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第3部

 

第3部はベテランカンタウトーレを2人ピックアップ。

1人目はEnrico Nascimbeni(エンリコ・ナシンベーニ/50歳/Verona出身)。

イタリア最大の発刊部数を誇る日刊紙Corriere della seraの第三面担当記者として活躍し、『第三面の紳士』という異名で親しまれたGiulio Nascimbeni(ジゥリォ・ナシンベーニ/1923-2008/84歳没)を父に持つ、社会派の一面を覗かせるカンタウトーレ。

1977年のデビューですが、1980年代前半に音楽界から去り、彼もまた父と同じジャーナリストとしてのキャリアに転身を図ります。20世紀末のバルカン戦争にも記者として従軍していたようです。ようやく21世紀を迎えてから、再び音楽界に復帰するという、とにかく異色な経歴を持つカンタウトーレ。

音楽活動歴に20年弱のブランクがあるため、同世代のカンタウトーレたちの中では知名度は今ひとつ、といった存在ではありますが、復帰後に発表したアルバム5枚のうち2枚がゴールドディスクに輝く、といった充実した活動を続けています。

Enrico Nascimbeni/Uomini Sbagliati8月FESTAで紹介したのは、最新アルバムであり、発売後2ヶ月でゴールドディスクを獲得した「Uomini sbagliati(間違った男たち)」(2008)。2009年初頭には、iTunesイタリアで数週間に渡って1位をキープしていたのも記憶に新しいところ。

このアルバムは、派手さは全くなく、キャッチーなシングル向きの曲があるわけでもありません。ただアルバム全体を通して聴いて、じわじわと彼の世界に身を委ねられる心地良さがある作品です。そういうアルバムがゴールドディスクに輝くという快挙は、日本では実感が湧きにくいものです。

FESTAでは、アルバムの冒頭に納められた楽曲"Modigliani(モディリアーニ)"から紹介しました。

2曲目は、大先輩カンタウトーレRoberto Vecchioni(ロベルト・ヴェッキォーニ/66歳/Monza郊外出身)をゲストに迎えた"L'ultima notte di un vecchio sporcaccione (みすぼらしい老人の最後の夜)"。2003年のアルバム「Amori disordinati(混乱した愛)」(2003) に納められていた同曲の再録版。
  
アメリカの詩人Charles Bukowski(チャールズ・ブコウスキー/1920-1994)の稀有な人生を歌いあげています。


3曲目は、"Dare Un Senso A Questa Neve(この雪にある感覚を与えること)"。現在のところ、アルバム「Uomini sbagliati(間違った男たち)」(2008)から唯一のPVが制作された楽曲となっています。


2人目のベテランカンタウトーレはUmberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ/57歳/Torino出身)。1960年代終わりごろから芸能界入りし、Data(ダータ)やLa Strana Società(ラ・ストラーナ・ソチエタ)といったバンドでの活動やソングライティングを始めます。やがて名プロデューサーGiancarlo Bigazzi(ジァンカルロ・ビガッツィ)と運命的な出会いをきっかけに1976年ソロデビュー。

Donna Amante Mia1stアルバム「Donna Amante Mia(僕が愛する女)」(1976)は、当時のイタリア音楽界にはセンセーショナルな存在だったようで、収録された楽曲は、Fausto Leali(ファウスト・レアーリ)、Mina(ミーナ)、Camaleonti(カマレオンティ)、Marcella Bella(マルチェッラ・ベッラ)、Gigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクエッティ)といった人気歌手たちにこぞってカバーされることになります。

こうしてメロディメーカーとしても大きく注目されたTozziは、翌1977年には一気にイタリアを飛び越えて世界的な大ヒットを飛ばす偉業を成し遂げます。

シングル曲 "Ti Amo(君を愛してる)"(1977)は、イタリアのヒットチャートや発売枚数の記録を次々に塗り替え、ソ連を含むヨーロッパ全土や中南米で大ヒット。英語圏の国では『Mr.Ti Amo(ミスター・ティ・アーモ)』と呼ばれるほどの知名度を上げることに大成功を果たします。

Gloria翌1978年には"Tu(君)"、1979年"Gloria(グローリア)"と、3年連続でメガトン級の大ヒット曲を量産し、特に"Gloria"は、アメリカでLaura Branigan(ローラ・ブラニガン/1957-2004)が英語でカバーし、大ヒット映画『Flashdance(フラッシュダンス)』(1983)のサントラにも採用されるという幸運に恵まれ、アメリカや日本でもヒットを記録します。

ちなみにLaura Braniganは、後に"Ti Amo"も英語でカバー。さらにはRaf(ラフ)がイギリス時代に放った英語のヒット曲"Self control(セルフ・コントロール)"もカバーして、自身の最大のヒット曲を記録するなど、イタリアPOPSのアメリカへの輸入に一役を果たしました。

アメリカ市場でイタリアPOPSが大ヒットを記録したのは、1958年のDomenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)の"Nel blu dipinto di blu(通称:ヴォラーレ)"以来の出来事と称されました。

1980年代には、サンレモ音楽祭やユーロヴィジョン音楽祭などに、Gianni Morandi(ジァンニ・モランディ)、Enrico Ruggeri(エンリコ・ルッジェーリ)、Raf(ラフ)などの人気歌手とユニットを組んで出場し、大きな話題と輝かしい戦績を残したり、ロンドンのRoyal Albert Hallでライブを成功させるなど、イタリアPOPS界の推進力を担いました。Umberto Tozzi/Petite Marie

1990年代もセンスが光る曲をヒットチャートに送り出す順調な活動を続けますが、2000年代に入ると、企画モノやベストのリリースばかり続いて、ファンの首を長くさせてしまっていたTozzi。

しかし2008年9月にiTunes独占販売のシングル曲を発表するというNewsが入りました。

その楽曲は"Petite Marie - Stella d’amore(小さなマリー / 愛の星)"。8月FESTAでも紹介することにしました。実はこの楽曲は1974年に作った未発表曲の再録音版ということのようです。

2009年に入ると、iTunes限定発売だった"Petite Marie - Stella d’amore(小さなマリー / 愛の星)"を含む2枚組アルバム「Non solo live(単なるライブではない)」(2009)がリリースされます。タイトル通りCD2は歴代のヒット曲の最新ライブ音源ですが、CD1は7曲のスタジオ録音曲を収録しています。Umberto Tozzi/Non solo live

FESTA2曲目は、前出の通りアメリカ市場でも大成功を収める事となった楽曲"Gloria(グローリア)"。

まだPVという言葉もなかった頃の1979年に制作されたビデオクリップを背景に、当時27歳の実物のTozziがライブパフォーマンスで歌っている貴重な映像で紹介いたしました。

筆者は当時リアルタイムでこのPVを何度も見ているので、とても懐かしく思い出深い楽曲でもあります。


3曲目は、"Gli innamorati(恋する者たち)"(2001)。ドラマ仕立てのPVで楽しんでいただきました。

第3部最後の楽曲は、"Gli altri siamo noi(他人さ 僕らは)"(1991)。三連符を多用したメローなノリを醸し出すメロディアスな楽曲で、90年代の Tozziの代表曲のひとつとも言える名曲だと思います。



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)