第76回Festaは、22名の参加者が集まり、東京・亀戸の某所にて9/10(土)に開催されました。参加者の内訳は男性8名 女性14名(うち、初参加者3名)。

IMG_8535まさに『隠れ家』となるプライヴェートなバンケットルームを貸し切り、極上の音楽と夜景を楽しむ、至福のひと時となったかと思います。

集合写真撮影
POP!ITALIANO
kazuma氏
http://musica.itreni.net/


第1部

9月FESTA第1部では、3組のグループ/バンドを紹介。

ひと組目は、Blind Fool Love(ブラインド・フール・ラヴ)。2011年夏にメジャーデビューしたばかりのトリオで、メンバーは皆20歳前後というBoys bandですが、既に4〜5年の活動歴があるそうです。

バンド名はフロントマンを務めるTommaso Sabatini(トンマーゾ・サバティーニ/20歳)が、シェイクスピアの『ソネット137』の冒頭の一節『Thou blind fool, Love,(盲目の愚か者 愛の神よ)』にヒントを得て命名したとのこと。

2011年夏にリリースされたばかりのデビューアルバム「Il pianto(落涙)」(2011)ですが、現在のところ既に3曲もの公式videoclipが発表されているという快進撃中です。

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最初のvideoclipは、退廃的な様式美に包まれた楽曲"Vampiro(吸血鬼)"。ところどころデスメタル気味の唱法の特徴的なヴォーカルです。

2曲目はさらにヨーロッパ的(ややブリティッシュ的?)な雰囲気を加味したようなアルバムタイトル曲"Il pianto(落涙)"。


2組目として紹介したのは、Musica Nuda(ムズィカ・ヌーダ)こと、
Petra Magoni(ペトラ・マゴーニ/39歳/Pisa出身)とFerruccio Spinetti(フェッルッチォ・スピネッティ/41歳/Caserta出身)の2人のプロジェクト。

Petraはソロ歌手として、FerruccioはAvion Travel(アヴィォン・トラヴェル)のベーシストとして、それぞれ別個に活動していた2人ですが、コントラバス1本とヴォーカルだけで音楽を演ってみよう!と2004年にMusica Nudaと銘打ったプロジェクトを行ったところ、まずはフランスで大当たりして、イタリア本国に凱旋帰国する形で定着。以来、それぞれ個人の活動の余地を残したまま、あくまでもプロジェクトとしてのスタンスでMusica Nudaプロジェクトを続けている2人。

2004年から2008年までは、まさにMusica Nudaプロジェクトがメインの活動となり、毎年のようにアルバムを発売していた彼らですが、約3年のインターバルの後にリリースしたアルバム「Complici(共謀者たち)」(2011)は、スタジオ録音としては5作目、通算6枚目のアルバムとなります。

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※日本のiTunesストアでダウンロード購入可能です。

珍しく公式videoclipも制作された楽曲が"Rimando(返却するわ)"

そしてライヴ映像で"Una notte disperata(絶望的な夜)"

この2人のプロジェクト開始時期には、Gigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクエッティ)の"Non ho l'età(邦題:夢みる想い)"のカヴァーヴァージョンに代表される、血管がぶち切れんばかりのPetraのパフォーマンスも大きな話題となりましたので、今回もおまけとして、フランス語詞ではありますが、Nino Ferrer(ニノ・フェレ−ル/ニノ・フェレ)のカヴァー"Mirza"のライヴテイクをご覧いただきました。


第1部のトリとなる3組目のバンドは、Matia Bazar(マティア・バザール)。1975年にGenovaで結成されて以来、何度ものメンバー変更を経ながらも、常にコンテンポラリーなイタリアPOPSを奏で続けて来てくれた、イタリアPOPSの立役者的なプロジェクトとも言えるでしょう。

※当サイトでのMatia Bazarの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Matia_Bazar

1980年代にはイタリアとほぼリアルタイムに日本盤アルバムがリリースされていただけに留まらず、日本のTVCMに楽曲が採用されたり、日本だけで発表された楽曲もあり、来日公演も2度ほど敢行するなど、まさにイタリアの『今』のPOPSを日本にリアルタイムに届けてくれていた唯一の存在だったと言っても過言ではなかったと思います。

結成当初からずっとバンドに残り続けているのが、Ds.担当のGiancarlo Golzi(ジァンカルロ・ゴルツィ/59歳/Sanremo出身)。プログレファンには、元Museo Rosenbach(ムゼオ・ローゼンバック)のメンバーとしても知られています。

オリジナルメンバーではあるものの、1981年に脱退し、1999年に復帰する形で再びバンドの要となっているのがPiero Cassano(ピエロ・カッサノ/63歳/Genova出身)。

脱退期間中は、ソロ活動をしたり(ソロ歌手としての来日も果たしています)、アーティストのプロデュースをしたり(初期のEros Ramazzottiなど)、売れっ子ヒットメーカーとして数々の楽曲を書いたり、アニソンを多量に手掛けたり(代表的なのはセーラームーンのイタリア版アニソン)と、充実した音楽活動を行っていたのですが、1998年にバンドリーダーだったベーシストAldo Stellita(アルド・ステッリータ)が急逝したことに起因するMatia Bazar存続の危機に際し、自らが出戻ることでMatia Bazarという歴史あるバンドを再起させた立役者でもあります。

PieroとAldoもプログレファンの間では、元JETのメンバーとしても知られています。

1999年にPiero CassanoがMatia Bazarを再生した際に、3代目の女性ヴォーカリストとして加入させたのが、ソロ歌手やコーラスガールとして活躍していたSilvia Mezzanotte(スィルヴィア・メッツァノッテ/44歳/Bologna出身)。

SilviaはMatia Bazarに5年間在籍した後、2004年にソロ歌手として独立するのですが、2010年に再びMatia Bazarに出戻る形で再参加する事となりました。
#歴代で数えると、3代目&5代目の女性ヴォーカリストとなります。

同じく1999年の再生時期にバンドに初参加したのが、Fabio Perversi(ファビオ・ペルヴェルスィ)。彼は、キーボード奏者としてだけでなく、Matia Bazar楽曲のメインのアレンジャーとしての手腕をも発揮する有能なメンバー。

こうして再び1999年当時のメンバーに戻って初めてリリースしたアルバムが「Conseguenza logica(論理的な結論)」(2011)。そのアルバムタイトルは、あたかもこのメンバー編成に戻ることの意義を言及しているのかもしれません。

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すぐに公式videoclipが制作されたのは、アルバムタイトル曲 "Conseguenza Logica(論理的な結論)"。

うん、確かに2000年代初頭の頃のMatia Bazarの代表曲を彷彿とさせるタイプの楽曲ではありませんか!

Matia Bazarの2曲目はTVライヴ映像から"Gli occhi caldi di Sylvie(スィルヴィーの暖かな眼差し)"

さて、1975年からのMatia Bazarの歴史を振り返ると、グループとしては唯一となる、サンレモ音楽祭優勝を2度経験しているバンドとも表する事ができます。

最初は1978年の第一期オリジナルメンバーの時に、"...E dirsi ciao(・・・そしてチャオと言い交わす)"で優勝し、2度目は、現メンバー体制となった2002年の時に、"Messaggio d'amore(愛のメッセージ)"で栄冠に輝いています。

9月FESTAではもちろん、現メンバー体制となった2002年の"Messaggio d'amore(愛のメッセージ)"を当時の映像で楽しむことにしました。

ここに引用した映像には収録されていませんが、FESTA会場では、現時点のMatia Bazarのメンバーが、当時の体験を振り返ってコメントを述べるシーンや、サンレモ音楽祭のジングル『Perché Sanremo è Sanremo!』をインプロヴィゼーションするシーンも含めての紹介といたしました。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2011年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)