第2部

ローマ歌謡の伝承者Elena Bonelli(エレーナ・ボネッリ/57歳/Roma出身)が来日。1/16公演&1/19セミナー(どちらも要予約/参加無料)ご予約はイタリア文化会館まで。

1/16公演:
http://www.iictokyo.esteri.it/IIC_Tokyo/webform/SchedaEvento.aspx?id=643&citta=Tokyo

1/19セミナー:
http://www.iictokyo.esteri.it/IIC_Tokyo/webform/SchedaEvento.aspx?id=644&citta=Tokyo

Elena Bonelli

エレーナ・ボネッリは、故ガブリエッラ・フェッリの後継者とみなされる、ローマ歌謡の第一人者にして、女優としても活躍している。

2002年のFIFAワールドカップ(日本&韓国にて開催)でイタリア国歌を斉唱するなど、公式の場での活躍でも知られる。

随行する演奏者もそれぞれ著名なマエストロなのも貴重。

アデルモ・ムッソ(ピアノ):1980年代初頭にヤマハ世界歌謡祭出場曲の作曲者として来日歴もある、ハモンド・オルガン使いの巨匠。

ジャンドメニコ・アネッリーノ(ギター):クラウディオ・バリオーニ、レナート・ゼロ、アメデオ・ミンギらのオーケストラ指揮者としても活躍するマエストロ。


そして、2015年1月4日に心臓発作で急逝したPino Daniele(ピーノ・ダニエレ/1955-2015/59歳没/Napoli出身)。

1970年代にシーンに登場し、新しい歌を自作して一貫してナポリ語で歌う活動を開始。80年代に入るとブルーズやジャズとナポリ語を融合する独自のスタイルを提唱して、新時代のナポレターナの立役者となり、その名声はナポリに留まらず、イタリア全土はもとより、ヨーロッパや北米大陸まで及ぶことになるスーパースターとなった。

※当サイトでのPino Danieleの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Pino_Daniele

1980年にリリースした3rdアルバム『Nero a meta`(意:半分ブラック)』は、先に述べたように、新しいスタイルを樹立する転機となった記念すべきアルバムで、2014年はそのアルバムをリマスターして再リリースし、1980年レコーディング時のミュージシャンを帯同したコンサートを精力的に行っていただけに、突然の急死はショッキングだった。

Pino Daniele - Nero a meta

折しも約1ヶ月前にMango(マンゴ)が急死していたため、イタリアで最も重要なクリスマスシーズンの始まりと終わりが、奇しくも2人の偉大なPinoの死で括られたことになった。

Mangoの追悼記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/archives/52158776.html

FestaではPino Danieleに哀悼の意を表して、彼の代表曲を中心に振り替えることにした。

「Quanno chiove(意:雨が降る時)」(1980)は、2014年のツアーで掲げられたアルバム『Nero a meta`』収録のミドルテンポバラード。2008年のTutta n'ata storiaツアーのNapoli公演映像から。同公演が行われたプレビシート(意:国民投票)広場は、彼の葬儀でも使用されることになる。

Pino Danieleはギタリストとしても優れていたが、「Maria」という楽曲では、リードギターを奏でながらヴォーカルを取る離れ業をさりげなく行っている。『Iguana cafe`』(2005)に収録。

初期の傑作「Je so' pazzo(意:私は狂人)」(1979)。ナポリ人民の守護者として崇拝されているマザニエッロことTommaso Aniello d'Amalfi(トンマーゾ・アニエッロ・ダマルフィ/1620-1647/27歳没)に捧げられた有名な歌。1983年のスイスのTV局で放映されたスタジオライヴ映像で。時にPino28歳。

同ライヴ映像からこれも彼の代表曲「Napule e(意:ナポリは)」

Pinoは亡くなる4日前となる2014年の大みそかのTV番組「L'anno che verra` 2015(意:来る年2015)」に生出演してステージを披露していたので、彼の急死は誰もが予想だにしていなかった。

また偶然にもその前日の12月30日には1時間のPino Danieleの特集番組が放映されていたので、あたかも追悼番組が先行して放映されたかのような状況になってしまった。

2002年にFrancesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)、Fiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)、Ron(ロン)の4人で行った伝説のジョイントツアーの映像から、Pinoの中期の代表曲のひとつ「Quando(意:いつ)」。Pino47歳。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2015年に達する年齢で表記。

Continua alla prossima puntata.(続く)