Elisa
2010年03月03日
第59回イタリアPOPSフェスタ(2010年2月)レポート (その4)
第3部
FESTA第3部は、サンレモ音楽祭2010の第3夜、別名『Serata Leggenda(伝説の夜)』にゲスト出演した豪華な実力派アーティストの中から、女性アーティストにスポットを当てて紹介しました。
『Serata Leggenda(伝説の夜)』とは、サンレモ音楽祭の60周年を祝うべく、サンレモの歴史に残った名曲を再現するというテーマを持たせたコーナーです。
今回の60周年記念事業の目玉企画のひとつとなったのは、1951年の第1回サンレモ音楽祭の初代優勝者Nilla Pizzi(ニッラ・ピッツィ/91歳/Bologna近郊出身)の生出演でした。
彼女より一世代若い層の歌手たちですら、多くが既にこの世を去ってしまっている中、90歳を超えてなお、お元気なその姿と、何よりも一度歌い出したら年齢を全く感じさせない、まさしくプロの歌手そのもののパフォーマンスで、まさしく『サンレモの女王』の風格を魅せ、大きな感銘を与えてくれました。
FESTAでは、Carmen ConsoliらにアテンドされてNilla Pizziが登場し、"Vola colomba(鳩よ 飛べ)"を歌い、サンレモ市の名誉市民に表彰されるまでの出演シーンをフルでご覧いただきました。ここではNews映像でダイジェストをご覧ください。
そして次はそのNilla PizziをエスコートしたCarmen Consoli(カルメン・コンソリ/36歳/Catania出身)が、60年前にNillaが歌って第1回サンレモ音楽祭の優勝曲に輝いた"Grazie dei fior(花をありがとう)"のカバーを披露してくれました。もちろんCarmenのCDやDVDに収録されていない貴重なパフォーマンスとなりました。
FESTAではもちろんフルコーラスを映像でご覧いただきましたが、ここではインタビュー映像で。
続きを読む leggere la continuazione2008年06月18日
第39回イタリアPOPSフェスタ(2008年6月)レポート (その3)
その2はコチラ
第3部
6月FESTAのスペシャル企画『参加者からの紹介コーナー』の後半です。
初参加のShowGさんからはElisa(エリーザ/31/Trieste出身)のDVD「Soundtrack Live '96-'06」(2007)より、"Luce/Tramonti a nord est(光/北東への日没)"を紹介してもらいました。それまで英語曲しか発表していなかったElisaが初めて挑戦したイタリア語曲。大御所Zuccheroの協力を得て共作したこの楽曲は、見事、サンレモ音楽祭2001での優勝を勝ち取り、Elisaの分岐点となったとも言えるでしょう。
(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)
2人目はToshieさん。5年ぶりにアルバムをリリースしたLuca Barbarossa(ルカ・バルバロッサ/47/Roma出身)を!とお持込みいただいたのですが、せっかくのNewアルバムをここで1曲だけ紹介するのはもったいないので、初期の作品を紹介していただきました。"La strada del sole(太陽の道)"(1982)。
当時21歳のBarbarossaの声はとてもさわやかで、楽曲も初々しさに満ちています。『デビュー曲」としてご紹介いただいたのですが、調べたところ、デビュー2年目に3枚目のシングル曲として発表された、アルバム未収録曲だったようです。(後にデビューアルバムがCD化された際にボーナストラックとして追加された模様)
近いうちにFESTAで本格的に紹介しましょうね、Toshieさん!
3人目はtontoさん。『僕らのような団塊の世代の心の琴線に触れる曲調とグラフィティです。』と紹介してくれたのが、Anastasia Dellisanti(アナスタスィア・デッリサンティ)の"Un'immagine di noi(私たちの偶像)
この曲には、60年代から70年代にかけて世界中を席巻したアーティストの名前が、走馬灯のように登場します。
Iron Butterfly(アイアン・バタフライ)、Doors(ドアーズ)、Cream(クリーム)、Pink Floyd(ピンク・フロイド)、Bob Dylan(ボブ・ディラン)、Joan Baez(ジョーン・バエズ)、Joe Cocker(ジョー・コッカー), Cat Stevens(キャット・スティーヴンス)、 Leonard Cohen(レナード・コーエン)、Jimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)、Janis Joplin(ジャニス・ジョプリン)
これらのアンダーグラウンド・ミュージックを聞きながら
私たちは夢を見ていた・・・
かつてない偶像を夜な夜な創造していた・・・
世界は変わらなかったけど、私は変えたし、君も変えたでもアンダーグラウンドの時代は終わり
私たちが信じていたヒーローたちも終わった
ジミやジャニスよ、永遠にさようなら
夢は君たちと共に死んでしまった
なんだか、とってもやるせない気持ちになる歌です。
4人目はEmikoさん。イタリアものの品揃えに情熱を注ぐCDショップTACTOのオーナー夫人であります。特に何も用意してこなかったとのことでしたので、リクエストをいただいたところ、再びPatty Pravo(パッティ・プラヴォ/60/Venezia出身)のリクエスト。
近いうちにPatty PravoをFESTAできちんと紹介する予定にしていたので、名曲を外してリクエストしていただき、初期のヒット曲から"Ragazzo triste(哀しき少年)"
(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)
さて参加者によるコーナーのオオトリの座を射止めたのは・・・第1回FESTAからのリピーターさんであり、イタポ情報の日本語版百科事典とも言われるPOP! ITALIANOのWebマスターでもあるkazumaさん。イタポの情報量だけでもスゴイのですが、鉄道写真の世界でも、雑誌に車両の形式写真が採用されるほどの鉄道愛好家でもあります。
そんな『歩く字引き』のkazumaさんが紹介してくれたのは、Franco Fasano(フランコ・ファザーノ/47/Liguria州Savona近郊出身)の"Per niente al mondo(世界の何物にも)" Flavia Fortunato(フラヴィア・フォルトゥナート/44/Calabria州Cosenza出身)とのデュエットとなるサンレモ音楽祭1992出場曲です。
Franco Fasanoは作曲家としては、Fausto Leali(ファウスト・レアーリ/64/Brescia出身)に書いた"Mi manchi(君を想う)"や"Ti lascerò(君の思う通りにさせるよ)"などの名曲で知られていますが、歌手としてはあまり表舞台で活躍せず、アルバムも寡作です。近年は子供の音楽祭Zecchino d'Oro(ゼッキーノ・ドーロ)に積極的に曲を書いているようです。
注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。
Continua alla prossima puntata.(続く)
2008年01月26日
Elisaからメールを貰いました!
Elisaからメールが届きました!
1月FESTAでElisaのライブDVDを紹介し、大ヒット曲“Gli Ostacoli del cuore”を課題曲として参加者全員で歌って楽しんだこと、そして筆者がELISAのマルチ言語サイトの日本語版エディターを努めている事に対しての御礼のメッセージ内容になっています。
過密スケジュールの中にも関わらず、日本人に判り易い英語のメッセージで、我がFESTAにエールを送ってくれたこと、とてもうれしく思います。Elisaらしい繊細な気遣いだと思います。" Hello Yoshio!"
Thank you very much for your support!
I would love to come to Japan and perform!
It's so sweet of you to teach "Gli Ostacoli del cuore"
to your friends.
We would love to see it and hear it if you have it on video!
Thank you for the party and the idea!
I hope we will meet soon.
Take care
With love
Elisa“ハロー ヨシオ!”
あなたのサポートにとっても感謝しているわ!
私は日本に行って演奏してみたいと思っているのよ!
あなたが“Gli Ostacoli del cuore”を友達に教えてくれたこと
とっても素敵なことね。
もしビデオに撮っていたら見せて、聴かせて欲しいわ!
そのパーティとそのアイデアに感謝!
まもなく私たちが出会えることを願っているわ。
じゃあね
愛をこめて
エリーザ
本当に日本で演奏してくれるよう、しっかり応援していきましょう!
皆さんもELISAへのメッセージをぜひ、このブログのコメントとして書いていってくださいな。
きっとELISAも見てくれると思いますよ!
Grazie mille, Elisa! Sei un tesoro!
2008年01月17日
第34回イタリアPOPSフェスタ(2008年1月)レポート (その3)
その2はコチラ
RONから届いたメール
第2部の最後にRONの「Rosalino Cellamare in concerto」のDVDを紹介した後、RON本人から届いたメールを紹介しました。
RISPOSTA RON [Fri, 11 Jan 2008 09:22:43 +0100]
CIAO YOSHIO, E' UN PIACERE CONOSCERTI...
MA E' ANCHE UN PIACERE SAPERE CHE TI PIACE LA MIA MUSICA...
E CHE VUOI CONDIVIDERLA CON I TUOI 40 AMICI....
POSSO VENIRE ANCH'IO? ....MA SEI IN GIAPPONE O IN ITALIA?...
PERCHE' SE SEI IN GIAPPONE SAREBBE UNA BELLISSIMA OCCASIONE
PER VISITARE IL TUO PAESE CHE MI AFFASCINA MOLTO.....
COMUNQUE VADA, SAPPI CHE SABATO SARO' CON VOI...
SICURAMENTE COL MIO CUORE E CON LA MUSICA....
POI....SI VEDRA'....
UN ABBRACCIO SINCERO A TE E AI TUOI AMICI...A PRESTO
RON
RONからの返信 [Fri, 11 Jan 2008 09:22:43 +0100]
チャオ、Yoshio, 君と知り合えて嬉しいよ・・・
君が僕の音楽を気に入ってくれていると知って、さらに嬉しく思うよ・・・
僕の音楽を今回、君は40人の友達と分かち合いたいんだね・・・
僕も行っていいかい?・・・それにしても君は日本に居るの?イタリア?・・・
もし日本に居るのなら、とっても良い機会だよね
僕をとっても魅了する君の国を訪れることができるのだから・・・
ともかく 土曜日は僕は君たちと一緒にいるってことだよ・・・
確かに 僕の心と音楽は・・・・判るだろう・・・
君と君の友達に心を込めて抱擁を・・・またね
RON
今回のFESTAで、このDVDを紹介することをRONのサイトからRONのパーソナル・マネージャー宛に送っておいたのですが、FESTAの前日に、幸運にもRON本人のメールアドレスからFESTAへの応援メッセージが届いたのです! 何て律儀な人なんでしょう!
それに『僕も行ってもいいかい?』なんて気の利いたセリフ。泣かせます。
『土曜日は僕は君たちと一緒にいるってことだよ』のところで、FESTA会場からも大きな拍手が沸き起こりました。
昔、イタリアのテレビ番組に『Mi ritorni in mente』という、Lucio Battistiの曲名をそのまま番組名に掲げたものがありました。一般のファンが集まったリビングルームのセットに、毎回、歌手がゲスト参加して、膨大なRAIの映像ライブラリーの中から、その歌手自身やゆかりのある歌手の過去の映像を鑑賞するというスタイル。ゲスト歌手自身から当時のエピソードを披露してくれたり、その場で即興演奏することだってある、という夢のような番組。
もし、今回RONが実際に来てくれたら、当FESTAはその番組と同じスタイルとなりましたね。
第3部
第3部は、今回紹介した4人の歌手の曲をオリジナルを聴きながら歌って覚えるコーナー。今回は年代順に歌ってみました。
1曲目は
(おやすみ 小さな花よ)"(1973)。ほのぼのとした可愛い感じの曲調で、70年代の曲らしく歌い易さが魅力です。しかしこの歌は恋人の突然の事故死の哀しみから立ち上がろうとする、残された男の生き様を歌った、De Gregori自身の実体験だと言われている曲。2007年3月FESTAで歌詞の意味も含めて紹介してありますので、ご参照を。
2曲目はRonの"Joe Temerario(向う見ずのジョー)"(1984)。やや節回しが早くなり、曲としての難易度がやや上がりますが、軽快な曲に乗って歌うので、大勢で楽しさを感じ易いタイプの曲ですね。
アクロバット飛行のパイロットが、まだお話しができない赤ちゃんの息子と、もし話し合うことができたら・・・というバーチャルなシチュエーションの元、『向う見ずのジョー』と呼ばれるようになった曲芸飛行士の孤独な生き様を歌い上げています。
3曲目はLaura Pausiniの"Incancellabile(消し去る事ができない)"(1996)。恋人を盲目的に愛する若い女性の不安定な気持ちを見事に表現した愛の歌。繰り返されるのは、Tu non lasciarmi mai! Tu non lasciarmi!(私を決して離さないでね)という不安に駆られた懇願と、Incancellabile tu sei oramai(もう今ではあなたは消し去る事ができない存在)という諸手を挙げての全面降伏のセリフ。当時22歳のLauraが全てを委ねていた、24時間一緒に居るマネージャーAlfredo Cerrutiに対する忠信的な恋心を現すかのような歌に仕上がっています。
しかしながらこの曲は、どちらかというと男性に好まれる曲のようで、聴いていて心地がいいんですね。男性にとって、女性からこんな献身的な愛の言葉を囁かれるのは。現実には『消し去る事が出来ない』ほどまで後を引く恋愛って、男性には多いようですが女性には少ないという説があります。
イタリア語の感覚で語るなら、男性の過去の恋愛って『半過去(imperfetto)』タイプなんですね。imperfetto=不完全、すなわち『未完了』のニュアンスがある。過去に終わった事ではあるのだけれど、まだどこか気持ちが続いている。未練は無くなっていても、心の奥底では『なかなか会えない遠い親戚』みたいな中途半端な位置付けで残っているものです。例:Lei era la mia ragazza.
ところが女性にとって過去の恋愛は『遠過去(passato remoto)』タイプ。remotoとは、時間的にも空間的にも『遠い』ことを意味します。完全に終わってしまった、歴史上の出来事と同等の大昔の話に近い感覚、といったところでしょうか。例:Lui fu il mio ragazzo.
案の定、この楽曲"Incancellabile"は、男性作詞家Cheope(名作詞家Mogolの息子)のペンに寄る作品。
練習曲の最後は、Elisaの"Gli ostacoli del cuore(心の中の障害物)"(2006)。こちらはオリジナル音源から、Ligabueとのデュエットしているヴァージョンで歌ってみました。耳馴染みの良いメロディと平易な節回しと単語で、初めての方でも歌い易い曲で、練習曲として最適だったと思います。
こうして本格的なカラオケコーナーへ突入する前のウォーミング・アップが完了し、最後のカラオケ・コーナーへ突入しました。
今回のFESTAでピュウ・イタリアとの合同形式を終了し、2月より従来のオリジナル作品をたくさん紹介するスタイルに変更いたします。
次回は2/9(土)開催予定です。
注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2008年に達する年齢で表記しています。
2008年01月15日
第34回イタリアPOPSフェスタ(2008年1月)レポート (その1)
第34回Festaは、12月に引き続きピュウ・イタリアとの合同イベントの形式を採り、東京・渋谷Studio SPLASHにて1/12(土)に開催しました。
30名を超えるメンバーが集まり、ライブ映像鑑賞・イタリアの大物アーティストの曲のミニ講座、カラオケタイム、そして嬉しいお知らせ!と企画盛りだくさんでした。
第1部
ベテランの大御所、Francesco De Gregori(57/Roma出身)のNewライヴアルバム「Left & Right」(2007)のDVDより、"La donna cannone(大砲女)"(1983)の野外ライブの映像を。印象的なイントロのピアノの伴奏のみで奏でられるしっとりとした曲で、サーカスの人間ロケットを演じる女性の悲哀や彼女に対する愛情を語るように歌います。街のpiazzaで行われたらしい、夜のライブ映像が、この曲を見事に演出しているような、渋い曲ですね。
2曲目、"Vai in Africa, Celestino!(アフリカに行け、チェレスティーノ!)"(2005)は、スタジオライブ。というか、レコーディング中の通しリハのような映像。若き頃、イタリアのディランの異名を取ったDe Gregoriらしい(Bob Dylanっぽい?)楽曲。
Celestinoとは誰なのか?の問いに対し、De Gregoriは『法王チェレスティーノ5世』をイメージしたと、インタビューで答えています。チェレスティーノ5世とは、日本ではケレスティヌス5世(1215-1296)という名前で知られています。
禁欲主義の高徳な修道士として充分な修行を積んだ後、教皇に選出されるも、その絶対的な権限と立場を好まず、『教皇は辞任できる』という法令を作ってまで自主的に退位。
その後は、あらぬ理由で捕らえられて幽閉の身のまま亡くなったという、修行僧ならではのストイックな人生だったようで、死後、聖人に昇格され、彼の命日である5月19日の聖人となります。
ちなみに教皇区の外でミサを行うことを望んだ初めての法王、という点もキリスト教史の中では重要ですから、この事実からDe Gregoriは、"Vai in Africa, Celestino!(アフリカに行け、チェレスティーノ!)"というタイトルの曲を作ったのではないでしょうか。
第1部2人目のアーティストは、Elisa(31/Trieste出身)。2006年暮れに発売した10周年記念ベストアルバム「Soundtrack '96-'06」が2007年のイタリアで大ヒット。そのツアーの音源と映像を収めたCD+DVDとして「Soundtrack '96-'06 Live」(2007)がリリースされました。
もちろん、そのライブ映像からまずは"Eppure sentire(Un senso di te)(それでも聴くこと/あなたの感覚)"。これは前出のベストアルバム「Soundtrack'96-'06」に収められた4つの新曲のうちの1曲。しっとりとした囁くようなコーラスに乗せて、これまたつぶやく様な静かで丁寧な歌い方が、質素で飾り気の無いElisaの人柄にぴったりマッチした楽曲。詩の内容も非常に奥ゆかしい内省的な世界。
"Una poesia anche per te(あなたにも一編の詩を)"は2005年のヒット曲。歌い出しは変わらず内省的な雰囲気で始まりますが、サビに入ると、実に耳心地の良く覚え易い、穏やかなメロディとElisaの美しい高音の魅力が合わさった魅力に包まれます。この曲にはFesta会場からも大きな拍手が沸き起こりました。
3曲目は"Almeno tu nell'universo(世界中であなただけには)”(2003)。過去のFestaでも何度か書けたことのある曲で、故Bruno Lauziが故Mia Martiniに書いた名曲をElisaがカバーして大きな話題となり、リバイバルヒットに成功しました。同年のイタリア映画「私のことを覚えていて(Ricordati di me)」のエンディング・テーマに抜擢されました。Godinのガット・ギターを抱えたギタリストとステージに直に腰掛け、ギター1本の伴奏に併せて、Elisaはうっとりと、囁くような声で歌い上げます。これまたFESTA会場でも大喝采が沸き起こりました。
最後の曲は2007年の大ヒット曲となった"Gli ostacoli del cuore(心の中の障壁)"。名実ともにイタリア・トップのロック・スターLigabueがElisaに書き下ろした楽曲で、ほとんどの楽曲を英語で歌うElisaの数少ないイタリア語曲は、ほとんどがバラードだったものの、弾けるPOP/ROCKのイタリア語曲に仕上がったのが特筆するところ。ステージでも今までのバラードのステージが夢だったように、Elisaはクルクルと回りながら、エネルギッシュなステージ・パフォーマンスを見せ付けます。
比較的単純なメロディですが、サビ部分が魅惑的で覚えやすく、一度聴いただけで耳の奥底にこびり付いてしまうほどの魅力を持った楽曲。歌詞は平易な単語ばかりで、何一つ難解な単語は使っていないのですが、非常に内面的な世界観で、訳すことが難しい楽曲。
後半、Elisaは観客にマイクを向けて歌わせる部分がありますが、これはオリジナルではLigabue自身が歌っている部分。さすがのElisaといえども、トップ・スターのLigabueをツアーに引きずり出すことは出来なかったようですね。
2007年の「Soundtrack'96-'06」の大ヒットの中、Elisaはその海外向けエディション「Caterpillar」の準備を始め、イタリア国内仕様の「Soundtrack'96-'06」とは、若干異なる収録曲へ変更した上に、何曲かをアレンジし直して収録しました。2007年夏からヨーロッパ各国、アメリカ、イタリア(限定発売)向けにリリースが始まっていますが、2008年にはとうとう日本でも発売される予定が入っているようで、日本盤には2曲のボーナストラックが追加される、という仕様まで決まっているようです。ご期待あれ!
またこの海外向けアルバムが世界各国で発売される事に呼応して、多言語でElisaを紹介するページを作ろうという企画が起こり、その日本語版のエディターを私・YoshioAntonioが務めています。アクセスはこちらから。
Continua alla prossima puntata.(続く)






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