第50回Festaは、10名の参加者が集まり、東京・水道橋のYou Meにて5/16(土)に開催しました。参加者の内訳は男性3名 女性7名(うち、初参加者2名)。


第1部

3月FESTAでサンレモ2009の受賞者たちを、4月FESTAでは新人部門に出場した女性歌手を中心に紹介しましたので、5月FESTAではベテラン部門に出場した男性歌手を紹介することにいたしました。

Tricarico(トリカリコ/38歳/Milano出身)は、Mia Martini賞(批評家賞)を受賞するという栄冠に輝いた昨2008年に引き続き、連続2回目のサンレモ音楽祭出場となりました。(バイオグラフィは2008年7月FESETAを参照)

しかしながら、サンレモ2009から再び採用されたベテラン部門でも選抜を行う方式に阻まれ、決勝に進めずに途中敗退してしまいました。

昨年の大曲"Vita tranquilla(穏やかな人生)"に比べて、彼の出世作"Io sono Francesco(僕はフランチェスコ)"に通ずるタテノリ系リズムの小気味良さのある楽曲"Il bosco delle fragole(苺の森)"で出場したことがサンレモ向きではなかったうえ、不安定な音程のヴォーカルが彼の持ち味味として訴求しきれなかったのは残念です。弦楽隊のピッツィカートを活かした編曲がイキ!

Tricarico/Il bosco delle fragoleTricaricoの2曲目としては、サンレモ出場曲名をタイトルに据えたアルバム「Il bosco delle fragole(苺の森)"(2009)から、彼の作る美しいタイプの楽曲"Luminosa(明るい)"を紹介しました。



サンレモ2009出場者2番手は、Gemelli DiVersi(ジェメッリ・ディヴェルスィ)の"Vivi per un miracolo(奇跡のために生きろ)。

 

HiPHop系でありながら非常に歌心のある作品が多いGemelli DiVersiは、サンレモ音楽祭の視聴者の枠を広げるために一役買う存在でもあり、ある意味サンレモ向きのHipHop系グループなのかもしれません。

グループのバイオグラフィは、2007年7月FESTAをご覧ください。

サンレモ2009のゲストと共演するステージでは、Orchestra MMB Marching Band(MMBマーチングバンド・オーケストラ)を迎えて、大人数の太鼓とラッパの重厚なサウンドをMIXした豪華なステージを見せてくれました。

その音楽スタイルから若いグループに思われがちですが、既に10年の活動歴を誇るアラフォー世代。最年長のヴォーカルのStranoは、前出のTricaricoと同い年の38歳。

Gemelli DiVersi/98-09 Senza fineさて、そのサンレモ出場曲を含めて発売されたアルバムが「98-09 Senza fine」(2009)。そのタイトル通り11年に渡るGemelli DiVersiの活動の集大成となるベスト盤ですので、5月FESTAでは彼らの過去のヒット曲を紹介することにしました。

彼らのデビューシングルであり、同時に大きな話題を集めたのが"Un attimo ancora(もうひと時)"(1998)。なぜならば、イタリアを代表するロックバンドPooh(プー)の1977年の大ヒット曲"Dammi solo un minuto(1分だけ僕にくれないか/邦題:ひと吹きの夢)"のサビ部分を取り入れたため、HipHopファンだけでなく、幅広い年齢層やマスコミから注目を集めることに成功したのです。

まずはPoohのオリジナルを先に紹介します。

そしてGemelli DiVersiバージョン。

Gemelli DiVersiの最後の曲は、彼らの歌心が120%発揮された美しい楽曲"Icaro(イカロス)"(2007)。与えられた翼で限界を超えた高さまで飛翔した結果、翼の蝋が溶けて海に墜落して死んだ、という伝説のギリシャ神話に登場するイカロスをモチーフに作られた楽曲です。

楽曲同様、美しい映像のPVも見どころです。



第1部のラストは、Marco Masini(マルコ・マズィーニ/45歳/Firenze出身)。Umberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)を始めとする一流アーティストのステージを支えるキーボード奏者として修行を積んだ後、1988年(24歳)ソロデビュー。

 

1990年代に入ると、ヨーロッパや南米、日本でもアルバムが発売され、いきなりプラチナディスクを獲得し、2枚目や3枚目もゴールドディスクに輝くほど、幸先のよい滑り出しを果たしたものの、1990年代の中盤からロック路線のサウンドに変えてから、次第に人気に陰りが見え始め、2000年代前後には歌手を廃業する直前まで思いつめていたという逸話が残っています。

一念発起して臨んだサンレモ音楽祭2005では、ベテラン歌手が軒並み欠場するというアクシデントが彼には追い風となり、見事優勝。優勝曲を収めたアルバムは、彼にとって実に12年ぶりとなるゴールド・ディスクを勝ち取り、自身の歌手生命も息を吹き返すことになりました。

イタリアらしい熱い情熱をたぎらせるタイプのヴォーカリストであり、美しいメロディを書く曲作りにも定評のあるカンタウトーレなのですが、俗にparolaccia(パロラッチァ)と呼ばれるような汚い言葉を歌詞に多用する作風が、批評家たちの評価を辛口にさせ、イタリアでは好き嫌いが真っ二つに分かれるアーティストです。

曲名にパロラッチァが使われている例を挙げると、"Vaffanculo"(1993)、"Bella stronza"(1995)など。前者は一部の放送局で放送禁止扱いになったという逸話もあります。後者はパロラッチァを使いながらも、親愛の情が込められた美しいラブソングなのですが・・・・

そしてサンレモ2009に出場するために彼が用意した楽曲は"L'Italia"。サンレモという歴史ある国民的な音楽祭で大胆にも『イタリア』という国名をズバリと起用した通り、他の出場曲とは一線を画す異色の問題作でした。

お得意のパロラッチァも2〜3入っているものの、"Bella stronza"の時と同様、イタリアという国の実態を嘆きながらも、密かに温かい視線を向けていることが感じられるところがポイントの楽曲です。

サンレモ2009の司会を務めたPaolo Bonolis(パオロ・ボノリス)がこの曲を紹介する時に

この曲には強さがある。音楽祭前にも歌詞の内容について論争が巻き起こっていた。
この曲はある種の叫びなんだ。そして怒り。とても強い怒りに満ちている。
でもこの曲は究極の愛の歌なんだ

と解説していました。

全てが病んでいるイタリアの国
南部出身だった僕の祖父はそう言っていた
疑惑の共産主義者の多くがそう考えていた
それは違う

ヤツらが統治するイタリアの国
厄介事を抱えた父はそう言っていた
ヤツらは神に対してさえも誓いを問う神父たちを信じていた

壁が半分に隔てるイタリアの国
いつものクソから生じる不合理な裕福
ノーマルなカップルから生まれるゲイのカップル
ゴールポストの間に留まるイタリアという国
ゾフ(サッカー選手/ゴールキーパー)のように

レイプされた少女たちのイタリアという国
金メッキの牢屋の中で成長した一味の愛撫によって
全てがこうして終わってしまったイタリアの国だから
永遠に僕らが払い続ける分割払いの涙の中で
日々の試合の穴の空いた手に
イタリアに与えられた
ヨーロッパの空を飛ぶための みすぼらしいホウキ

過激派によって魂が死に行くイタリアの国
恍惚の夜 空っぽの人生の中で
新しい主人たちの空腹によって 
うんざりさせられるイタリアの国

しかしそれが 海に漬かったイタリアという国
それが僕らが歌い戻したいと願う古い歌
もし無知が無の母ではないなら
それぞれのものはそのまま留まる
君の無垢な夢の中に
愛の物語を待つイタリアの香りが まだ残っている

Marco masini/L'Italia e altre storieサンレモ2009出場曲を収録して発売されたアルバムは「L'Italia e altre storie(イタリアと他の物語)」(2009)。20代後半の頃のカンタウトーレらしい作風に立ち返り、暑苦しすぎないほどの暑さを残した歌声のパフォーマンスで作られた良いアルバムに仕上がっています。

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彼の書く美しいタイプの楽曲としてFESTA第1部のラストに選曲したのは"Lontano dai tuoi angeli(あなたの天使たちから遠くで)"。アルバムには特にクレジットされていませんが、歌詞の内容とファンの声から推察するに、どうやら彼が20歳の時に亡くなった母に捧げられた楽曲のようです。

彼の母は元小学校の教師で、ピアノを弾いて歌っていたそうですから、後にピアニストとして、そしてカンタウトーレとして活躍する彼の原体験としては、母の影響が非常に強かったと思われます。そして彼が兵役から戻った日の翌日に息を引き取ったそうですから、とても強い記憶として彼に残っていると推察できます。

彼のファンがこの"Lontano dai tuoi angeli"の楽曲に、亡くなった自身の母親に捧げたアマチュアPVを制作して公開しており、とても素敵な映像作品に仕上がっていましたので、いつもはアマチュアPVのリンクを貼らない方針の当サイトではありますが、紹介しておきます。

人生や運命に対して不誠実で 不徳な生き方を
僕はまだ続けていて
子供のころからの眠るのが怖い習慣もあるよ
資産と借金、賞罰もあるし
でも あなたの瞳の色と ガラクタで溢れた僕の部屋
僕たちの古びたピアノのところで あなたが聴いていたレコードを
僕はまだ持っているよ
あなたと話したい想いと 僕のカードを見つけたい気持ち
僕にはたくさんの仮面があるけれど 白状しなければならないね
この点では 僕はあなたに似ていないよね
例えもう遅いとしても あなたに許しを請う

あの頃と同じ 遊びたい気持ちがまだあるよ (僕が3歳の頃 既に持っていた気持ち)
あなたが知らない別の家があるし
(別の犬や あなたが知らない年齢の僕も居る)
でも もう冬は すぐそこに

そしてあなた 毎日あなた
あなたが愛しい
広大で青い水平線にもたれかかる太陽のように 
そして僕はここで打ちひしがれている

あなたのデリケートな足音のリズムと
あなたが永眠する前に僕に言った言葉は
まだ僕の心にあるよ
もう今では 批評家たちが僕を傷つけることはないよ
でも この幸せは あなたのおかげ
月に住んでいるあなたのおかげ

砂浜で僕を腕に抱いたあの写真の中で あなたは何を考えているの?
雨の歌をまだ楽しんで聴いている?
それとも もう遺灰よりも 信用できること?
あなたはもう 僕のことを想うことはできないのかもしれない
こんな考え方に甘んじることは 僕にはできない

そしてあなた 毎日あなた
あなたが恋しい
僕が祈る度に漂う静寂な空気のように
あなた もう泣かないあなた
夢を見る度 その真中に いつも若いままのあなたが居る
 
そこで僕は生きようとしている
あのあなたの質素さに似た何かを 変えようと 信じようとして
そして 女性たちが残していく残り香の中に あなたを探す

でも 今ではピンボケの現実の物語の中で 僕は彷徨う
僕は悲劇的で 滑稽な 見世物
あなたの人生と僕の人生を交換したい
トカゲの後ろを 走って帰りたい
僕が心に留めている 忘れられないあの年月

せめて あなたにまた会えるのなら (たとえ一瞬でも)
もし あの考えを信じるのなら
あなたが 毎日あなたが また 僕を守ってくれる
しかしながら もうあなたにはそうすることはできないと 僕は分かっている

そして僕はここで 打ちひしがれている
あなたの天使たちから遠く離れて



注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)