Elisa

2008年06月18日

第39回イタリアPOPSフェスタ(2008年6月)レポート (その3)

その2はコチラ


第3部

6月FESTAのスペシャル企画『参加者からの紹介コーナー』の後半です。

初参加のShowGさんからはElisa(エリーザ/31/Trieste出身)のDVD「Soundtrack Live '96-'06」(2007)より、"Luce/Tramonti a nord est(光/北東への日没)"を紹介してもらいました。それまで英語曲しか発表していなかったElisaが初めて挑戦したイタリア語曲。大御所Zuccheroの協力を得て共作したこの楽曲は、見事、サンレモ音楽祭2001での優勝を勝ち取り、Elisaの分岐点となったとも言えるでしょう。
(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)


2人目はToshieさん。5年ぶりにアルバムをリリースしたLuca Barbarossa(ルカ・バルバロッサ/47/Roma出身)を!とお持込みいただいたのですが、せっかくのNewアルバムをここで1曲だけ紹介するのはもったいないので、初期の作品を紹介していただきました。"La strada del sole(太陽の道)"(1982)。

当時21歳のBarbarossaの声はとてもさわやかで、楽曲も初々しさに満ちています。『デビュー曲」としてご紹介いただいたのですが、調べたところ、デビュー2年目に3枚目のシングル曲として発表された、アルバム未収録曲だったようです。(後にデビューアルバムがCD化された際にボーナストラックとして追加された模様)

近いうちにFESTAで本格的に紹介しましょうね、Toshieさん!


3人目はtontoさん。『僕らのような団塊の世代の心の琴線に触れる曲調とグラフィティです。』と紹介してくれたのが、Anastasia Dellisanti(アナスタスィア・デッリサンティ)の"Un'immagine di noi(私たちの偶像)  

この曲には、60年代から70年代にかけて世界中を席巻したアーティストの名前が、走馬灯のように登場します。

Iron Butterfly(アイアン・バタフライ)、Doors(ドアーズ)、Cream(クリーム)、Pink Floyd(ピンク・フロイド)、Bob Dylan(ボブ・ディラン)、Joan Baez(ジョーン・バエズ)、Joe Cocker(ジョー・コッカー), Cat Stevens(キャット・スティーヴンス)、 Leonard Cohen(レナード・コーエン)、Jimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)、Janis Joplin(ジャニス・ジョプリン)

これらのアンダーグラウンド・ミュージックを聞きながら
私たちは夢を見ていた・・・
かつてない偶像を夜な夜な創造していた・・・
世界は変わらなかったけど、私は変えたし、君も変えた

でもアンダーグラウンドの時代は終わり
私たちが信じていたヒーローたちも終わった
ジミやジャニスよ、永遠にさようなら
夢は君たちと共に死んでしまった

なんだか、とってもやるせない気持ちになる歌です。


4人目はEmikoさん。イタリアものの品揃えに情熱を注ぐCDショップTACTOのオーナー夫人であります。特に何も用意してこなかったとのことでしたので、リクエストをいただいたところ、再びPatty Pravo(パッティ・プラヴォ/60/Venezia出身)のリクエスト。

近いうちにPatty PravoをFESTAできちんと紹介する予定にしていたので、名曲を外してリクエストしていただき、初期のヒット曲から"Ragazzo triste(哀しき少年)"
(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)


さて参加者によるコーナーのオオトリの座を射止めたのは・・・第1回FESTAからのリピーターさんであり、イタポ情報の日本語版百科事典とも言われるPOP! ITALIANOのWebマスターでもあるkazumaさん。イタポの情報量だけでもスゴイのですが、鉄道写真の世界でも、雑誌に車両の形式写真が採用されるほどの鉄道愛好家でもあります。

そんな『歩く字引き』のkazumaさんが紹介してくれたのは、Franco Fasano(フランコ・ファザーノ/47/Liguria州Savona近郊出身)の"Per niente al mondo(世界の何物にも)" Flavia Fortunato(フラヴィア・フォルトゥナート/44/Calabria州Cosenza出身)とのデュエットとなるサンレモ音楽祭1992出場曲です。

Franco Fasanoは作曲家としては、Fausto Leali(ファウスト・レアーリ/64/Brescia出身)に書いた"Mi manchi(君を想う)"や"Ti lascerò(君の思う通りにさせるよ)"などの名曲で知られていますが、歌手としてはあまり表舞台で活躍せず、アルバムも寡作です。近年は子供の音楽祭Zecchino d'Oro(ゼッキーノ・ドーロ)に積極的に曲を書いているようです。



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)

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2008年01月26日

Elisaからメールを貰いました!

Elisa/CaterpillarElisaからメールが届きました!

1月FESTAでElisaのライブDVDを紹介し、大ヒット曲“Gli Ostacoli del cuore”を課題曲として参加者全員で歌って楽しんだこと、そして筆者がELISAのマルチ言語サイトの日本語版エディターを努めている事に対しての御礼のメッセージ内容になっています。

 

" Hello Yoshio!"
Thank you very much for your support!
I would love to come to Japan and perform!
It's so sweet of you to teach "Gli Ostacoli del cuore"
to your friends.
We would love to see it and hear it if you have it on video!
Thank you for the party and the idea!
I hope we will meet soon.
Take care
With love
Elisa

“ハロー ヨシオ!”
あなたのサポートにとっても感謝しているわ!
私は日本に行って演奏してみたいと思っているのよ!
あなたが“Gli Ostacoli del cuore”を友達に教えてくれたこと
とっても素敵なことね。
もしビデオに撮っていたら見せて、
聴かせて欲しいわ!
そのパーティとそのアイデアに感謝!
まもなく私たちが出会えることを願っているわ。
じゃあね
愛をこめて
エリーザ

過密スケジュールの中にも関わらず、日本人に判り易い英語のメッセージで、我がFESTAにエールを送ってくれたこと、とてもうれしく思います。Elisaらしい繊細な気遣いだと思います。

本当に日本で演奏してくれるよう、しっかり応援していきましょう!
皆さんもELISAへのメッセージをぜひ、このブログのコメントとして書いていってくださいな。
きっとELISAも見てくれると思いますよ!

Grazie mille, Elisa! Sei un tesoro!



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2008年01月17日

第34回イタリアPOPSフェスタ(2008年1月)レポート (その3)

70/00その2はコチラ



RONから届いたメール

第2部の最後にRONの「Rosalino Cellamare in concerto」のDVDを紹介した後、RON本人から届いたメールを紹介しました。

RISPOSTA RON [Fri, 11 Jan 2008 09:22:43 +0100]

CIAO YOSHIO, E' UN PIACERE CONOSCERTI...
MA E' ANCHE UN PIACERE SAPERE CHE TI PIACE LA MIA MUSICA...
E CHE VUOI CONDIVIDERLA CON I TUOI 40 AMICI....
POSSO VENIRE ANCH'IO? ....MA SEI IN GIAPPONE O IN ITALIA?...
PERCHE' SE SEI IN GIAPPONE SAREBBE UNA BELLISSIMA OCCASIONE
PER VISITARE IL TUO PAESE CHE MI AFFASCINA MOLTO.....
COMUNQUE VADA, SAPPI CHE SABATO SARO' CON VOI...
SICURAMENTE COL MIO CUORE E CON LA MUSICA....
POI....SI VEDRA'....
UN ABBRACCIO SINCERO A TE E AI TUOI AMICI...

A PRESTO
RON

 

RONからの返信 [Fri, 11 Jan 2008 09:22:43 +0100] 

チャオ、Yoshio, 君と知り合えて嬉しいよ・・・
君が僕の音楽を気に入ってくれていると知って、さらに嬉しく思うよ・・・
僕の音楽を今回、君は40人の友達と分かち合いたいんだね・・・
僕も行っていいかい?・・・それにしても君は日本に居るの?イタリア?・・・
もし日本に居るのなら、とっても良い機会だよね
僕をとっても魅了する君の国を訪れることができるのだから・・・
ともかく 土曜日は僕は君たちと一緒にいるってことだよ・・・
確かに 僕の心と音楽は・・・・判るだろう・・・
君と君の友達に心を込めて抱擁を・・・

またね
RON

Ron/InConcerto今回のFESTAで、このDVDを紹介することをRONのサイトからRONのパーソナル・マネージャー宛に送っておいたのですが、FESTAの前日に、幸運にもRON本人のメールアドレスからFESTAへの応援メッセージが届いたのです! 何て律儀な人なんでしょう!

それに『僕も行ってもいいかい?』なんて気の利いたセリフ。泣かせます。

『土曜日は僕は君たちと一緒にいるってことだよ』のところで、FESTA会場からも大きな拍手が沸き起こりました。

昔、イタリアのテレビ番組に『Mi ritorni in mente』という、Lucio Battistiの曲名をそのまま番組名に掲げたものがありました。一般のファンが集まったリビングルームのセットに、毎回、歌手がゲスト参加して、膨大なRAIの映像ライブラリーの中から、その歌手自身やゆかりのある歌手の過去の映像を鑑賞するというスタイル。ゲスト歌手自身から当時のエピソードを披露してくれたり、その場で即興演奏することだってある、という夢のような番組。

もし、今回RONが実際に来てくれたら、当FESTAはその番組と同じスタイルとなりましたね。


第3部

Francesco De Gregori第3部は、今回紹介した4人の歌手の曲をオリジナルを聴きながら歌って覚えるコーナー。今回は年代順に歌ってみました。

1曲目は

(おやすみ 小さな花よ)"(1973)。ほのぼのとした可愛い感じの曲調で、70年代の曲らしく歌い易さが魅力です。しかしこの歌は恋人の突然の事故死の哀しみから立ち上がろうとする、残された男の生き様を歌った、De Gregori自身の実体験だと言われている曲。2007年3月FESTAで歌詞の意味も含めて紹介してありますので、ご参照を。

70/002曲目はRonの"Joe Temerario(向う見ずのジョー)"(1984)。やや節回しが早くなり、曲としての難易度がやや上がりますが、軽快な曲に乗って歌うので、大勢で楽しさを感じ易いタイプの曲ですね。

アクロバット飛行のパイロットが、まだお話しができない赤ちゃんの息子と、もし話し合うことができたら・・・というバーチャルなシチュエーションの元、『向う見ずのジョー』と呼ばれるようになった曲芸飛行士の孤独な生き様を歌い上げています。

The Best of Laura Pausini: E Ritorno Da Te3曲目はLaura Pausiniの"Incancellabile(消し去る事ができない)"(1996)。恋人を盲目的に愛する若い女性の不安定な気持ちを見事に表現した愛の歌。繰り返されるのは、Tu non lasciarmi mai! Tu non lasciarmi!(私を決して離さないでね)という不安に駆られた懇願と、Incancellabile tu sei oramai(もう今ではあなたは消し去る事ができない存在)という諸手を挙げての全面降伏のセリフ。当時22歳のLauraが全てを委ねていた、24時間一緒に居るマネージャーAlfredo Cerrutiに対する忠信的な恋心を現すかのような歌に仕上がっています。

しかしながらこの曲は、どちらかというと男性に好まれる曲のようで、聴いていて心地がいいんですね。男性にとって、女性からこんな献身的な愛の言葉を囁かれるのは。現実には『消し去る事が出来ない』ほどまで後を引く恋愛って、男性には多いようですが女性には少ないという説があります。

イタリア語の感覚で語るなら、男性の過去の恋愛って『半過去(imperfetto)』タイプなんですね。imperfetto=不完全、すなわち『未完了』のニュアンスがある。過去に終わった事ではあるのだけれど、まだどこか気持ちが続いている。未練は無くなっていても、心の奥底では『なかなか会えない遠い親戚』みたいな中途半端な位置付けで残っているものです。例:Lei era la mia ragazza.

ところが女性にとって過去の恋愛は『遠過去(passato remoto)』タイプ。remotoとは、時間的にも空間的にも『遠い』ことを意味します。完全に終わってしまった、歴史上の出来事と同等の大昔の話に近い感覚、といったところでしょうか。例:Lui fu il mio ragazzo.

案の定、この楽曲"Incancellabile"は、男性作詞家Cheope(名作詞家Mogolの息子)のペンに寄る作品。

Caterpillar練習曲の最後は、Elisaの"Gli ostacoli del cuore(心の中の障害物)"(2006)。こちらはオリジナル音源から、Ligabueとのデュエットしているヴァージョンで歌ってみました。耳馴染みの良いメロディと平易な節回しと単語で、初めての方でも歌い易い曲で、練習曲として最適だったと思います。

こうして本格的なカラオケコーナーへ突入する前のウォーミング・アップが完了し、最後のカラオケ・コーナーへ突入しました。


今回のFESTAでピュウ・イタリアとの合同形式を終了し、2月より従来のオリジナル作品をたくさん紹介するスタイルに変更いたします。
次回は2/9(土)開催予定です。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。



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2008年01月15日

第34回イタリアPOPSフェスタ(2008年1月)レポート (その1)

第34回Festaは、12月に引き続きピュウ・イタリアとの合同イベントの形式を採り、東京・渋谷Studio SPLASHにて1/12(土)に開催しました。

30名を超えるメンバーが集まり、ライブ映像鑑賞・イタリアの大物アーティストの曲のミニ講座、カラオケタイム、そして嬉しいお知らせ!と企画盛りだくさんでした。


第1部

FrancescoDeGregori/Left&Rightベテランの大御所、Francesco De Gregori(57/Roma出身)のNewライヴアルバム「Left & Right」(2007)のDVDより、"La donna cannone(大砲女)"(1983)の野外ライブの映像を。印象的なイントロのピアノの伴奏のみで奏でられるしっとりとした曲で、サーカスの人間ロケットを演じる女性の悲哀や彼女に対する愛情を語るように歌います。街のpiazzaで行われたらしい、夜のライブ映像が、この曲を見事に演出しているような、渋い曲ですね。

2曲目、"Vai in Africa, Celestino!(アフリカに行け、チェレスティーノ!)"(2005)は、スタジオライブ。というか、レコーディング中の通しリハのような映像。若き頃、イタリアのディランの異名を取ったDe Gregoriらしい(Bob Dylanっぽい?)楽曲。

Celestinoとは誰なのか?の問いに対し、De Gregoriは『法王チェレスティーノ5世』をイメージしたと、インタビューで答えています。チェレスティーノ5世とは、日本ではケレスティヌス5世(1215-1296)という名前で知られています。

禁欲主義の高徳な修道士として充分な修行を積んだ後、教皇に選出されるも、その絶対的な権限と立場を好まず、『教皇は辞任できる』という法令を作ってまで自主的に退位。

その後は、あらぬ理由で捕らえられて幽閉の身のまま亡くなったという、修行僧ならではのストイックな人生だったようで、死後、聖人に昇格され、彼の命日である5月19日の聖人となります。

ちなみに教皇区の外でミサを行うことを望んだ初めての法王、という点もキリスト教史の中では重要ですから、この事実からDe Gregoriは、"Vai in Africa, Celestino!(アフリカに行け、チェレスティーノ!)"というタイトルの曲を作ったのではないでしょうか。



第1部2人目のアーティストは、Elisa(31/Trieste出身)。2006年暮れに発売した10周年記念ベストアルバム「Soundtrack '96-'06」が2007年のイタリアで大ヒット。そのツアーの音源と映像を収めたCD+DVDとして「Soundtrack '96-'06 Live」(2007)がリリースされました。

もちろん、そのライブ映像からまずは"Eppure sentire(Un senso di te)(それでも聴くこと/あなたの感覚)"。これは前出のベストアルバム「Soundtrack'96-'06」に収められた4つの新曲のうちの1曲。しっとりとした囁くようなコーラスに乗せて、これまたつぶやく様な静かで丁寧な歌い方が、質素で飾り気の無いElisaの人柄にぴったりマッチした楽曲。詩の内容も非常に奥ゆかしい内省的な世界。Elisa/SoundtrackLive

"Una poesia anche per te(あなたにも一編の詩を)"は2005年のヒット曲。歌い出しは変わらず内省的な雰囲気で始まりますが、サビに入ると、実に耳心地の良く覚え易い、穏やかなメロディとElisaの美しい高音の魅力が合わさった魅力に包まれます。この曲にはFesta会場からも大きな拍手が沸き起こりました。

3曲目は"Almeno tu nell'universo(世界中であなただけには)”(2003)。過去のFestaでも何度か書けたことのある曲で、故Bruno Lauziが故Mia Martiniに書いた名曲をElisaがカバーして大きな話題となり、リバイバルヒットに成功しました。同年のイタリア映画「私のことを覚えていて(Ricordati di me)」のエンディング・テーマに抜擢されました。Godinのガット・ギターを抱えたギタリストとステージに直に腰掛け、ギター1本の伴奏に併せて、Elisaはうっとりと、囁くような声で歌い上げます。これまたFESTA会場でも大喝采が沸き起こりました。

最後の曲は2007年の大ヒット曲となった"Gli ostacoli del cuore(心の中の障壁)"。名実ともにイタリア・トップのロック・スターLigabueがElisaに書き下ろした楽曲で、ほとんどの楽曲を英語で歌うElisaの数少ないイタリア語曲は、ほとんどがバラードだったものの、弾けるPOP/ROCKのイタリア語曲に仕上がったのが特筆するところ。ステージでも今までのバラードのステージが夢だったように、Elisaはクルクルと回りながら、エネルギッシュなステージ・パフォーマンスを見せ付けます。

比較的単純なメロディですが、サビ部分が魅惑的で覚えやすく、一度聴いただけで耳の奥底にこびり付いてしまうほどの魅力を持った楽曲。歌詞は平易な単語ばかりで、何一つ難解な単語は使っていないのですが、非常に内面的な世界観で、訳すことが難しい楽曲。

後半、Elisaは観客にマイクを向けて歌わせる部分がありますが、これはオリジナルではLigabue自身が歌っている部分。さすがのElisaといえども、トップ・スターのLigabueをツアーに引きずり出すことは出来なかったようですね。

2007年の「Soundtrack'96-'06」の大ヒットの中、Elisaはその海外向けエディション「Caterpillar」の準備を始め、イタリア国内仕様の「Soundtrack'96-'06」とは、若干異なる収録曲へ変更した上に、何曲かをアレンジし直して収録しました。2007年夏からヨーロッパ各国、アメリカ、イタリア(限定発売)向けにリリースが始まっていますが、2008年にはとうとう日本でも発売される予定が入っているようで、日本盤には2曲のボーナストラックが追加される、という仕様まで決まっているようです。ご期待あれ!

またこの海外向けアルバムが世界各国で発売される事に呼応して、多言語でElisaを紹介するページを作ろうという企画が起こり、その日本語版のエディターを私・YoshioAntonioが務めています。アクセスはこちらから。


Continua alla prossima puntata.(続く)



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2007年01月17日

第22回イタリアPOPSフェスタレポート (第1部)

Burn_neon2007年最初となる1/14(日)の第22回Festaは、ミュージック・ラウンジ♪バーン(東京・江東区)にて開催。

参加者数19名+Yoshio主宰の20名(男性11名+女性9名)。うち、新顔さん2名の参加となりました。



第1部

時は1960年代。日本と同じく敗戦国であるイタリアでも、高度経済成長を続ける社会経済に対する危機感や資本主義への反発のムーヴメントが沸き起こりました。エコノミックアニマル化し人間性を喪失するのを恐れ、無政府主義や自由主義を求める運動になりました。

そのムーヴメントの中心地Genovaで毎晩のように集っては詩や音楽の方法論について議論を戦わしていたという若き音楽家の卵たち。彼らの手法は“アルプスの向こう側”の文章法を取り入れ、詩と音楽が相互刺激しあう世界を目指しました。やがて頭角を現すのが、Fabrizio De André(1940-1999), Luigi Tenco(1938-1967), Umberto Bindi(1932-2002), Gino Paoli(73), Paolo Conte(70), Bruno Lauzi(1937-2006)らの面々。彼らは「Scuola genovese dei cantautori」(ジェノヴァ派カンタウトーレ/自作自演歌手)と呼ばれるようになりました。

既に彼らの半数が他界してしまいましたが、2006年10月24日、Bruno Lauzi(アフリカ/エリトリア国生まれ〜Genova育ち)もまた、現世から姿を消してしまいました。享年69歳。晩年はパーキンソン病に冒され、半身麻痺状態であったものの、恥じることなくTV出演し、執筆活動やスタジオワークなども勢力的に取り組んでいました。

BrunoLauzi3CD1月FESTAの幕開けは、Lauziの死に哀悼の意を表し、独特の風貌と味わいのある世界観と声で大衆に親しまれてきた彼の作品を3枚組CD「Le mie canzoni」(2006)より紹介。

1965年リリースの1stアルバムに収められた、最も初期の曲でありながら不朽の名作となった"Il poeta(詩人)"。
つぶやくように、時には語りのように歌う、どこか「シャンソン的」でありながら、イタリアらしいメロディも感じさせる曲調。
歌詞は、自殺してしまった詩人のことを、残された人に語り伝える内容になっています。

夜な夜な街のカフェに友人と集まり、車や女の話に興じ、
スコポーネ(イタリアのトランプ遊び)をすれば、
「街の帝王」の異名を取る位の腕前を誇っていた男。
そんなどこにでも居るイタリア男は、いつも「君」の事を話していた。
(この「君」は彼の恋人とも、肉親とも、音楽や思想とも解釈できます) 
でもある夜、「君」の事を話しながらスコポーネをしていたら、
1点負けてしまった・・・・無敵だった彼が・・・

そしてある夜、彼は精神錯乱し、自殺をしてしまった・・・・
とても残念だ・・・・彼は特別な男だったから・・・・
彼の死後、人々は言う、愛を歌わせれば最高の「詩人」だったと。
それでも、死より大事なものがあったのだろうか・・・・
もう「君」の事が話せなくっなってしまっても・・・・

歌詞中の「街の帝王」は、"il ras del quartiere" と歌われておりますが、この"ras"はイタリア語ではなく、エチオピア語。彼がエチオピアと隣接するエリトリア生まれであるアイデンティティもこの一語に込められています。(注:エリトリアは第一次世界大戦〜第二次世界大戦のイタリア敗戦までイタリア領)

この歌が作られた2年後、Lauziの親友であり同じGenova派の担い手であったLuigi Tencoがサンレモ音楽祭出場中、錯乱して自殺を遂げてしまいます。第一発見者は当時Tencoの恋人だったDalida(1933-1987)。死後、Tencoは当代随一の詩人として再認識されていく事になりますので、奇しくもこの2年後の事件を予言していたような数奇な曲です。

1曲目が美しくも暗い曲だったので、2曲目は明るい曲を。1975年に子供向けの曲として大ヒットした"La tartaruga(亀)"。子供たちの合唱も入り、明るく楽しいLauziの面も楽しんでもらいました。

Lauziは自作自演のカンタウトーレでありながら、他人の曲も積極的に歌うし、他人に曲を提供することにも積極的でした。
イタリア音楽の革命児Lucio Battisti(1943-1998)、同じGenova派のPaolo Conte(70)、アメリカのPaul Simon(66)などの曲を歌い、作者としてはMia Martini(1947-1995)、Ornella Vanoni(73)、Marcella Bella(55)、フランスのGeorges Moustaki(73)などにも曲を提供しました。


ElisaSoundtrack1989年にLauziがMia Martiniに書いた"Almeno tu nell'universo(宇宙であなただけは・・・)"は、彼女の代表曲にも挙げられるほどの成功を収めた作品。これを若手カンタウトリーチェ(自作自演女性歌手)のElisa(30/FriuliVeneziaGiulia州Monfalcone出身)がカヴァーしているので、待望のベストアルバム「Soundtrack '96-'06」(2006)の限定版のDVDから映像でご紹介。

Elisa Almeno tu nell'Universoデビュー当時のLaura Pausini(34)のような清楚でナチュラル感溢れるたたずまい。そのルックスにぴったりマッチする透明感あるクリスタル・ヴォイスと抜群の歌唱力。歌詞に込められた移ろい易い世界観を見事に現代に蘇らせています。

2曲目はCDに収められた3曲の新曲の中から"Gli ostacoli del cuore(心の中の障壁)"。絶大な人気を誇るイタリア随一のロックスターLuciano Ligabue(48)がElisaに書き下ろした曲で、自らも曲の後半から登場&デュエットしています。サビの繰り返しが非常に耳心地よく、一日頭にこびりついてしまうほどの魔力を持っています。

3曲目はElisaのオリジナルで2005年のヒット曲"Una poesia anche per te(あなたへもこの詩を)"の映像。ゆったりとした情緒溢れるバラード。清清しい野辺で風に吹かれて佇むElisa。そして白人、黒人、東洋人など、様々な人種の少年少女が登場。最後はElisaを中心に集まり、カメラ越しに微笑みを投げかけて来ます。これまたLaura Pausiniの"Gente"のプロモビデオを髣髴とさせる映像でした。

Elisaは幼少期から音楽、絵画、ダンス、小説書きに親しみ、イギリスの詩人Rudyard Kiplingやロックスター&詩人のJim Morrisonに影響を受けます。16歳で敏腕プロデューサーCaterina Caselli(61)に見出されたものの、18歳でアメリカのBerkeley音楽院に留学。現地でCorrado Rustici(Napoli出身ギタリスト→米でWhitney Houstonのプロデューサとして大成功)に出会い、英語曲ばかりのアルバムをリリース。イタリア帰国後も英語のみで曲を作るスタイルを続けます。2000年の暮れ、英語で作った曲に後からイタリア語の歌詞を当てはめた"Luce - tramonti a nord est(光 - 北東への日没)"で、翌2001年のサンレモ音楽祭に出場。彼女にとって初めてのイタリア語で録音した曲にも関わらず、優勝の栄冠に輝きます。

その後は英語で作り&歌うスタイルは踏襲しながらも、僅かにイタリア語の曲にも取り組むスタイルが続いています。
英語圏文化指向が強い現代のイタリアの若者には、自由に英語を操る彼女のスタイルが好まれるようですが、イタリア音楽ファンとしては、もう少しイタリア語曲の比重が増えて欲しいと望まざるを得ません。歌手としてもソングライターとしても素晴らしい資質を持っている次世代を担うアーティストなのですから。


FiorellaMannoiaOndaTropicale第1部のラストは、イタリアでは貴重な中堅層の実力女性シンガーFiorella Mannoia(53/Roma出身)の新作アルバム「Onda tropicale(熱帯の波)」(2006)を、常連のtonto氏から紹介いただきました。このアルバムはブラジルPOPSのカバー集。とても心地良いラテンPOPに仕上がっていますが、tonto氏曰く、イタリア語メインの歌詞でありながらも、デュエットしているブラジルのアーティストたちがメインになってしまっていて、Fiorellaのアルバムになっていないのが不満とのこと。従ってアルバムに収められた唯一のFiorellaのソロ曲"Vivo!(私は生きている!)"を選曲。夏のリゾート地の午後、まったりと過ぎる空気間が漂う、気だるさの中の心地良さを味わえる曲。

このアルバムはもちろん、ここしばらく彼女のアルバムをサポートしているギタリストとFiorella は、プライベートでも「良い仲」ではないのか?とtonto氏から疑惑の提出がなされましたw
彼女の私生活については残念ながら知りませんが、改めて彼女の経歴を調べたところ、意外なキャリアの持ち主であることが判りました。音楽界で活躍する以前は、映画界で子役やスタントガールをやっていたとのこと。女優Monica Vitti(76/Roma出身)の子供時代の代役としても活躍していたとの事です。

Continua alla prossima puntata(つづく)



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