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第2部

Morgan(モルガン/37歳/Milano出身)ことMarco Castoldi(マルコ・カストルディ)は、1990年代をNew Waveの流れを汲むシンセ・ロックスタイルのオルタナバンドBluvertigo(ブルーヴェルティゴ)のフロントマンとして活躍し、やがてソロで活躍するや、その幅広い音楽の才をベースに奇抜なアイデアとパフォーマンスを乗せるスタイルで、とんがった若者層だけでなく、音楽ツウもうならせる存在となったアーティスト。

Morgan/Italian songbook vol.12008年からは、イタリア音楽界に激震をもたらした人気のオーディション番組X Factor(イクス・ファクトル)の審査員としての活躍が、音楽業界の天才ご意見番、厳しいマエストロのイメージが、すっかりイタリアのお茶の間にも定着しました。

そんな鬼才Morganの2007年のアルバム「Da A ad A(AからAまで)」が大傑作アルバムだっただけに、ニューアルバムの発売に大きな期待が寄せられていました。(2007年9月FESTA参照)

その後、ソロのベストアルバムと、Bluvertigo再結成ライヴ盤がリリースされ、今回リリースされたのはカヴァーアルバム「Italian songbook vol.1」(2009)。

オリジナルアルバムではないのは残念ですが、Morgan曰く

イタリア音楽はかつて、プレスリーやトム・ジョーンズや、クリフ・リチャードと争うほど、
世界中で聴かれていた音楽だった。その価値を改めて世に問いたい。

という意図で制作するに至ったアルバムとのこと。

そういえば、X Factorで何週間にも渡って競い合った参加者たちは、彼らが生まれる前の、イタリアン・グラフィティとも言える、60年代のイタリア歌謡を競って歌っていたこととも関係があることなのかもしれません。

13曲入りのアルバムですが、中身は5曲はイタリア語によるオリジナルのカバー、その5曲を英語でカバーしたもの、故Sergio Endrigo(セルジォ・エンドリゴ)に捧げた、英語の新曲が1曲、インストが2曲という構成ですから、曲数でいうと7曲。イタリア語曲のみ抽出すると、5曲入りのアルバムと考えられると思います。

採用されたイタリア語の作品は、

Umberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)の"Il mio Mondo(僕の世界)"
Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)の"Resta con me(僕と一緒にいて/標準語バージョン)"
Sergio Endrigo(セルジォ・エンドリゴ)の"Lontano dagli occhi(瞳から遠く)"
Gino Paoli(ジーノ・パオーリ)の"Il cielo in una stanza(ある部屋の中の空)"
Piero Ciampi(ピエロ・チァンピ)の"Qualcuno tornerà(誰かが戻ってくるだろう)"

イタリアPOPSファンは英語バージョンはあまり聴かないことになるかと思いますが、まだイタリアPOPSの体験が無い人たちには垣根が低く、親しみやすいアルバムになるという点では、優れた企画のアルバムではないでしょうか。

FESTAでは、Umberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)とGino Paoli(ジーノ・パオリ)が共作した名曲"Il mio Mondo(僕の世界)"を、Morganお得意のオルタナ系の血を抑えることなく、奇抜なパフォーマンスで披露する映像で紹介しました。


歌は3分40秒あたりから 

Morganの2曲目は、第1部でも紹介したGino Paoliの名曲"Il cielo in una stanza(ある部屋の中の空)"。Festaではまずスタジオ録音盤を聴いていただいた後、ラジオ番組出演時の生演奏映像で紹介しました。

独りでピアニカとピアノを駆使しながら歌うMorganのその表情は、すっかりマエストロ格のミュージシャンそのもの。

 


 

さて第2部の後半は、新進のグループを2組、紹介することにしました。

最初はAriadineve(アリアディネーヴェ/雪空)。

Milanoで結成された女性ヴォーカルをフロントに据えた5人組バンド。イタリアで言うならば、Matia Bazar(マティア・バザール)スタイルのバンドと言えるかもしれません。

ほとんどの楽曲をギターのFabio D'Amico(ファビオ・ダミーコ)が書き、ところどころVocalのEleonora Tosca(エレオノーラ・トスカ)が曲作りに加わっています。

Ariadineve/Buone Vacanzeデビューアルバムとなる「Buone vacanze(良い休暇を)」(2009)は、プラケース仕様ながら、上質で厚みのある紙を使った24ページものブックレットと、ミニ鉛筆をプラケースに封入するというアイデアを採用した、コレクター心理をくすぐるパッケージングにこだわっています。

もちろん、そのパッケージに負けず、楽曲やサウンドも聴きごたえのある上質なPOPアルバムに仕上がっています。

まずはファーストシングル曲"D'estate(夏の)"。Ariadineve(雪空)というバンド名とパラドックスとなるようなタイトルで、少々能天気なサウンドとPVというギャップが楽しめるかと思います。

Ariadineveの2曲目は、セカンドシングルとなった"Lo specchio(鏡)"。アルバムのプロデュースを務めたPaolo Benvegnù(パオロ・ベンヴェニュ)が曲作りに関わり、Mauro Ermanno Giovanardi(マウロ・エルマンノ・ジォヴァナルディ)がデュエット参加しています。
(※Paolo Benvegnùについては、2007年9月FESTAを参照ください)

さらには弦楽四重奏団も投入し、"D'estate"と一転して、ヨーロッパの哀愁漂う、情緒感あふれる楽曲に仕上がっています。

 


 

新進のグループ2組目は、Il Genio(イル・ジェーニォ/=天才)。

Il Genio/Il Genio2008年夏季にデビューシングル"Pop Porno(ポップ・ポルノ)"がスマッシュヒットとなって注目された後、無名歌手の発掘の手腕を誇るSimona Ventura(スィモーナ・ヴェントゥーラ)がTV番組『Quelli che il calcio(クエッリ・ケ・イル・カルチォ)』にて紹介したことから、さらに注目を浴びるようになりました。

それがきっかけとなり、デビューアルバム「Il Genio」(2008)の発売の機会に恵まれることとなります。

ヒット曲"Pop porno"は、確かに耳にこびりついてしまうメロディと、BodyがSwayしてしまうノリの良いリズム、ウィスパー系ヴォーカルが、ツボにハマり易い魅力を秘めた楽曲です。

Il Genioは、Gianluca De Rubertis(ジァンルカ・デ・ルベルティス と Alessandra Contini (アレッサンドラ・コンティーニ) のデュオで、特にAlessandraのウィスパー系ヴォーカルは、ロリータ系フレンチポップを模したような、イタリアには居そうで居なかったタイプ。

こんな声で歌うというのに、ステージではベースを弾くというアンバランスさも重要な個性となっています。


(こちらが前出のTV番組『Quelli che il calcio』出演時の映像)

2人ともLecce出身で幼なじみだったそうですが、ともにMilanoに養子に行くという人生を歩んでいます。詳しいことは判りませんが、少し複雑な家庭環境だったのかもしれません。

ほとんどの曲をIl Genioの2人で共作していますが、中にはなんと、J-Popのカバー曲"Una giapponese a Roma(ローマの日本女性)"が!

カヒミ・カリィ/I am a kittenこの楽曲は、カヒミ・カリィ(41歳/宇都宮出身)のミニアルバム「I am a kitten(私は猫)」(1995)に納められていたイタリア語曲"Giapponese a Roma(ローマの日本人)"をカバーしたもの。

Il Genioのカバーでは、原題に不定冠詞『una』を補って、『日本女性』という意味を強めていますが、アレンジや歌い方はほとんど同じ。

ただカヒミ・カリィのオリジナルは、ところどころイタリア語の発音がひどい部分がありますが、Il Genioは、それが原曲の『味』と考えてか、許容範囲ギリギリのところまで正しいイタリア語の発音に近づけるに留めた歌い方をしているようです。

実はこのカヒミ・カリィのオリジナルは、イタリアでは『スズキ ワゴンR+』のラジオコマーシャルソングとして長年使われた楽曲だそうで、耳馴染みがある楽曲のようです。

作者はイギリス人アーティストのMomus(モーマス)こと、Nick Currie(ニック・カリー/49歳)。1995年当時は東京で活動していたようで、カヒミ・カリィのMomus作品歌唱アルバムが「I am a kitten(私は猫)」(1995)ということのようです。

1990年代前半のこの時期、既存のメジャーレコード会社から流通しない洋楽にスポットライトを当てた『渋谷系』というムーブメントがありました。カヒミ・カリィやMomusはよくこの『渋谷系』にカテゴライズされる事が多かったので、Il Genioは日本の渋谷系の流れを組むアーティストなのかもしれません。

イタリアやヨーロッパでも『渋谷系』がそのまま『Shibuya kei』と書き表される事となった現在、もともと渋谷系がバート・バカラックやフランスPOP、ボサノヴァなどから強く影響を受けていたことから考えると、逆輸入的な感じになるのかもしれません。

そんなIl Genioの第2弾シングル曲は"Non è possibile(それは無理)"。
ジァンルカによるロケット打ち上げ時のカウントダウンで始まるこの楽曲は、全体的にロケットや宇宙の感覚に富んだSEやナレーションを差し込み、今はもう遠い過去の出来ごとなった人類の月面着陸の事実に対して、その後に生まれた彼らの世代らしい懐疑をぶつけた内容となっています。

人類が月へ行ったなんて あり得ないわ
アポロの帰還カプセルが 大気中に戻ってきたのを
あなたたちは目撃しているのかしら

 


注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)