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第2部

第2部は来日アーティスト特集。今春は突如として4組ものイタリアのアーティストの来日ラッシュとなるという、嬉しいNewsが飛び込んでまいりましたので、来日スケジュール順に紹介するコーナーに充てることにしました。


1982年、2000年、2001年、2005年、2006年、そして今回の2010年と、6回目の来日となるMario Maglione(マリォ・マリォーネ/53歳/Napoli出身)。名実ともに正調ナポレターナの第一人者として円熟してきた彼のステージにまた触れることができるのは、とても幸せなこと。

今回は東京・横浜を中心に3公演(3月13日銀座、15日横浜、18日国分寺)となっています。

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※当サイトでのMario Maglioneの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Mario_Maglione

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『正調ナポレターナ』とは、ギターを弾きながら地声で歌う、ナポリ歌謡本来のスタイル。世間一般でイメージ定着しているオペラ歌手が朗々と歌い上げるナポリ民謡とは趣が異なります。地声といっても、Marioの声はオペラ歌手のベルカントと同等以上の美しさがあり、特に生ステージではその魅力を存分に味わえることは間違いありません。

Festaでは、有名なナポレターナ"Voce 'e notte(夜の声)"を映像でご覧いただきました。1904年に発表されたセレナーデタイプの楽曲です。2008年のMario Maglioneのステージから。

今回のMarioの来日も日本人歌手・松本淳子さんとのジョイントコンサート。1982年の初来日を除き、2000年代以降の来日公演は全て松本順子さんとの共演なので、もはやお互いに不可欠なパートナーとも言えるでしょう。

松本淳子さんは1995年にNapoliに渡って修行を積み、古典的ナポレターナを得意としながらも、新世代のイタリア音楽やイタリア以外の音楽までもレパートリーに持つ精力的なアーティスト。

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FESTAでは2005年に発表したアルバム「夜は二人のために Notte per due」から、代表曲 "Ma l'amore no けれど恋は" を映像でご覧いただきました。

映画「Stasera niente di nuovo (今夜、新しいことは何もない)」(1943)で女優Alida Valliが歌った楽曲で、戦時中の楽曲ではありますが、現在でもなお、ミスイタリア決勝大会のテーマソングとして流れたりするほど、イタリア社会に定着しているスタンダードナンバー。


そして4月は怒涛の3組の来日公演が組まれることになりました。

4月2日には初来日となるOsanna(オザンナ)の公演が川崎クラブチッタで行われます。

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Osannaは1970年代に発表したアヴァンギャルドなパフォーマンスのアルバムが、後の世界中のプログレファンに大絶賛されることになって、イタリアン・プログレの代表格のひとつと語り継がれることになる伝説的なバンド。

ヒトクチにプログレと言っても、様々な音楽スタイルが内包されるジャンルですが、Osannaはなんといっても、おどろおどろしい雰囲気を封じ込めた悪魔的サウンドで多くのプログレファンを魅了しました。その深い闇の世界は、表面的にはNapoliの楽天的な雰囲気を感じさせないものの、れっきとしたNapoliのバンドであるところも興味深いところ。

Festaではそんな歴史的に語り継がれる1970年代のOsannaのおどろおどろしさを感じさせる映像で紹介いたしました。

ファースト・アルバム(紙ジャケット仕様)

まずはデビュー盤「L'Uomo」(1971)から、タイトル曲"L'uomo(男)"。

続いて同アルバムから"Non sei vissuto mai(おまえは生活していなかった)"。この時代にこうしたアバンギャルドなバンドが、国営TV局RAIでスタジオライブしているというのも、これまた驚愕の映像です。

映像からも感じられるとおり、サウンドの中心人物となっているのは、管楽器担当のElio D'Anna(エリオ・ダンナ)。彼は1960年代にPOPSフィールドで活躍したビートバンドShowmen出身というのも興味深いところ。

Osannaは1970年代半ばに活動休止したものの、2000年代になってから、オリジナルメンバーのボーカリストLino Varietti(リーノ・ヴァリエッティ)がOsanna名義を継承しつつも、他のメンバーを一新した形で活動を再開。

また今回の来日メンバーの目玉は、大物2人のサポートミュージシャン。

1人目は、1960年代末から1970年代にかけてイギリスのプログレシーンで活躍したバンドVan Der Graaf Generator(ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター)の管楽器担当だったDavid Jackson(デヴィッド・ジャクソン)。

YS(イプシロン・エッセ)+2(紙ジャケット仕様)2人目は、Osannaと同じNapoli出身のバンドで、やはり1970年代初頭に狂気的な色香を漂わせた傑作アルバム「YS(イース/通称:イプスィロン・エッセ)」(1972)が後のプログレファンに大絶賛されることになるキーボードトリオBalletto di Bronzo(バレット・ディ・ブロンゾ)の中心自分だったキーボーディストのGianni Leone(ジァンニ・レオーネ)。2002年にIl Baletto di Bronzo名義で来日公演も果たしております。


ここでは、そのDavid JacksonとGianni Leoneが参加している2009年のOsannaライブ映像をリンクしておきます。Gianni Leoneの高度で多彩なキーボードテクニックを駆使したパフォーマンスに目が釘付けになること必至です。


さて、このOsannaの1970年代の黄金時代、サウンド面の中心人物だったのが、前出のElio D'AnnaとギタリストのDanilo Rustici(ダニーロ・ルスティチ)ですが、Daniloの弟Corrado Rustici(コッラド・ルスティチ/53歳/Napoli出身)もまた、ギターを手にCervello(チェルヴェッロ)というバンドで1970年代前半のオルタナロックシーンで活動をしています。

Cervello時代のCorradoは、なんと16歳前後。やがて1975年にOsannaの中心人物・Elio D'Annaと実兄Daniloと共にロンドンに渡りNova(ノヴァ)を結成。フュージョンバンドとして活動を行います。

まだ20歳前後だったCorradoですが、ロンドンでのNova時代に多くの国際的なミュージシャンやプロデューサーたちとの出会いがあったようで、その後の音楽人生に役立つ強力な人脈を形成したようです。

1980年代にアメリカに渡ったCorradoは、やがてプロデューサー業に興味を見出し、Aretha Franklin(アレサ・フランクリン)、George Michael(ジョージ・マイケル)、Whitney Houston(ホイットニー・ヒューストン)、Herbie Hancock(ハービー・ハンコック) などのスターたちの作品に、音楽プロデュースやギタリストとして参加するようになります。

その間、英語市場を模索していたイタリアのアーティストたちとも深い関わりを持つようになります。

既にイタリアでデビューし、サンレモ音楽祭出場も果たしたものの飽き足りず、アメリカに渡って修行していた若き日のZucchero(ズッケロ)のプロデュースを行い、Zuccheroをイタリアを代表する国際的なスターに押し上げることに成功したことをきっかけに、やはり英語で歌うことにこだわってアメリカで修業をしていたElisa(エリーザ)のデビューにも深く寄与するようになります。

やがてCaterina Caselli(カテリーナ・カセッリ)のSugar Musicと正式に契約することをきっかけに、イタリア語で歌うイタリアのアーティストたちのプロデュースをも手掛けるようになります。

彼が手がけたアーティストは、Claudio Baglioni(クラウディオ・バリォーニ)、PFMことPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)、Negramaro(ネグラマーロ)、Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)、Francesco Renga(フランチェスコ・レンガ)、Ligabue(リガブエ)といった、そうそうたる顔ぶれ。

2007年には国際的な情報・メディア企業Nielsenにより、『現代音楽で最も成功したプロデューサー&アレンジャー』に選ばれることにもなりました。

そんな現在のイタリアPOPSシーンでも大きな求心力を持つ中心的な存在となったCorrado Rusticiまでもが、なんと今春、初めての来日公演を果たすこととなりました。

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イギリス人キーボーディストとアメリカ人ドラマーとのトリオバンドとしての来日ですし、Corrado自身、基本はギタリストですから、イタリアPOPS作品やイタリア語のボーカルは期待できませんが、イタリアPOPS界をも支える超大物プロデューサーのステージともなれば、見逃すわけには参りません。

Deconstruction of a Post Mod

Corrado自身は1995年と2006年に自身の名義でソロアルバムをリリースしており、「Deconstruction of a post modern musician」(2006)では、インストの楽曲"Bodega Bay"のPVも制作されています。


また同アルバムには、自身が育てた2人のイタリア人スターがゲスト参加しています。

Elisa(エリーザ)が英語ボーカルを務めた楽曲"Rage and dust"、Negramaro(ネグラマーロ)がイタリア語ボーカルを聴かせる"Maledette stelle(呪われた星)"が収められています。


さて、来日特集最後のアーティストはAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ/52歳/Pisa近郊出身)。

前回の来日公演が2008年4月の8年ぶりとなったので、また数年以上、来日の機会はないだろうと推定していたのが、幸運にも覆えされたNewsとなりました。

※当サイトでのAndrea Bocelliの紹介記事はコチラ
http://piccola-radio-italia.com/tag/Andrea_Bocelli

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前回の2008年の来日時と異なるのは、2日公演が4/28(水)の1日限りの公演、会場が東京府国際フォーラムから日本武道館へと変更となったことに加え、前回、非常に不満の残る料金設定と座席配分だったことに改善の兆しが見えます。

Festaでは、もともとORO(オーロ)が歌ったイタリアPOPSの名曲であり、Andreaの代表曲のひとつであり、我らがGatto Panceri(ガット・パンチェ−リ)がAndrea盤の歌詞を作詞している"Vivo per lei(彼女のために生きる)"を選曲。

ライヴ・イン・トスカーナ [DVD]

2007年の名ライブDVD「Vivere – live in Tuscany」から、Heather Headley(ヘザー・ハドリー)とのデュエットバージョンをご紹介しました。

それにしてもこのライブDVD「Vivere – live in Tuscany」は何度見ても素晴らしいライブですね。彼の故郷トスカーナの大地の美しい自然の中で、日が沈んでいく美しい時間帯の中での野外コンサートとは、なんて贅沢なのでしょう。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2010年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)