その2はコチラ


第3部


image 112第2部の最後に紹介したMal(マル)のように、非イタリア人でありながらイタリア語で歌って活躍するアーティストが何人か、イタリア芸能界には存在しています。

Malと同じ時代を駆け抜けたアメリカ生まれの黒人アーティストWess(ウエス/1945-2009)は、この9月FESTAの6日前となる2009年9月21日に帰らぬ人になってしましました。64歳でした。

Wessはもともとベース奏者としてイタリアにやって来たものの、やがてリードヴォーカルを取る事が多くなり、ソロ・シンガーとして成長していきます。Malが育ったRomaのPiper Club(パイペル・クラブ)でもWessは英米のヒット曲をイタリア語でカバーするパフォーマンスで人気を集めていたようです。

しかしなんといっても彼をイタリアのお茶の間に浸透させたのは1972年、Wess e Dori Ghezzi(ウエス・エ・ドリ・ゲッツィ)として、男女のデュオとして活躍するようになってからと言えるでしょう。

お人形さんのように美しいDori Ghezzi(ドリ・ゲッツィ)とのコントラストが印象的というだけでなく、Wessの外国人離れした違和感のないイタリア語ヴォーカルが、イタリア人社会に正当に評価されて受け入れられたと言えるでしょう。

現在でさえ、黒人に対して閉鎖的なイタリア社会ですから、40年前にWessが切り開いた道は、超人的なものだったと思えます。

9月FESTAでは、そんなWessに哀悼の意を表し、Wess & Dori Ghezzi時代の活躍を追ってみる事にしました。

"Un Corpo e Un'anima(身体と魂)"(1974)は、1974年のCanzonissimaで優勝をさらった、彼らの代表曲のひとつ。またこの曲はデビュー直前のUmberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)が作曲しており、この曲の成功がTozziにとっても大きなステップになったのは間違いありません。

2曲目は翌1975年にイタリア代表としてEurovision(ユーロビジョン/Eurofestival)に出場し、3位を勝ち取った楽曲"Era"。作曲者はイギリス人ながらイタリアで活躍したShel Shapiro(シェル・シャピロ)です。

Wessとのデュオ解消後にDori Ghezziは、Sardegnaで隠遁生活を送っていたFabrizio De André(ファブリツィオ・デ・アンドレ)の元に寄り添い、後にFabrizio De André夫人となったのは有名なお話しですね。今でも美しいDori Ghezziですが、若い頃の宝石のような輝きは見事ですね。

Wessのベスト・アルバムは日本のiTunesストア Wess - I Miei Giorni Felici でもダウンロード購入が可能です。

Wessのソロ名義のアルバムではありますが、"Un Corpo e Un'anima(身体と魂)"は、Dori Ghezziとのデュエットによるオリジナルヴァージョンが収録されています。 

Movin' Too FastちなみにWessにはRoma在住の娘が二人いて、Romina Johnson(ロミナ・ジョンソン)、Deborah Johnson(デボラ・ジョンソン)として歌手デビュー をしています。

特にRomina Johnsonは、ハウスの流れを組む2ステップのジャンルで国際的に大活躍し、『2ステップの女王』という異名を取る存在となり、日本でも紹介されました。

アメリカ育ちでありながらイタリア語で歌う事にこだわった父とは異なり、イタリア生まれイタリア育ちの娘たちは、父の母国語である英語で歌うスタイルを取っています。


さて、Wessが死去した1ヶ月前となる2009年8月27日には、イタリア歌謡の歴史的なコーラスグループQuartetto Cetra(クアルテット・チェトラ)で活躍したVirgilio Savona(ヴィルジリォ・サヴォーナ/1920-2009/Palermo出身)が89年の生涯を終えました。

Quartetto Cetraの4人のメンバーのうち、3番目の逝去ですから、残ったメンバーは唯一の女性メンバーであり、Virgilio夫人でもあるLucia Mannucci(ルチア・マンヌッチ/89歳)ただ一人となってしまいました。

Quartetto Cetraは、なんと第二次世界大戦中の1941年のデビュー。

当初はラジオ番組からスタートして戦後のTV普及期を通して、アメリカのスイング風のパフォーマンスを中心に、コメディ、風刺、キャバレー音楽、子供の歌などなど、あらゆるジャンルにまたがって活躍したイタリア歌謡の草分け的な存在でした。

1988年にメンバーのTata Giacobetti(タータ・ジァコベッティ/1922-1988/66歳没/Roma出身)が死去した時から、Quartetto Cetraとしての活動は途絶えてしまいましたが、2008年、彼らの活動の記録を2枚のDVDに収録し解説本をセットした「Antologia di canzoni, sketch e parodie(歌、寸劇とパロディーの作品集)」(2008)がリリースされました。これが彼らの初めての映像作品となりました。

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そのDVDから、VirgilioとLuciaの夫妻がリードヴォーカルを交互に取るスイング風作品の"Donna(女)"(1959)を紹介しました。

Virgilioは、唯一メガネをかけたメンバーでもありました。

Quartetto Cetraの2曲目は、DVD作品に納められたパロディーパートから"Un Nô  giapponese(日本の能)"(1961)を紹介しました。

ネット上に映像が公開されていないため、ここに映像を貼る事が出来ないのが非常に残念ですが、1961年という日本とイタリアが双方からとても遠い存在だった頃に、日本の能文化を取り入れたパフォーマンスを行っていた彼らの存在が脅威的です。


img096第3部最後のアーティストは、若いアーティストに戻りMatteo Tarantino(マッテオ・タランティーノ/29歳/Alessandria出身)を紹介しました。

Il Devo(イル・ディーヴォ)やPatrizio Buanne(パトリツィオ・ブアンネ)といった、数年前から世界的に沸き起こったクルーナータイプのアーティストと言えるでしょう。

PVが制作された"Sangue amaro(苦い血)"は、日本の演歌のようなイントロから始まりますが、次第にラテンっぽい調べに変わっていくところが妙なのかもしれません。

このPV"Sangue amaro"を含み、彼のライヴステージを収録したDVD「La mia voce(僕の声)」(2008)から、女性ヴォーカルが加わったラテンムード満点の楽曲"Luna innamorata(恋する月)"。



彼のライブ映像を見る限り、主体はラテンっぽい楽曲を中心にリゾート気分を盛り上げてくれるようなパフォーマンスが得意な青年のようです。


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

Continua alla prossima puntata.(続く)