第4部

ムジカヴィータ・イタリア第6号発売を記念したFabrizio De Andre'特集の後編。De Andre'が残した唯一の公式ライヴDVD『in concerto』は、1998年2月13・14日にRomaのTeatro Brancaccioで行われたコンサートの全編を収録したもので、油の乗り切ったDe Andre’が、気心知れた凄腕ミュージシャンを率い、先妻との間の息子Cristiano(クリスティアーノ/当時36歳/現52歳)を自身のすぐ斜め後ろに従え(Mauro Paganiの役目を担う)、2度目の結婚で妻になったDori Ghezzi(ドリ・ゲッツィ/本作のプロデューサーでもある)との間に生まれた娘Luisa Vittoria(ルイーザ・ヴィットリア/通称、Luvi/ルヴィ/当時21歳/現36歳)をコーラス隊のひとりに入れるなど、ファミリームードも醸し出した、とても素晴らしいコンサート。当時De Andre’58歳。

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コンサートは地中海音楽にシフトした傑作『Creuza de ma(邦題:地中海の道程)』で幕を開ける。

最後のスタジオアルバムでIvano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ)と共作した『Anime salve(意:救われた魂)』(1996)から「Dolcenera(意:カンゾウ/甘草)」。イントロの女性コーラスが印象的なこの楽曲もDe Andre'の地中海音楽の傑作で、後に同曲のタイトルをそのまま芸名にしたカンタウトリーチェDolcenera(ドルチェネーラ)も登場することからも、その影響力の大きさを感じ取ることができるだろう。

コンセプト・アルバムの傑作『La buona novella(意:福音書)』(1970)から「L'infanzia di Maria(意:マリアの幼年期)」。同アルバムは、カトリック教会に教義として認められず聖書に収録されなかった外典福音書を基に制作されており、正典である聖書ではほとんど語られていない聖母マリアの幼年時代の逸話が語られている。

マリアの母アンナは神のご加護で、やっと子どもを身ごもったため、生まれた子は教会に捧げることを決める。そして生まれた娘マリアが3歳になると出家させて教会に預ける。やがて12歳になりマリアに初潮が訪れた時、教会の司祭たちはマリアを汚れたもののように感じ、教会から追い出すためにマリアの婿探しを始める。そしてマリアを射止めるためにたくさんの男たちが教会に集まる。De Andre'の歌の中で混声コーラスによってまくしたてる様に歌われている部分は、マリアに肉体的魅力を感じとる男たちの淫らな想いと視線だ。あの長い髪、あの白い肌、その肉付き… カトリック教会では聖母にこのような性的魅力を感じるのはご法度だ。

De Andre’はこのアルバムを通して、聖なるものと俗なるものを対比してみせた。三位一体説を絶対的なものとするカトリック教会の教義に対して、イエスもマリアも人間であるという視点で彼らの人間的な部分を歌っている。

聖書ではマリアの婿に選ばれたGiuseppe(ヨセフ)は、まるで聖人君子のように運命を受け入れて処女懐胎したマリアを認めることになっているが、De Andre’の作品の中でのヨセフは、マリアの不義を疑い、心がねじれて家出し、4年も帰ってこなかったことになっている。まことに人間臭い。

同アルバムから「Il testamento di Tito(ティートの遺言)」。ティートとは、イエスが十字架刑に処せられた際、同時に処刑された2人の盗賊のひとりディスマスのこと。自分の犯した罪と台無しにしてきた自分の人生を反省する盗賊ティートが、モーゼの十戒にあてはめて遺言を語っている。

「Bocca di rosa(意:薔薇の口)」は、社会的マイノリティーの人々の視線で歌った作品の多いDe Andre’の作品の中で、傑作中の傑作のひとつで、“薔薇の口”を源氏名にする娼婦の身に起こった出来事を面白おかしく歌っている。

ある日、ある田舎町に降り立ち、そこに住むことを決める薔薇の口。彼女は生活のためというよりもむしろ、“情熱”のために天職をしているだけなのだ。しかしその町の妻帯者まで骨抜きにしてしまう。。。。黙ってられないのはその妻たちだ。しかし田舎のおばちゃんたちには女としての勝ち目はない。。。。そこで妻たちは薔薇の口を町から追い出すことをもくろみ、警察に訴えたのだ。しかし夫を寝取られたとは言えないので、《あの女が農協よりも客を持ち、独り占め状態だ》と。まるで独禁法に触れているかのような口実だ。

警察はしぶしぶ訴えを受け入れ、憲兵たちを派遣して薔薇の口を強制退去させることにする。憲兵たちは薔薇の口を列車に乗せるために駅まで連行するが、駅には薔薇の口との別れを惜しむ、町中の男たちが待っていたのだ。男たちは皆、泣きはらし、自分の青春が終わってしまうと嘆いている。

そして薔薇の口を乗せた列車が次の駅に着くと、そこにはもっとたくさんの男たちが待っている。その中には司教様さえいるのだ。。。。

ここでもDe Andre’は聖なるものと俗なるものを対比して、それを区別するのはナンセンスだという主張をしているのだ。

この素晴らしいコンサートの6ヵ月後にDe Andre’は突然体調に不調をきたし、癌を告知される。しかし治療に専念せず、次の作品の準備に取り掛かり、同年の暮れになってようやく入院するが、既に病状は手遅れの状態に。そして年明けの1999年1月11日に他界。あのエネルギッシュなステージのわずか11ヵ月後に他界してしまうのだから、人間の運命はわからないものだ。

それにしてもリリースする毎に、これが最高傑作と感じさせる活動の最中だったことと、もうひとりのイタリア音楽界の偉人Lucio Battisitiが逝ったわずか4ヵ月の出来事あったため残念でならない。時は世紀末で、千年思想の強いカトリック社会では、かなりのショッキングな出来事としてイタリア人たちの心に刻みつけられているのだ。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2014年に達する年齢で表記。

10月の通常FESTAは、10月30日(土)に開催予定。