10月10日にリリースされた日本盤CD『瞳はるかに〜魅惑のイタリアン・ポップス〜』(2018)から。
瞳はるかに~魅惑のイタリアン・ポップス0

アルバムタイトルに掲げられた「瞳はるかに(Lontano dagli occhi)」(1969)は、カンタウトーレSergio Endrigo(セルジョ・エンドリゴ/1933-2005/旧イタリア領Pola/現クロアツィア国生まれ)が歌い、同年のサンレモ音楽祭で2位を獲得。サビで繰り返し歌われる"Lontano dagli occhi lontano dal cuore"はイタリアのことわざで、直訳すると"視界から遠いと心も遠い"、転じて"直に会っていないと心は離れるもの"を意味する。歌詞は名匠Sergio Bardotti(セルジォ・バルドッティ)作で、作曲はEndrigo自身と映画音楽で世界的な知名度を誇るLuis Bacalov(ルイス・バカロフ/イタリアに帰化したアルゼンチン人)の共作だ。 当時Endrigo36歳。

当時のサンレモ音楽祭はダブルキャスト制だったため、同曲にはもうひとりのオリジナル歌唱者がいるのだが、それはなんと英ウェールズの女性歌手メリー・ホプキン(Mary Hopkin)だった。彼女はサンレモ音楽祭出場の前年にポール・マッカートニーがプロデュースしたシングル「悲しき天使 (Those were the days)」を大ヒットさせたばかり。彼女がイタリア語で歌った「瞳はるかに」はビートルズのアップル・レコードからリリースされたのだ!

さらに同年、ギリシャ出身バンドAphrodite's Child(アフロディテス・チャイルド)がイタリア語のままカヴァーしている。同バンドは後に世界的な名声を得る音楽家Vangelis(ヴァンゲリス/Key)、Demis Roussos(デミス・ルソス/Bass&Vocal)が在籍したことで知られている。

21世紀になってからもMorgan(モルガン)が2009年、Gianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)が2014年にカヴァーしてリバイバルヒットとなり、イタリアのエヴァー・グリーン曲としてすっかり定着した1曲となっている。

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Riccardo Fogli(リッカルド・フォッリ/Toscana州Pontedera出身)は、国民的人気を誇ったバンドPooh(プー)の初期メンバーとして一番人気を誇ったものの1973年に脱退してソロに転身。2015〜2016年のPoohの結成50周年を機に再加入し、グループはそのまま解散となったが、その後はPoohの実質的リーダーだったRoby Facchinetti(ロビー・ファッキネッティ)とのデュオで活動を行い、サンレモ音楽祭2018にもペアで出場している。そんなFogliはソロに転身後試行錯誤を重ねたものの、ようやく自分のスタイルを見出した頃のヒット曲が「世界(Mondo)」(1976/当時29歳)だ。彼はその後、サンレモ音楽祭1982年で優勝を遂げて成功を収めた。

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Sandro Giacobbe(サンドロ・ジァコッベ/Genova近郊Moneglia出身)は、70年代に数多く出現したLucio Battisti(ルーチョ・バッティスティ)フォロワーのひとりで、次第に南米での人気が本国に勝るようになったカンタウトーレだ。1977年のGigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクェッティ)来日公演の前座として来日歴もある。「禁じられた園(Il giardino proibito)」(1975)は、浮気した男の言い訳の歌だが、タイトルから判る通り、聖書に登場するモチーフを元にしているため、誘惑したのは女(イヴ)であり、男(アダム)がそれに抗えないのは運命なのだ、という開き直りの歌。70年代初期のBattistiの作品にも浮気をテーマにした楽曲がいくつかあり(「E penso a te」など)、その影響を受けて書かれた曲と言っても良いだろう。当時Giacobbe24歳

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1970年代に彗星のようにシーンに登場すると、瞬く間に新世代のビートの女王に登りつめ、日本でも人気を博したMarcella Bella(マルチェッラ・ベッラ/Sicilia州Catania出身)の「想い出のシチリア(Sicilia antica)」(1973)は、実の3兄弟のソングライターのうちGianni(=カンタウトーレとしても活動するジァンニ・ベッラ)とAntonioが書き下ろした楽曲で、全編彼女たちの出身地Sicilia方言で歌われた異色&意欲作。Marcella当時21歳。当時ほぼリアルタイムで日本盤アルバムがリリースされたが、Sicilia方言のため、イタリア生まれ&育ちの通訳者にも正確な解釈ができず、不完全な対訳が掲載されたままになっていたが、今回は標準イタリア語訳が入手できたため、初の完全対訳を封入することができた。

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Loredana Berte`(ロレダーナ・ベルテ/Calabria州Bagnara Calabra出身)は後にサンレモ音楽祭の批評家賞にその名が冠されることになるほどの大歌手となる故Mia Martini(ミア・マルティーニ)の実妹で、姉とはまた異なる次元でカルト的人気を誇る女性歌手だ。24歳のデビュー曲「秋のつぶやき(Volevi un amore grande)」(1974)が収録された。

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Gianni Nazzaro(ジァンニ・ナッザーロ/Napoli生まれ)のサンレモ音楽祭1974出場曲「道はひとすじ(A modo mio)」は、今や国民的人気を誇るカンタウトーレClaudio Baglioni(クラウディオ・バリォーニ)が書き下ろした楽曲で、後にBaglioni自身がセルフカヴァーして、そちらの方がスタンダードになってしまったため、今ではNazzaroのヴァージョンの方がレアになってしまったという楽曲。ちなみにNazzaroヴァージョンとBaglioniのセルフカヴァーは微妙に歌詞が異なっている。当時Nazzaro26歳。

サンレモ音楽祭に出場せずに大スターになったBaglioniが、楽曲提供者という形で関わった唯一の楽曲でもある。そんなアンチサンレモ派だったBaglioniだが、2018年にはサンレモ音楽祭のミュージック・ディレクター&総合司会を務め、大きな話題と高い視聴率という実績を残し、2019年の司会も務めることが決定している。

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注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2018年に達する年齢で表記。


CD『瞳はるかに 〜魅惑のイタリアン・ポップス〜』