その3はコチラ


5月FESTAのラストの第4部は、遅咲きのベテランカンタウトーレAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ/62歳/Roma出身)の重厚なライヴDVDのみに絞って紹介いたしました。

Amedeo Minghiは1966年という、いわゆる『カンツォーネ黄金時代』に19歳でデビューしながらも、当時は全く成功しませんでした。

1970年代には、カンタウトーレとして再デビューし、その合間にソングライターとして他の歌手に曲を書き、その歌手の代表作ともいえる曲を生み出すものの、カンタウトーレとしてもソングライターとしても大きな注目を集めることはありませんでした。

1970年代の後半にはバンド活動も始めるも、またしても波にも乗れず、1980年代までのAmedeo Minghiの生活は、細々としたソングライターとしての活動が主だったようです。

1983年、36歳のAmedeo Minghiは、既に17年のキャリアを持ちながらもサンレモ音楽祭の新人部門に出場。決勝に残れず選外となってしまいましたが、出場曲"1950"は多くの票を集め、後にAmedeo Minghiの代表曲として育つことになります。

そして1989年、42歳のMinghiが20歳の新人歌手Mietta(ミエッタ)に書いた"Canzoni(歌)"がサンレモ音楽祭の新人部門で優勝したうえ、批評家賞をも勝ち取る偉業を達成したことから、ようやくAmedeo Minghiに世の中の注目が寄せられるようになります。

そして翌1990年、良き師弟関係を育んだ2人は、デュエット曲"Vattene amore(去ってしまえ 愛しい人よ)"でサンレモ音楽祭に出場。総合3位となったものの、10枚のプラティナディスクと、金のテレガット賞を勝ち取る空前の大ヒットとなり、単に彼らの代表曲に留まらず、イタリアを代表するデュエット曲として、90年代のイタリアの代表的ヒット曲として数えられるようになります。

こうして20数年の下積み経験の後、40歳を過ぎてからようやく脚光を浴びることとなる大器晩成型のアーティストAmedeo Minghiを、5月FESTAのオオトリに抜擢することになりました。

美しいメロディラインと円熟した世界観を持ったソングライティングには定評があるものの、長かった売れない時代の悪癖なのか、Amedeoがリリースするアルバムは、薄っぺらな打ち込みサウンドを多用するという、いわゆる『ツメが甘い、惜しいタイプ』のアーティストともいえます。

Amedeo Minghi/all'Auditorium l'ascolteranno gli americaniしかし今回リリースされたCD2枚+DVDで構成された、デビュー40周年記念コンサートのライブアルバム「all'Auditorium - l'ascolteranno gli americani(観客席で - アメリカ人たちはそれを聴くことだろう)」(2009)は、大編成オーケストラと混声合唱団を豪華に従えた、Amedeoの音楽の本質を表現するのに必要充分な編成で収録された作品となっております。

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筆者は、これまで多くのイタリア人歌手のライヴDVDを鑑賞してきましたが、最初から最後まで早送りやスキップをすることなく通して見ることができる、数少ない『優秀なDVD作品』として太鼓判を押すことができます。

それ故、5月FESTAで最終の第4部をまるまるこのDVDの紹介に充てるにしても、非常に選曲に悩みました。捨てても良い楽曲が全くと言っていいほど無いんです。

DVDの最初に収められたのは、彼の1966年のデビュー曲"Alla fine(最後に)"。オーケストラの背後に設置された巨大スクリーンに1966年当時の19歳のAmedeoがTV出演した際の映像が映し出されるという、40周年に相応しい演出。エンディングのワンコーラスを現在のAmedeoがライブで歌うというサービス付き。もうこの1曲目でオーディエンスの心を鷲掴みにしてしまう心憎い演出です。

余談ではありますが、イタリア語には『Alla fine』と『Finalmente』という、どちらも『最後に』や『とうとう』を意味する言葉がありますが、前者は『残念』なニュアンスを含み、後者は『待望の』という気持ちが込められる、というように話者の心象風景に沿った使い分けをします。Amedeoのデビュー曲は、悔いの残る別れを歌う"Alla fine"になります。

あまりにも素晴らしいオープンニングですので、そのままDVD通り2曲目の"Decenni(10年)"、3曲目"Cantare è d'amore(歌は愛からできている)"と通して鑑賞していただきました。前者は1998年の作品で、後者は1996年のサンレモ音楽祭に参加した、Amedeoの代表曲のひとつとなる美しい楽曲です。

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(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)
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この40周年記念コンサートで豪華だったのはオーケストラだけでなく、彼の40周年を祝うため、豪華なゲストたちがふんだんに共演に駆けつけ、それが収録されているところにも特筆するものがあります。

1980年代初頭にPFMのプロデュースでデビューし、今ではMario Rosini(マリォ・ロズィーニ)などを弟子に持つJAZZヴォーカルのDivaとしても君臨するRossana Casale(ロッサナ・カザーレ/50歳/New York生まれ)が登場し、Amedeoが彼女に書き下ろしたあまりにもリリカルで美しいサウンドトラックの楽曲"Mio nemico amatissimo(愛すべき私の宿敵)をAmedeoとデュエットで歌います。まるで聖歌のようなこの歌には当然、用意された混声合唱団が分厚いコーラスを重ねるアレンジが施され、背筋がゾクゾクしてしまうことは間違いありません。


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不遇の時代を耐え抜いたAmedeoは、50歳を迎える頃になって、クリスマスにローマ法王の御前で行われるコンサート『Natale in Vaticano(ヴァチカンのクリスマス)』のステージを踏む幸運に恵まれることとなります。

そしてキリスト教世界では天変地異に匹敵する大きな区切りとなる世紀末の1998年、後に歴史に残るほど偉大なローマ法王として歴史に刻まれることとなるヨハネ・パウロ2世に捧げた"Un uomo venuto da lontano(遠くから来た男)"という楽曲を発表します。

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そして、Amedeoを一躍有名にした"Vattene amore"。
もちろんMietta(ミエッタ/40歳/Talanto出身)がステージに現れて、当時の堅い信頼関係で結びついた師弟関係を再現するようなステージを見せてくれました。

前出の通り空前の大ヒットとなったこの楽曲は、もともとはMiettaのソロ用にAmedeoが書き下ろしたそうですが、Miettaのお手本用に吹き込んだAmedeoのヴォーカルをMiettaのと重ねてみたら、とてもしっくり来て、作品としての価値がさらに上がる事に気がついた・・・という、かなり偶然の産物だった、というのも、大ヒット曲にまつわる不思議なエピソードです。

※当時のMiettaのアルバム「Canzoni(歌)」(1990)には、Miettaのソロバージョンと、Amedeoとのデュエットの2バージョンが収録されています

そして歌詞に出てくる『trottolino amoroso(愛すべき 落ち着きのない坊や)』という、普通の会話では使わない恋人に対する愛情表現が、当時のイタリア社会でも大流行したそうです。(さしずめ、流行語大賞といったところでしょうか)


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そしてライブ映像の最後は、彼の出世作"1950"を、女優のSerena Autieri(セレーナ・アウティエリ/33歳/Napoli出身)とデュエットで披露してくれました。

アルバムのサブタイトルに使われている『l'ascolteranno gli americani(アメリカ人たちはそれを聴くことだろう)」』は、この曲の歌詞の一部ですので、この曲がAmedeoに取って待望の出世作であるということ以上に、この歌の世界観に重要な意味があるようです。

1947年生まれのAmedeoですから、1950年に明確な記憶がある訳ではないはずです。そして1983年時点で造られた楽曲ですので、ちょうど1950年と2000年の中間地点の立ち位置で、過去と未来を歌っているはずです。

セレネッラ
ラジオから 僕が君のために考えた歌が 流れてくるよ
それはおそらく 僕らから遠く 大西洋を超えることだろう
ちょうど昨日立ち去ったアメリカ人たちはそれを聴くだろう
彼らの花柄のシャツは
僕らの道や 春の僕らの日々に 染められる

君の髪はなんとイイ香りがするのだろう
こんなに美しい君の瞳は
未来へと開かれ
僕の上で閉じられる 1950年に

現在の幸福を楽しみながら、未来の希望を見据えた歌のようにも取れるし、今は亡きSerenellaの面影に、敢えて現在形と未来形の動詞を使って、淡々と未来の予想を語っている歌と解釈することもできます。

Amedeoはこの曲に対して、1950年という年代は、第2次世界大戦とミレニアム(2000年)の間にあって、愛や平和や戦争の概念を変えた年と語っています。

同年のサンレモ音楽祭の出場曲であったToto Cutugno(トト・クトゥーニョ)の"L'italiano(イタリア男)"と同様、イタリア人のアイデンティティに訴えかけるものがある楽曲だと言われています

デュエット相手のSerena Autieriは、歌詞に登場するセレネッラと同じ語幹の名前を持つことも併せて、最適な人選だったようです。もちろん単なる名前のごろ合わせだけではなく、本業が女優と思えないほど抜群の歌唱力のうえ、Napoli人とは思えない長身&金髪&青い目の美女であることも重要なポイントです。


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さて、このコンサートが行われたのは2008年の2月9日。
実はその月末の2月25日から開催されたサンレモ音楽祭2008にAmedeo Minghiは出場していますので、サンレモ音楽祭参加の直前に、自身の集大成となる大掛かりなコンサートを行っていたということになります。

サンレモ音楽祭出場用の楽曲"Cammina cammina(歩け 歩け)"は、当然この時点で仕上がっていたはずですが、サンレモ参加の掟として、音楽祭開催前に大衆の前で歌ってはならないというものがありますので、コンサートのセットリストに入れることはできませんでした。

しかしながらせっかくこれだけの編成のオーケストラが集まっているのですから無駄にできません。ということで、どうやら客入れ前の時間を使って、しっかりPVを制作していたようで、このDVDのExtraの部分に特典として収録されています。

確かにストリングス隊などは、コンサートと同じ面々が揃った映像となっています。

Amedeo Minghiは、サンレモ音楽祭出場後、参加曲"Cammina cammina"を含むベストアルバム「40 anni di me con voi(君たちと共にした僕の40年)」(2008)を発売しますが、単なるベストアルバムではなく、コンサートで披露した通り、ゲストと共演した楽曲は、共演のテイクで再録音したものが収められていました。



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

次回5月FESTAは、6月13日(土)の開催予定です。