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第4部 - ベテランシンガーのイタリア中〜南部編

いよいよ6月FESTA最後の部へ突入。
ここ数年イタリアで大流行中のベテランアーティストの公式3枚組ですが、大物中の大物Antonello Venditti(58/Roma出身)も「Diamanti(ダイアモンド)」(2006)というタイトルで発売。

そのタイトル通り、彼の珠玉の名曲の数々が収められていて、改めてVendittiは良いメロディを書くなぁ、と再認識させてくれます。そのためか、ベスト盤でありながらも、発売以来数ヶ月に渡って、ヒットチャートの5位以内に長くランクインを続け、メガヒットアルバムになりました。

1960年代後半、Romaの伝説的なライブハウスFolkstudioの常連出演者として頭角を現し、出演者仲間同士だったFrancesco De Gregoriとデュオを組み、1972年にアルバム「Theorius Campus」でメジャーデビュー。

1973年からはソロの道を選択し、以来、長きに渡って、歌手として&作曲家として精力的な活動を重ね、イタリアに数人しか存在しないとされる国際スタジアムを満員にできるスーパースターのひとりとして、揺ぎ無い座に君臨し続けています。

若い時から老けて見えるむさ苦しいルックスにも関わらず、これだけの揺ぎ無い絶大な人気を保つというのは、日本人には理解し難いのですが、卓越した作曲能力、抜群のピアノの腕、老若男女の心に染み入る歌詞の世界に寄る所が大きいと思います。

また彼は出身地のローマを称えた、いわばローマ賛歌が多いのですが、現代のRomaだけではなく、古代ローマ時代まで含んだ世界観を持っているので、広くイタリア人のDNAに訴えるものがあるとも考えられます。

『Italia』という100年ちょっとしか歴史のない国家よりも、はるかにイタリア人のアイデンティティに訴えかけるのが『Roma』という古代国家なのかもしれません。

現在、彼の数ある名曲の中で、iTunes Italiaでダントツのダウンロード数を誇るのが"Notte Prima Degli Esami(試験の前夜)"(1984)

誰もが学生時代に経験する『試験前夜』。現役には生々しく、大人には懐かしい思い出として脳裏に描かれるあの体験・・・誰もが寄せる思いに応えられる曲だから、絶大な人気を誇るのではないでしょうか・・・

実際この曲は、Antonelloがデビュー前にDe Gregoriらと4人で音楽活動していた時の手記のような歌詞になっています。またこの曲を元にした映画も作られてもいます。

彼の映像を出すのも気が引けたのですが(苦笑)、せっかくなので、ライヴ映像で紹介しました。

文字通り老若男女、幅広い層の観客が巨大なスタジアムに集結し、生ピアノ1本で弾き語りするVendittiの歌に合わせて大合唱!・・・これは鳥肌モノです。ある者は遠くをぼんやりと見つめながら、ある者はパートナーとスキンシップを取りながら、またある者は涙を浮かべて微笑みながら・・・

2曲目は、Antonlloが得意とする、透明感を伴った、奥行きを感じるサウンドのミドルテンポバラード"Ricordati di me(僕を覚えていてくれ)"(1988)。判れた恋人に寄せる切ない想いを綴った歌。

僕を忘れないで欲しい・・・けれども、もう彼には彼女を取り戻すようなモチベーションは無いようなイメージが歌詞の端々に感じられます。もう絶対に手が届かないところに行ってしまい、やり直す事など絶対に有り得ない2人の関係をいろいろと想像させる曲です。
   
3曲目は、Romaのサッカーチームの応援歌として、また、広くRoma=Italiaと捉え、イタリアのナショナルチームの応援歌のひとつとしての役割を果たす"Grazie Roma(ローマよありがとう)"(1983)

2001年のワールドカップで日本&韓国が舞台となった時、イタリアチームの宿泊地である仙台にまでVenditti自身が応援に駆け付け、シークレットギグを行ったと、伝えられています。

この曲もせっかくなので、リリース当時のヴィデオクリップで紹介しました。コロッセオに設置された白いピアノを弾きながら、早口に歌うVenditti。当時まだ30代半ばぐらいのはずですが、伸び放題の濃い髭を蓄えた風貌なので、とんでもなく見苦しいルックスになっています・・・

またこの曲は、3番をローマ弁で歌われるのが面白いところ。
そしてVendittiの曲の特徴である、後半での上がる転調のあとに『下がる転調』が出てくるのも特筆できます。単に上がっていく転調の曲は数あれど、『下がる転調』というのは、世界でもあまり見当たりません。

何分『下がる転調』というものは、人間の音感に反する傾向があるため、実に音程が取り辛いので、採用している曲が多くないのですね。

Antonello Vendittiの最後の曲は、隠し玉にしておいた"Stella(星)"(1984)。

なぜ『隠し玉』なのかというと、今回のFESTAの参加者に、その名もズバリStellaちゃん(3歳)が居たからなのですが、第3部の途中で帰ってしまったので、企画倒れになってしまいました・・・・(ToT)/~~~

いずれにせよスケールの大きい魅力的な曲なので、紹介する事にしました。

この曲は、人間のちっぽけな存在など、宇宙の中では取るに足らないことであり、人間はひとつの『種』として、次の世代に何を伝えていくべきなのか・・・を考えさせる、大いなる歌詞と曲調になっています。

Vendittiの野外コンサートでは実際、照明を落として、夜空を見上げながら歌う曲として定評があるそうです。

もちろんFESTA会場でもそれを再現。部屋の照明を全部落とした時、スカイラウンジと名付けられた会場の大きな窓に、東京の夜空がきれいに映し出されたではありませんか!

参加者から歓声があがり、特に女性参加者にはとてもロマンティックに感じていただけたようで、とても良い演出となりました。



6月FESTA最後のアーティストは、Mario Venuti(44/Sicilia州Siracusa出身)。

ホワイトレゲエやテクノの衣をまといながらもその根源はBeatles的な優れたPop/Rockに置いた音楽スタイルで活躍していたPop/RockバンドDenovo(1984-1990)のヴォーカル、ギター&Sax奏者として活躍した後、ソロデビュー。

 

1990年代前半は、La CrusやBluvertigo、デビュー前のCarmen Consoliなど、若手バンドやミュージシャンとコラボレーションする活動が目立ちました。

1996年からデビューしたてのCarmen Consoliとのコラボに力を注ぎ、1998年にCarmenとのデュエット曲"Mai Come Ieri(昨日のようではなく)"を放ち、年間売り上げランキングのベスト3に入る大ヒットとなったことで、一躍スターダムに伸し上がります。

その後も自らのソロ活動と平行して、多くの若手ミュージシャン、RafAntonella Ruggieroらのベテラン、Nicky Nicolai、Miettaらの中堅どころとも盛んにコラボを重ねるスタイルの活動を続けています。

2006年には自身の5作目のソロアルバム「Magneti(磁石)」をリリースし、4曲ものシングル曲をチャートに送り込みます。また同年、シチリア音楽のプロジェクトアルバム「Ciuri」に参加するなど、一段と精力的に活動を続けています。

Mario Venuti/materia viva2006年のMario Venutiの活動を記録したDVD「materia viva(物質万歳)」(2006)から、シングルカット曲"E' stato un attimo(一瞬だった)"(2006)のヴィデオクリップで。落ち着いた大人の別れを見事に描き出しています。

2曲目もシングルカット曲"Un altro posto nel mondo(世界には別の場所が)"(2006)。ヴィデオクリップでは、男の家庭内暴力から逃げ出していく女性を描き出しています。

6月FESTA最後の曲は、Mario VenutiのライヴDVDでもフィナーレの曲 "Fortuna(幸福)"(1993)。白いスーツに身を包んだスキンヘッドのMario Venutiがアコースティックを抱え、夢の世界に観客を誘います。

この曲はその後10年の間に、ブラジルでポルトガル語でカバーされたり、イタリアでもNeri per Casoにア・カペラでカバーされたりと、他のミュージシャンたちに影響を与えた曲です。2007年になってVenuti自らが、ブラジル人アーティストAna Floraとのデュエットでセルフカバーをしています。

 


 

次回FESTAは、初めて新宿に於いて、7/15(日)夜の開催予定です。