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Franco Battiato / Fleur 2第2部のラストで紹介したFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)とFranco Battiato(フランコ・バッティアート)のデュエットの流れを受けて、第3部はそのFranco Battiato(フランコ・バッティアート/64歳/Catania郊外出身)の新作アルバム「Fleur 2(花 2)」(2008)を紹介いたしました。(2008年11月14日発売)

 

Franco Battiatoは、1960年代中ごろから、イタリアの音楽シーンで活動を始めますが、その音楽スタイルや活動範囲が実に広範囲に及び、実験音楽、アヴァンギャルド、エレポップ、POP/Rock、プログレの他、完全にクラシックに位置づけられる作品までにも広がっています。しかも音楽家としてだけでなく、画家、映画監督としても才覚を発揮するという、現代のLeonardo Da Vinci に匹敵する鬼才。

それだけの才能を持ちながらも、他の作家の作品をカヴァーする活動にも熱心で、カヴァー曲だけを収めたアルバム「Fleur(花)」を1999年に発表。アルバムタイトルにフランス語が使われたことに暗示されている通り、イタリア語曲に限定せず、フランスやイギリスのアーティストのカヴァーも収録されていました。

2002年には続編の「Fleurs 3(花 3)」をリリース。なぜ続編が『3』なのか、『2』はもともと存在しないのか?没になったのか?などといろいろな憶測が飛び交っていましたが、2008年になってその幻の『2』が発表されたということになります。

今回の「Fleur 2」に採用された楽曲を見ると、アルバムの主題のひとつは、『Giuni Russo(ジゥニ・ルッソ/2004年に他界)に捧げる』であると感じ取ることができます。

Battiatoとほぼ同時期のデビューのGiuni Russoですが、デビュー当時は、時代が求める大衆歌謡の歌手、いわゆる『カンツォーネ歌手』のひとりという位置付けに過ぎませんでした。

10年目あたりから、次第に自らのアイデンティティを突き詰める活動を開始し、同じSiciliaの血を引くBattiatoの助言によって、活動の範囲を飛躍的に広め、次第に自身のオリジナリティを発揮する類まれな歌手に育っていきます。(2006年12月FESTAレポートを参照

このターニングポイントでそれまでの芸名Giusy Romeo(ジゥズィ・ロメオ)をGiuni Russo(ジゥニ・ルッソ)に改めたことは、彼女にとって大きな節目であったことを、如実に表していると感じられます。そのGiuni Russoが歌った"Il carmelo di Echt (エヒトのカルメロ修道院) "や、Battiato自身がGiuniの死に捧げたとクレジットされている"L'addio(永遠の別れ)"といった楽曲が収録されているからです。

Festaでは"L'addio"のみを紹介しましたが、ここでは、"Il carmelo di Echt "と"L'addio"のメドレーのTVライヴの映像で紹介しておきます。

ちなみに"Il carmelo di Echt (エヒトのカルメロ修道院) "とは、ユダヤ人でありながらカトリック信仰に深く帰依し、後にアウシュヴィッツで殺された女性思想家エディット・シュタインのことを歌っています。作者は1970年代からBattiatoやGiuni Russoとコラボを続けてきたカンタウトーレのJuri Camisasca(ジゥリ・カミサスカ)。

シリーズ第1段のアルバム「Fleur」(1999)で"Aria di neve(雪のアリア)"が美しくカヴァーされた故Sergio Endrigo(セルジォ・エンドリゴ) 作品。この「Fleur 2」で再び取り上げられた彼の作品は、"Era d'estate(夏だった)"。

歌詞が全て半過去で書かれているので、物語のように過去を回想している様子が伝わってきます。歌詞の内容から察するに、この曲も故・Giuni Russoを想って選曲された楽曲かもしれません。


それは夏だった そして 君は僕と共にいた
それは夏だった かなり前のこと
刻々と 僕らは生きていた
明日を知らない幸せな日々と夜々を

それは秋だった そして 君は僕と共にいた
それは秋だった 少し前のこと
刻々と 微笑みを浮かべず
君の瞳の中で 夏は消えていった

僕は君を見つめていた そしてある人生を夢見ていた
全てが君と共にある人生を
でもその美しい夢は
決して実現しなかった

それは夏だった そして 君は僕と共にいた
それは夏だった 少し前のこと
そして君の頬を伝う 澄んだ涙が
僕に永遠の別れを告げていた

 

Battiatoの最後の曲は、新曲"Tutto l'universo obbedisce all'amore(あらゆる宇宙は愛に従う)"。何といっても同郷の才女Carmen Consoli(カルメン・コンソリ/35歳/Catania出身)とのデュエットという、このアルバム中で一番の話題作と言って良いと思います。

年齢差29歳とほぼ親子に匹敵する世代の異なる2人ですが、ステージでは、全く対等のアーティストとしての風格を発揮して、互いに刺激を受け合うアーティストであることを実感させてくれています。

前曲の"Era d'estate"と同様、TV番組『Che tempo che fa』出演時の映像でお届けしました。しっかりCarmen Consoliも共演しているシーンは見ものです!


 

さて第3部後半は、そのCarmen Consoli(カルメン・コンソリ/35歳/Catania出身)を。

プロギタリストの父の影響もあって、Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)のギターやB.B.Kingのブルーズ、果てはC.C.R.などのストレートなアメリカン・ロックなど、実に幅広くも、若者らしからぬジャンルのギターヒーローを持つようになったCarmen Consoliは、若くしてしっかりとしたギターテクニックと歌心を併せ持つアーティストに成長しました。

1995年にデビューするや、まずは同業のミュージシャンたちに圧倒的な賞賛を受け、早くも『ミュージシャンズ・ミュージシャン』としての評価が高まり、イタリアの若者層が好む英米の尖がったロックミュージックの雑誌では、英米のスターたちに交じって、ただ一人のイタリアのアーティストとしてクローズアップされるような存在に。

その後は、イタリア社会で広く認められる音楽家として知られるようになり、Adriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)のような大物に楽曲を書き下ろすようになりましたね。(2008年2月FESTAを参照ください)

Carmen Consoli / mediamente isterica DELUXE EditionそんなCarmen Consoliが2008年にリリースしたアルバムが「mediamente isterica DELUXE edition(中心にヒステリー女)」。『DELUXE edition』と銘打っているのは、1998年に発売した同タイトルのアルバムの10周年記念盤だから。1998年の録音をリマスターし、いくつかのライブテイクを収めたディスクと、ヴォーカル部分を再録音したディスクのCD2枚組としてリリースされています。

元のアルバムはCarmenの3枚目のアルバムとしてリリースされたものですが、それまでの彼女のイメージを大幅に脱却して、思いっきりロックに傾倒した作風でまとめられたアルバムで、前出のように尖がった若者層には絶賛されたものの、セールス的にはいま一つ伸び悩んだアルバムでした。Carmenは、10年後に時代が追い付いたことを睨んで、このアルバムを再評価してもらうリベンジを図ったのかもしれません。

FESTA1曲目は、この10周年アルバムに収められた唯一の新曲"L'uomo meschino(貧弱な男)"から紹介を始めました。映画『L'uomo che ama(彼女が愛した男)』のサントラに採用された楽曲で、アコースティックギターをつま弾きながら歌い、次第にハードなサウンドに盛り上がって行く、昨今の彼女らしい作風の楽曲。

特に初期のCarmen Consoliには、彼女の日本文化への関心を示す痕跡があちこちに記されており、2ndアルバム「Confusa e felice」では、"Bonsai(盆栽)"という楽曲が2ヴァージョンも収められ、この3rdアルバム「mediamente isterica」では、"Geisha(芸者)"といった楽曲が収められています。

Carmen Consoli / mediamente isterica 中ジャケット良くある西洋人によるネオ・ジャポネスク風ではなく、サウンド的な面や歌詞の内容には一切、和のテイストは取り入れていません。おそらくは、その日本語が持つ精神世界のみを抽出したPopカルチャー風の取組ではないかと思います。

そんな彼女の日本文化への関心を示唆する写真がアルバムのリーフレットに収められています。(写真:右を参照ください)

2曲目からは10年前のPVで24歳当時のCarmen Consoliの姿とヴォーカルを楽しんでもらいました。実はこのPV、日本で購入が可能なんです。iTunes Storeで過去のCarmenのPVが12曲ほど、一曲単位で購入できますので、お試しください。

まずは"Besame giuda(ユダよ 私にキスして)"。このアルバム「mediamente isterica」のシングルカット第1弾となった怒りのロック曲。実現しませんでしたが、Carmenはこの楽曲でSANREMO音楽祭出場を考えていたようです。PV中では24歳当時のキュートなCarmenに出会う事が出来るかと思います。iTunes Storeのこの楽曲の購入ページはこちら→Besame giuda


このアルバム「mediamente isterica」には、様々な女性主人公が歌われた楽曲が収められていますが、忍び寄る老いを恐れる中年女性を歌った"Contessa miseria(極貧の伯爵夫人)"をFESTA第3部の最後の楽曲として紹介しました。

こちらもiTunes Storeで購入可能なPVですが、実は2001年にリリースされているライヴDVD「l'anfiteatroelabambinaimpertinente(劇場と生意気な少女の周囲に)」に収められたライヴ映像と同じものです。iTunes Storeのこの楽曲の購入ページはこちら→Contessa Miseria

TaorminaのTeatro Greco(ギリシャ劇場)で行われた野外ライヴで、大オーケストラを従えたCarmenが、大観衆を前にして、その実力を如何なく発揮した伝説のライヴと言えるでしょう。


(セールスを阻害しないよう、DVD商品とは異なる映像をリンクします)
注)記事中の歌手の年齢は、記載時点での誕生日の到来を考慮はせず、2009年に達する年齢で表記しています。

 

Continua alla prossima puntata.(続く)