12名の参加者が集まり、東京・亀戸の某所にて6/15(日)に開催しました。参加者の内訳は男性6名 女性6名(うち、新顔さん1名)。

例月の半数以下という少ない参加者となりましたが、それを逆に利用した企画を盛り込んで、一味違った楽しみ方で開催いたしました。


 

第1部

サンレモ音楽祭2008出場の新人部門出場者とベテラン部門出場者から紹介しました。Giua

まずは新人部門。2008年は個性的なアーティストによる完成度の高い楽曲が多かった新人部門。本来は中心となるはずのベテラン部門がかすんでしまうぐらいでした。新人部門の中ではサンレモ・ラボラトリー出身の歌手が、シード出場のようになっていたのですが、その中の一人がGiua(ジゥア/26/Genova近郊出身)。

"Tanto non vengo(私はあまり来ない)"を歌い、ギターの腕も作曲センスも確かな、貴重な若手女性カンタウトリーチェとしての有望な将来性をプンプンと漂わせてくれました。Festaではサンレモ出場後に発表されたPVで紹介しました。


Giua2曲目は、Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ/57/Roma出身)の"La donna cannoe(大砲女)"のカバー。無骨で男くさいDe Gregoriの世界観を女性歌手がカバーすること自体が珍しいのですが、原曲の良さがまた一段と光る楽曲に仕上がっています。イタリアではギター1本でのミニライブをやっているようですが、器用にギターを弾きこなしながら歌い聞かせるGiuaの魅力が光っているようです。

 


 

さて、ではベテラン部門を代表してMichele Zarrillo(ミケーレ・ザッリッロ/51/Roma出身)。第三夜のPaola & Chiara(パオラ・エ・キァーラ/34・35/Milano出身)を迎えての映像で紹介しました。Zarrilloお得意の、落ち着いた奥行き感のあるバラードです。

続きを読む(leggere la continuazione)
Check
5/27・6/24『イタリア音楽&イタリアンブランチ』(於:アッティコ)開催決定!

『イタリア音楽&イタリアンブランチ』@Attico

【発売中】当サイト協力日本盤CD / [In vendita]CD della edizione giapponese a cui abbiamo collaborati
当サイトが執筆中のコラム
『イタリアPOPSのススメ』
@シーライト パブリッシング
シーライト パブリッシング
fan page in facebook
「いいね!」ボタンをクリック!
ご案内/Guida
2005年4月より毎月1回、通称“FESTA(フェスタ)”と呼ばれるイタリアPOPS鑑賞会を開催しております。
このWebサイトでは、そのFESTAのレポートを中心に、イタリアPOPS(イタリアン・ポップス)を紹介しております。

FESTA会場で流した音楽や映像には、Webサイト上ではご紹介できないのが多々あります。ぜひFESTA会場にお越しください。

記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、記事を書いた年度に達する年齢で表記しています。

Diamo la festa mensile ogni mese da Aprile 2005, dove mettiamo la musica pop italiana.
Qua sul nostro sito, inseriamo dei rapporti sulla ogni festa.

Ci sono tante musiche che non si può mettere nel sito,quindi partecipate alla nostra festa pure!

L'età degli artisti non è reale, ma anni che compiranno nel anno in cui gli articoli si scrivono.

♪プロフィール
 Profilo

Piccola RADIO-ITALIA

京都のCristinaと東京のYoshioAntonioによるプロジェクト。2人とも音楽業界人ではありませんが、趣味としてイタリア音楽の普及活動を行う際のコードネームが、Piccola RADIO-ITALIA(ピッコラ・ラディオ=イタリア)です。

イタリアの家庭でラジオをつけるがごとく、イタリアPOPSを簡単に聴ける環境を日本にも作りたい、という目標が込められた名前です。

Cristina da Kyoto e Yoshio Antonio da Tokio, non siamo professionisti nel settore musicale, ma come fan della musica pop italiana vorremmo creare la circostanza in cui si può ascoltarla più facilmente anche qua in Giappone. Sperando questo motivo, il progetto si chiama "Piccola RADIO-ITALIA".

メッセージはこちらから       messaggio a noi

facebook di YoshioAntonio
livedoor プロフィール

記事検索 / Cerca nel blog
♪月刊アーカイヴ
Archivi
アーティスト名索引
Indice dell'artisti

A  B  C  D  E  F  G  H  I  J  K  L  M  N  O  P  Q  R  S  T  U  V  W  X  Y  Z  #

Lista dei dischi
当サイト協力作品 /
Lavori che abbiamo collaborato

『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館
『イタリアブックフェア2012』@イタリア文化会館

★秋のイタリア収穫祭★東京ガス
★秋のイタリア収穫祭★東京ガス

逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編
【2011年10月1日発売/予約受付中!】逢いびき〜魅惑のイタリアン・ポップス BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」音楽編
歌詞対訳を監修いたしました!

シーライト パブリッシング
『イタリアPOPSのススメ』連載コラム@シーライト パブリッシング

『イタリアブックフェア2011』@イタリア文化会館
『イタリアブックフェア2011』@イタリア文化会館

NHK-BShi『Amazing Voice 驚異の歌声』Mina特集
NHK-BShi『Amazing Voice 驚異の歌声』Mina特集

ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
【通販限定】ジリオラ・チンクェッティ紙ジャケBOX
歌詞対訳を監修いたしました!

世界の音楽情報誌Latina
Claudio Baglioniインタビュー
取材協力いたしました!


【通販限定】VIVA SANREMO! Canzone Collection ビバ サンレモ!〜カンツォーネ・コレクション(CD4枚組/日本盤)
歌詞対訳を監修いたしました!

user_p
「イタリアン・ポップ・ミュージック 50年の変遷」@PolyCultureClubTokyo

header_logo
シカゴピザ公式サイトでのイタリア音楽コラム執筆(分社化により現在は該当サイト消滅)

Tra te e mare(海のように)/Laura pausini
Tra te e mare(海のように)/Laura pausini(ラウラ・パウジーニ)
ライナーノーツを担当いたしました!

Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
Storie di tutti i giorni(過ぎ行く日々の物語)/Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ)
シングル盤リリース時に歌詞注釈を担当いたしました!

operaprima
Opera prima(オペラ・プリマ)/Pooh(プー)
日本盤初リリース時にコラム記事を執筆いたしました!

♪当サイトは携帯からもアクセス可能です!
QRコード
イタリア情報Webマガジン
GEKKAN

ダンテ・アリギエーリ協会東京支部『イタリア語の世界』イタリア情報WebマガジンGEKKAN

当サイトのリンク用ロゴ
Logotipo al sito

Piccola_RADIO-ITALIA


イタリア中部地震復興支援
Amazonイタリア
日本のAmazonとシステムは同じ。同様の設定でスグ買えます!
AmazonJapanでも
イタリアのCD/DVD
入手可能
HMVでも
イタリアのCD・DVD
入手可能!
東京・神保町で
イタリアPOPSが買える
(通販可)

イタリアものCDショップならTACTO

イタリア関連の出版物なら
シーライト パブリッシング

シーライト パブリッシング


SONY製品買うなら
ソニーストア
男性向け商品も充実!
セシール
  • ライブドアブログ