(前号はこちら)
2日目の朝、朝食を食べているとMochi市長から電話が。

「隣町のUrbaniaへ行くんだけど、道案内を兼ねて一緒に行かないかい?」

とのこと。

「マンマMariaが小学校に連れてってくれるって話は大丈夫なの?」

って聞き返したところ、

「Urbaniaから戻ってからでも間に合うよ」

というので、同行する事に。

まもなくMochi市長と連れの男性が1台のFIATに乗ってお迎えに来ました。後をついておいでというので、ついていこうとするのだけれど、曲がりくねった峠道なのに、すんごいスピードでぶっ飛ばして行く彼ら。

市長ともあろう者が、峠レーサーなんだから・・・困ったものです(苦笑)。それにさ、外国人の道に慣れないドライバーで子供を載せた車を先導しているのだから、少しは後ろを気にして欲しい・・・どんどん間が空いて、必至に追いすがっていかないと、見失いそうなほど先行して行く彼ら。

なんとかUrbaniaに着いて、現地集合の女性と合流し、しばしcafèタイム。「死者の協会」とか、見所がある町だよ、と教えてもらい、彼らは仕事へ出かけ、僕らは町の散策へ。

Urbania

UrbaniaはPiobbicoよりも大きな町だけれど、それでも人口は6,000人ほど。そんな町にもBenetonショップがあったので、子供服を調達。日本では見かけないデザインの洒落たデザインの服を店員さんにチョイスしてもらいました。

するとマンマMariaから電話が。

「今どこに居るの?」

「まだUrbaniaだけど、小学校はいつ行けるの?」

「学校からOKが出たから、帰って来て!」

とのことなので、観光はせず、慌ててトンボ帰り。早速、小学校へ連れて行ってもらいました。

どうやら、この人口2,000人のPiobbicoで初めての日本人観光客。異文化との交流に、小学校側も大いに期待を寄せていたようです。

scuola

娘は用意していたイタリア語の挨拶を終えると、黒板に日本語で自分の名前を書きました。すると、いろんな子が寄ってきて、銘々に見慣れぬその文字を真似して書き始めます。中には上手にコピーしている子も居て、非常に柔軟な子供の才能を感じました。

折り紙のお土産を渡し、子供たちに折り紙についてを簡単に僕から説明しました。記念写真を一緒に取ったりもできました。

その日の夜は、centroにあるcandianaccioの契約トラットリアBurchioに行きました。ここでも入るなり、

「あ、Mochiさんのとこのゲストですね!」

っと話が通過です。厨房はトラットリアのマンマが仕切っていて、その息子Simoneとその彼女がホール担当です。

イタリア人でも違う町のメニューは見ても判らない、という話を聞いているので、あまりメニューは見ず、子供たちに向いているお奨め料理などをSimoneから聞きながら、決定。

最初に子供たちにと、家庭風zuppaが出てきました。これ、やや田舎くささが粋な 芋ベースの美味しいスープでした。この辺りは酪農が盛んなので、肉や乳製品を使ったパスタや料理はお任せにしたら、とても美味しい料理ばかりで大満足でした。

Continua alla prossima puntata.(続く)